Madien Blusb Rose
第一話

「…お前はいったいどういう身体をしてるんだ」
 見舞いなんか必要なかったか。
 せっかく心配してきたというのに。全然悪い事じゃないのに何故か少し不満だ。

「…………」

 舞は何も言わなかった。
 見舞いに顔を見せても、「よう」と挨拶してみても。
 そして今、質問を投げかけてみても。
 相手が舞なのだから、それなりの反応を期待していたわけじゃないが、いくらなんでも反応が無さ過
ぎる。意図的に無視されているのだろうか?
「おーい、舞?」
 掌を目の前でぶんぶんと振ってみる。やはり反応は無い。
 まるで透明人間にでもなったかのようだ。

 ぽかっ!

「ぐぁっ、何をする」
「…鬱陶しい」
「他にもっと言い方があるだろうが。それと…」
 手加減をしろ。
 そう言おうと思った。だが。
「お前…今、右手で殴…右手動かしたか?」
「…祐一、ボケ老人?」
 何が言いたいのか解らなかったらしい。
「だからっ、魔物を倒した時に手足が動かなくなったりしただろう」
 少し間があった。
 どうやら理解できたようだ。
「…そういえば」
「お前こそボケ老人だ」

 ぽかっ!

 見事に脳天に直撃。今度のチョップは更に速かった。
 …あれは絶対に怪我人のスピードじゃない。
「祐一さん、舞は立派な怪我人ですよー」
 また声に出ていたらしい。
 と言うより、怪我人に立派も何もあるのだろうか?
 …それより先に。
「佐祐理さん、いつからそこにいたんだ?」
「あははーっ、佐祐理は祐一さんより先にお見舞いに来てましたよーっ」
 来た時には誰もいなかったはずだが。
「さっきは、ちょっと席を外していたんです」
「ぐぁ…」
 またまた声に出ていた。
 

「…そうか。じゃあ、もうすぐ二人とも学校に来られるんだな」
 笑顔で「はい」と言う佐祐理さんに、無言で頷く舞。
 二人が魔物の一件で負った傷も、順調過ぎるほどに順調に回復していた。
 本来ならば、もっと傷は深かったはずなのに、だ。
 おそらく舞の中での魔物の『統合』がきっかけなんだろう。
「よかった。三月までに治ってくれないと、一緒に昼飯を食うこともできないからな」
 言ってから、何故か恥ずかしくなったので「一人の飯は寂しかったぞ…」とふざけてみせる。
 実際、一人で昼飯を済ましたことは、ほとんど無かった。
 持つべきものは従姉妹と、その友人だ。
「祐一さんも辛かったんですね…」
 しみじみと言う佐祐理さん。間に受けてしまったのだろうか。
「…祐一、嫌われ者?」
 唐突だった。
「何でだ?」
「…一人でご飯」
 冗談を間に受けたのは一人だけじゃなかったようだ。
「祐一さん、めげないでくださいね。佐祐理たちはずっと友達ですから」
 どうやら、彼女たちの頭の中では既に『俺=クラスの嫌われ者』らしい。
 …シャレにならないような気がしてきた。

 佐祐理さんなら俺のクラスに乗り込んで生徒一人一人に「祐一さんと仲良くしてあげてくださいね〜」
などと言うだろう。
 そして俺の冗談がバレた暁には舞が「佐祐理に恥をかかせた…」と、何度も見惚れた鮮やかな剣技で、
今度は俺が入院するハメになるかもしれない。

 今の内に冗談であることを言った方が身の為だ。
「あ…あのさ、今の、…冗談なんだが」
「ふぇ? そうだったんですか?」
「いくら俺でも、さすがに一人寂しく昼を済ますって事はないぞ」
 少しの間の後、

 ぽかっ!!

