「みんなに…ありがとうを言いたいんです」
私のからの提案は、やっぱり一秒で了承されてしまって。
何があってもいつも通りでいられる秋子さんが、すごく羨ましかったりした。
そして、同時に。
私がいなくなっても、この家は変わらないのだろうかと思った。
私はもともとこの家の住人って訳じゃない。身分としては、ただの居候だ。
私がいなくなるっていうのは、つまり水瀬家が元の姿に戻るということ。
…なんだ、冷静に考えれば、ただそれだけのことじゃないか。
「すみません。ちょっと…」
と、私は周りを見渡す。
名雪とあゆの姿は無い。
部屋にこもってくれているようだった。
それとも、私の心を見抜いたのだろうか。
後者だったのならばちょっと癪だが、どちらにしても嬉しかった。
「…バレちゃいましたか」
顔を前に戻した時に、秋子さんが私の頭を抱きしめた。
この人にかかれば、どんな隠し事だって通用しそうにない。
なんか、ちょっと悔しいな。
一瞬だけそんなことを思ったが、すぐに頭の中から掻き消えた。
秋子さんの匂いが感じられる。
どこか名雪の匂いと似ている…、やっぱり親子だからだろうな?
でも、もっとずっと…安心できる、そんな匂い。
“お母さん”って感じ。
「祐宇さんは、そういう女の子ですからね…」
「っ、やめてくださいよ、その言い方…」
なんか、くすぐったい感じがする。
今までの自分を意地で通してきた手前、急にそんな言い方されても私は困惑するだけだ。
…でもまぁ、いいか。
今日、私は今までの自分を捨てた。
だからと言って、私が私でなくなる訳でもない。
同じように、今まで通りでいればいいんだ。
じゃあやっぱり、私は秋子さんの言うような奴じゃないか。
「強がりで、意地っ張りで…」
「………」
「でも、とても優しくて」
「…なんか、あまり…」
「あら? 褒めてるつもりなんですよ?」
わかってる。
でも、そこまで言われると、すごい恥ずかしいじゃないか。
いくら私と秋子さんしかいないとわかっていても。
それに、買いかぶりすぎだと思う。
「自分の体のことは気にしてほしくない、確かにそう言いましたよね?」
「…はい」
「…嘘でしょう?」
「…………」
何も言えなかった。
「そうなら、祐宇さん自身が忘れれば良いことですから」
「…だってっ、そんなことっ」
できるわけない。
倒れた時の恐怖感は、未だに根強く私の中に残っている。
線を引かれた疎外感も、たぶんずっと消えそうにない。
心臓の痛み。
心の痛み。
両方とも、私に一生ついてまわるものだ。
忘れることなんて、できっこない。
「祐宇さん自身がいちばん気にしていた、違いますか?」
「…ちがい、ません」
「それなのに、他の人には気にしてほしくない、と」
「私って…我侭、ですよね?」
「ええ、…でも」
頭を抱きしめる力が強まった。
「祐宇さんは、それくらいでいいんですよ」
ああ、そうか。
名雪やあゆを許す人が私であったように。
私を受け止めてくれる人が、秋子さんだったんだ。
安心したら、不意に涙腺が緩んだ。
いけない。泣いちゃいそうだ。
「…大丈夫ですよ。二人とも、いませんから」
敵わないな、お見通しって訳だ。
「ぁは、私…甘えちゃいますよ?」
「ええ。遠慮なんかしなくてもいいんですよ」
小さく「ずっと、我慢してこられたんですから」と付け加えられる。
涙腺が、ぼろっと崩れた。
でも、さすがに声を聞かれるのは恥ずかしかったから、私はできるだけ声を押し殺した。
「っく、秋子さん、私…」
わざわざ今言わずとも、落ち着くまで待っていてくれるだろうに。
それは解っていた。でも、今伝えたかった。
「このいえを…ぇく、出たくなんか、ないです…っ」
「…ええ」
