次のターゲットは栞だ。
前回の突発的な思い付きではなく、綿密な計画が要求される。
ポケットに大量の薬を常備しているだけに、化学物質等の知識に詳しそうだ。
前回の「片方は汗」と言う冗談は、おそらく通じないだろう。
と、なると…。
「バニラアイスを賭けてゲームをしないか?」
前回と切り出しが一緒なことは、この際目をつぶっておく。
綿密な作戦の結果、これがベストな方法なのだ。手抜きだなんてことは無い。
「いいですよ。どんなゲームですか?」
…食いついた。
どこぞの人形使いだったならば目を光らせている所だろう。「ロックオン」ってな感じで。
「祐一さん、目が光ってますよ」
…どうやら、俺と彼とは同類項らしい。
「…で、ルールだが簡単なものだ」
と言って、俺は二つのコップを取り出す。
前回と一緒などと思うなかれ。なんと今回は…。
「片方がオレンジジュースだ」
ちなみに、どろり濃厚なんてことはない。
そしてもう片方、ハズレでオレンジ色のモノといったらこれしかない。
「…もう片方は………だ」
「え? よく聞こえませんでした」
わざとぼかした言いまわしをしてみた。
やはり今回も「飲め」と言わないところがミソである。
誰もそんな所には気づかないが。だってまだ二回目だし。
「におい、嗅いでみても良いですか?」
「別に構わんが…」
俺は命の保証はしないぞ。
薄める際には一応、鼻摘んでやったからな。
「…薄める?」
「もしかして、声に出てたか?」
「はい」
「ぐぁ…」
危ない危ない。用法、用量を守って正しくお使いしたのがパーになるところだった。
「用法、用量って、…薬なんですか?」
また声に出ていた。
さらに薬品かどうかも定かではない。薬でも違和感ないけど。
「警戒せんでも大丈夫だ。ハズレの方も身体に害はない」
たぶん。
「…辛くないですよね?」
「辛いって言うか、まぁ、口では表せないような独特な味わいが広がるような…、そんな気が無きにしもあらずって感じだ」
「…全然わかりません」
当たり前だ。
しかし、今の説明が俺の最大出力である。嘘偽りは微塵も無い。
「とりあえず…、勝ったらバニラアイス五つ買ってやるぞ」
一気に五倍だ。
これで餌にかからない訳はないだろう。
「じゃあ、挑戦してみますね」
かかった!
ロックオンした後、捕獲作業に入る。
「わ、祐一さんの目がまた光ってますー」
もうなんだか慣れた気がする。
こっちは別に困らないし。
「それじゃ、こっちにしますね」
悩む時間は短かった。
無かったと言っても間違いじゃないくらいだ。
見所その一はいきなりカットである。
「いいのか? それで」
「悩んだって確率は変わりませんから」
「…ファイナルア〇サー?」
お約束。
「ファ〇ナルアンサーです」
なんでか表情が割と真剣だ。アイス五個ってそんな高かったっけ?
「………正解」
「本当ですか?」
「本当だ」
「本当に本当ですか?」
「本当に本当だ」
「ほん…」
「ストップ。キリがないぞ」
更に言うと、今のやりとりはもっと盛り上がった場面で使うべきである。
言い出しっぺは俺だが。
栞がコップを取ったので、空いたほうの手で俺は『それ』を奨める。
「いいから、早く飲んでみろ」
「はいっ」
『台詞で埋め尽くして心を読ませない』という大胆な計画は、成功しようとしていた。
「祐一さん、…声に出てますよ」
見ると栞の取ったコップには、まだ口がつけられていなかった。
くっ、計ったな!
「…何がです?」
「いや、こっちの話だ」
どうやら、栞はまだ何がなんだか解っていないらしい。
変な時に勘が鋭いくせに、ある意味こういった時は大助かりだ。
「祐一さんが勝手に声に出してるだけです」
「そんなこという人嫌いだ」
「わ、人の台詞を取らないでくださいー」
「…生きてればそんな困難はいくらでもあるんだ。それでもお前は…」
「誤魔化さないでください」
誤魔化しは効かなかったが、それでも不自然な部分は消化できたようだ。
適当に笑ってやり過ごすと、栞はようやくコップに口をつけた。
えいえんはあるよ。ここにあるよ…。
ちがうっ! 何処かで見たような台詞を言ってる場合じゃなくてだな。
えーと、今の俺の状態はどうなっている?
頭…、と言うか髪の毛からオレンジ色の雫が滴り落ちている。
つまりに…。
「吹いたな?」
っていうか、『噴いた』だな。
前回から改良を加えた割には、こういう所は全然直っていなかった。
「祐一さん、なに入れたんですかぁ〜」
涙目である。気持ちも解らなくは無いけど。
「……それはだな…」
再び間を取って。
「企業秘密です」
片手を頬に添えて、軽く微笑みながら、俺はそんな事を言った。
要するに、秋子さん風だ。
「…解りました」
俺が何を言わんとしているか、すぐに想像がついたようだった。
みごと任務終了である。
めでたしめでたし。
「…って、何もめでたくないぞ俺!」