 本日三度目にして最大の威力だった様な気がする。『!』マーク二つ分だ。
「嘘吐きは泥棒の始まり」
 それは小さい子に言う決り文句だ。


 面会時間ギリギリになって、突然舞が思い出したように言った。
「祐一、ちょっと一緒に来て」
「え? …俺だけか?」
 佐祐理さんの方を見ると、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。おそらく『珍しく舞が積極的に俺を誘っ
ている』という構図ができているのだろう。
 だが俺は、彼女の思い浮かべるような平和な想像はできなかった。
 舞の声に、魔物との最後の戦いの時のような、真剣さを感じたからだ。

 窓の外は、もう暗かった。
 外は暗くて、足音が響く。気味悪いのは解っていても、もうすっかり慣れていた。
 もう魔物はいない。そう思っていたからか、むしろ懐かしいとも思っていた。
「…会いたいって」
 舞の方から沈黙を破るのは珍しいことだった。
 しかし、唐突過ぎて訳が解らない。
「祐一に会いたいって」
「誰が?」
「………知らない人」
 余計に解らなかった。
『知らない人』とは何者なのか。それよりも、何故俺に会いたがるのか。
 俺の頭の上には、ずっと『?』マークが浮いていた。

「おい、こっちは…」
 空気がいやに重かった。
 冷水を浴びたように、身体中が寒かった。
 俺自身が、この先へ行くことを拒んでいる。そんな感じがした。
 しかし立ち止まってはいられない。数歩先にいた舞との差がどんどん広がっていく。
 俺は覚悟を決めるしかないようだった。

「……ここ」
 舞の足が、病室の前で止まった。
 拒む身体を引きずっての移動はかなり辛いものがあったが、逃げるのも嫌だった。

 病室の名札に目を向けたくなかった。
 見なければ良かったと後悔した。
 名札に書かれていた名前は…

『月宮 あゆ』

 俺の中で、何かがざわざわと騒ぎ立てた。
 なぜこんなに俺は取り乱しているのだろう。
 最後に会った時から今まで、少し日数が経っている。何かしらの事故に巻き込まれて入院している、
と言う事も考えられるじゃないか。
「…祐一」
 早くドアを開けろ、とでも言いたげだ。
「悪い、知り合いの名前だったんで、ちょっと驚いた」
 大方、また食い逃げでもやらかして慌てて転んだか…。
 どうからかってやろうか、そんな思いでドアノブに手をかけ、捻った。
 流れこんでくる、冷たい空気。静けさからか、永く誰も居ない、そんな寂しさも感じた。少しの間、
空き部屋かと思ったほどだ。
 ドラマか何かで観たことがあるような光景。そして静けさと、肌寒さ。そんな中に、確かに彼女、あ
ゆは居た。
「おい…、なんの真似だよ、これ」
 ベッドのシーツには皺一つ無い。
「ちょっと前まで元気に走りまわってたじゃないか」
 そして、ベッドの上に眠っている彼女に繋がれたチューブ。
「また「うぐぅ」って言ってみろ」
 俺は心の中で出ている結論から少しでも離れようと、あゆの頬を軽く叩いた。
 反応があるはずが無い。何故なら―――、
 彼女は、ずっと眠っているのだ。このまま。
「おい、俺がせっかく見舞いに来てるのに、寝てるなんて酷いじゃないか。おいっ」
「祐一っ!」
 舞の声で、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
「すまない…」
 消え入りそうな声を、なんとか絞り出した。

「…夢を見た」
 唐突に、舞が口を開いた。
「私が、私と一つになったあと…」

『祐一君と、幸せになってください』

「…この子、そう言ってた」
 俺には、何時からあゆがこんな風に眠っているのかは解らない。だから…
「コイツらしい、気の早い祝辞だな」
 あゆの言葉に、素直に『ありがとう』を言えなかった。

「なぁ、舞、なんで俺を呼んでるって解ったんだ?」
 舞の夢は短すぎて、聞いた限りだとどこにも『俺を呼んでいる』要素は見つからない。
「…なんとなく」
「そうか。なんとなく、か」
 もしかしたら、まだ夢の続きはあったのかもしれない。
 …考え過ぎか。
「とりあえず、もう戻ろう。そろそろ時間がやばい」
 すっかり忘れていたが、ここは病院だった。

 俺が…あゆにできることは、何もないのか?
 「もう会えないと思う」とはこんな事だったのか?
 気温の所為か、溜息は白かった。