「名雪がっ、いて…あゆがいて…秋子さんがいて…」
「…ええ」
「そこに…、わたしも…っぃ、いたいよぉ…っ」
「…ええ」
「秋子さん…、っ、わたし…わがまま、かな?」
「…そんなこと、ないですよ…」
普通に発声しているつもりだったのだけど、けっこう大きな声になってしまっていた。
…二人にも聞こえちゃったかな。
私の言いたいこと、心の中の想い、吐き出たものを全て受け止めてくれた。
だから、秋子さんに憧れるんだなぁ。
「わかってますよ…。祐宇さんは、家族ですから、ね?」
「…はい」
その後も、私は思い切り泣いた。
今までの人生の凍り付いていた部分が溶け出したかのように、涙が溢れ出た。
二十分はそうしていたんじゃないだろうか? そして、ようやく私のほうも落ち着いて
きたようだった。
そんな時だ。
プルルルルルルルルルルルルル…。
電話が、鳴った。
もうちょっとこうしていたかったけど、仕方がなかった。
「祐宇さん、いいんですか?」
「…電話、緊急のものだったら困るでしょう?」
“家族>仕事”という図式をきっちりと持っていてくれるのはありがたいが、私のため
に居留守まで使われちゃあ、ばつが悪い。
「じゃあ、少し待っていてくださいね」
私は黙って頷いた。
「はい、水瀬です。…姉さん?」
私の身体が反応した。
秋子さんの姉。つまりは、私の母親。
「ええ。…ええ。…祐宇さんに、代わりましょうか?」
私は既に秋子さんの隣にいる。
もしも向こうが電話を切るつもりでも、私は秋子さんから受話器を奪ってでも話をしたかった。
だが、そんな心配は必要なかったらしい。
「祐宇さん」
受話器が、私に手渡された。
「祐宇さんの気持ち、素直に伝えなきゃ駄目ですよ?」
私はその言葉に、笑顔で返した。
駄目でもともと、言うだけ言ってみようか。
「…もしもし?」
『祐宇?』
受話器の向こうは、間違いなく母さんだった。
「そう。私」
『身体は大丈夫なの?』
「割と、元気かな」
『そう…』
よかった、とでも言うように、ため息が受話器を通して聞こえた。
「迎えに、来るんだって?」
向こうから話が出るだろうけど、私のほうから切り出した。
心なしか、ちょっと不機嫌なトーンになってしまった気がする。
『ええ。倒れたって言うじゃない』
「…もう、大丈夫だよ」
あんな無茶はしない。
無理をする理由も、全て解決した。
私の友達も、全てを知っても受け容れてくれる人たちだってわかったし。
他の友達についても同じだろう。類は友を呼ぶって言うし。
『絶対に有り得ないって、言い切れる?』
「…無理」
これから何が起こるか、わかるならまだしも。
わからないからこそ、この場にいてはいけないんだろうけれど。
「だけど…」
『だけど、何?』
「私には支えてくれる人がいるから、だから…」
『馬鹿っ!』
怒鳴られた。
理由も、なんとなくわかる。
私が言っているのは、単なる我侭だから。
「母さん…、お願いだから」
私が我侭を言ったことはそうそうない。
憶えてるだけだと、絶対に片手の指だけで全てがカウントできると思う。
私を壊れ物のように扱うな、という態度も含まれるのならばいきなり星の数ほどまで昇
るんだけど。
そんな訳だからか、母さんも対応に困ってるみたいだった。
だいたい、言葉遣いだってちょっと変わってるし。
『……祐宇…』
「私、ここに来ていろんな人に会った。だから、母さんの知ってる祐宇よりも…、きっと
強くなれたと思う」
『…………』
「それに、私って飛行機乗れないし」
あはは、と軽く空元気の含まれた笑いを付け加える。
気圧が云々とかってことで、心臓に多大に負担がかかるって聞いたことがある。
日本からあっちまで船で行けとでも?
「ちょっと訊きたいんだけど、父さんってこれ聞いてる?」
『…いえ、聞いてないけど?』
「そか、じゃあいいかな…」
さて、どうやって切り出したものか。
ここはやっぱりスタンダードな方法でストレートに、
「ちょっと、気になる人がいるんだよ。あ、もちろん男ね」
今日までは、色々なことがありすぎて気にしてる余裕がなかったことだけど。
「あの父さんが聞いたら、絶対に馬鹿みたいに騒ぐと思うんだ」
親バカだし、と付け加える。
受話器の向こうで、僅かに笑い声が上がった。
『だから、離れたくないのね?』
「…うん」
『もう一度、お父さんと相談してみる。それでいいかしら?』
「…うん」
『次に会う時までにまた倒れたりしたら、絶対に連れ戻すからね』
「…覚悟してる」
受話器の向こうで母さんがはぁっ、とため息をついた。
『そんなに気負うものじゃありません』
受話器の向こうで苦笑しながら言ってくれている。
そんな光景が、すぐに頭に浮かんだ。
『それじゃ、あまり長電話もなんだから…』
「…うん、あ」
『何かしら?』
「ごめんなさい、すごい我侭言ったよね?」
再び苦笑が聞こえた。
『子供は親に我侭言うものよ、ただでさえ祐宇は何もねだらなかったんだから、その分の
お釣りだと思えば安いし、ね』
「…ありがと」
「伝えられたみたいですね」
…すっかり忘れてた、秋子さんがいたんじゃないか。
凄まじいことをカミングアウトしてしまった気がするんですが。
「…ええ。でもたぶん、迎えかどうかは分かりませんけど、親は来ますよ」
家族は一緒に暮らすものだ。
そして、私の両親はあゆのそれと違って健在である。
私の両親だって、私と暮らしたいに違いないのだ。
「私に会いに、ね」
軽く微笑んでみせる。
なんか、意固地になってた部分を捨てたせいか随分気楽になったものだ。
「いいことでもあったんですか?」
秋子さんも微笑んで。
「ピアス、要らなくなりましたからね」
理由としては、訳のわからないものだろう。
でも、秋子さんはそんなことをわざわざ言う人でもない。
それでも私には意味の有ること、そんな風に理解してくれた。
「良かったですね。それより…」
「なんです?」
「好きな人、本当にいるんですか?」
…それかよ。
最終兵器だった訳だし、不用意に発言すべきことじゃなかった。
私は修羅場な空気を感じずにはいられなかった。
「みんな、よく集まってくれたな」
…と言っても、言い出しっぺは私なんだが。
みんなの反応は十人十色。
栞やら佐祐理さんは何のイベントかと見るからに期待を膨らませていて。
香里なんかは普通なようで、ちょっと楽しみにしてるようだ。
天野やら舞なんかは動じてないのか落ち着いていた。
そう言えば、香里の連れに触角の生えた人間が混じってたな。新人類か?
そして、名雪とあゆはイベントの真意を知っているだけに空元気だった。
…もうちょっと上手に演技してくれないかなあ。
「今日は何のパーティーなのかしら?」
真っ先に口火を切ったのは香里。
「えーっと、場合によっては趣旨が変わっちゃうから、一概にこれ! とも言えないなぁ」
「…またですか」
はぁ、とため息をつく天野。
「…祐宇は無計画過ぎる」
テーブルの上に並べられた料理に速くも手をつけながら、舞が言った。
知らないようだから黙ってるけど、それ私が作ったんだけど。
…なんて言おうものなら一瞬で空気を固められるに違いない。
「いいじゃないですか、たまにはこうやってみんなで騒ぐのも」
「おう、俺も栞ちゃんの意見に賛成だぞ」
「佐祐理もお友達とのお食事会は好きですよ」
すっかり趣旨はどうでも良くなったらしい。
…まぁ、最後に言えばいいか。
楽しい雰囲気を無下にぶち壊すこともないだろう。
「斉藤も連れて来れば良かったのに」
「ああ、あいつ部活だってよ。損な奴だよな」
そうか、そう言えば明日は大会があるとか言っていた。
うーん、両親が来てくれるのが何時になるかわからないばっかりに参加させられなかっ
たのは残念なことだ。
「ま、俺が奴の分まで楽しんでやるさ」
「しっかり頼むよー」
香里のことも、ね。
ピンポーン。
玄関チャイムが鳴った。
「私が出てきますね」
…と、秋子さんが玄関の方へ向かって行く。
どうせ回覧板か何かだろう。
そう思っていると、秋子さんがちょっと顔を出して手招きした。
「…祐宇さん、ちょっと」
「…?」
頭に『?』マークを浮かべながら玄関へと赴く。
「かっ、母さん!? 父さんも!?」
玄関で見たのは、私の良く知っている顔だった。
寄りにも寄ってなんで今日来るんだか。
「久しぶりだな」
「…なんで寄りにも寄って今日に来るんだか…」
そんなことを言ってみたが、別にいつなら都合がいいって訳でもない。
「祐宇を支えてくれる人たちがどんな人か、知ってからでも遅くはないでしょう?」
母さんがにっこりと笑いながら言う。
それってつまり、私自身はどうだっていいんじゃないだろうか。
「ちょうど友達来てる所だから、上がっちゃえば?」
秋子さんも後ろで「了承」って感じだし。当たり前だけど。
「迷惑じゃないか?」
いつもはそんなこと気にもしないだろうが。
「別に気を遣うことはないよ。私の友達だし」
そうか、とすぐに家にあがる所が何と言うか…。
「…誰ですか?」
あゆが親父を見ての第一声。
普通の発言だなあ。
「私の親父、ついでに母さんが玄関で秋子さんと話してる」
軽く紹介。
というか、これ以上の紹介なんて必要ないというか。
「はぇー、ひょっとして、ご両親の歓迎パーティーだったんですか?」
「悪いけど違う」
歓迎なんかしないし。
「叔父さん、お久しぶりです」
名雪がおじぎする。
部長を務めているだけあって、こういう儀式関係の型はきっちりとできていた。
「おお、名雪ちゃんか。秋子さんに似てきたなぁ」
姪相手に鼻の下伸ばすんじゃねえ。
またぶっ飛ばしてやろうか。
…と言うことで、一人ずつ自己紹介。
北川は香里の彼氏、という身分によって親父の睨みを避けた模様。
それから一時間くらいは経過しただろうか。
「えーっと、そろそろ今日の集まりについて話をしたいんだけど」
みんなが一斉にこちらを向いた。
…そんな好奇の目で見られても、面白いことは何一つないんだけど。
「私、場合によっては両親のもとに帰るかもしれません、以上」
簡潔に内容だけを伝えた。
…だって、しょうがないじゃん。これ以上、私にどう言えと。
一瞬にして、空気が静かになった。中には、疑ってる奴もいるようだけど。
「あ、そのことだけど、祐宇」
「何?」
「私たちに、明日まで時間をくれないかしら?」
考える時間。
私を連れ戻すかどうか。
それはつまり、今日の様子だけでも私の友達はいい奴だと判断した上なのだろう。
「…うん」
「手続きについては任せてくれればいいから」
それについては、かなり無茶してるような気もするんだが。
大丈夫だと言ってるんだし、信じてみようか。
「じゃ、明日、ね?」
「…うん」
そんな感じで、今日はお開きとなった。
「かっこよかったじゃんかー」
練習試合とはいえ、凄い気迫だったのは見てて解った。
「まあな。逆転された時はマジでヤバいと思ったけど」
すぐさま逆転し返して、結局逃げ切った訳だ。
すごく疲れているようだったが、斉藤はまだ楽しそうだった。
「どうでもいいけどさ、私知らなかったんだけど。斉藤がバスケ部だって」
ついでに、名雪から友人伝ってなんとか聞き出して、右も左もわからない駅から相手校
までの道のり。
今思うとよくぞ途中で諦めなかったものである。偉いぞ私。
「訊かなかったお前が悪い」
そうなのか?
教えなかったお前が悪いと思うんだが。
「相沢、ちょっといいか?」
「ん? ああ、別に今のところは予定はないから」
連れて来られたのは、体育館の裏手側。
さびれている訳ではないだろうが、日陰であるせいもあって、そんな感じをかもし出し
ていた。
斉藤は何かを考え込んでいるようだったが、両手で自分の頬をピシャリと叩いた。
…なんなんだ?
「相沢、俺、お前が好きだ」
「…ぇ?」
それから私がどうなったのか。
そして、どうしたのか。
それらはまた、別のお話。This Story isn't end.
Becauce She is aliving.
To be Continued….