「意外だな」
気晴らしに…と屋上に向かった私が見たのは、生徒会の久瀬だった。
一人になりたかったんだけどな…。
そういう訳にもいかんか。この場合。
「たしか、生徒は屋上に出入るのは禁止じゃなかったか?」
久瀬は私の方を見るとふっと笑った。
「それじゃあ、君はどうなんだ」
「私よりも、お前の方が問題あるぞ」
生徒会は真面目な生徒のためのもの、とか言ったのはどこのどいつだ。
あの時は状況が状況なだけに堅物に思えたが、今の状況を見るにそうでもないらしい。
「で、君は何の用があってここへ来たんだ?」
久瀬は私に訊いてきた。
「先逝く不幸をお許しください…って感じ?」
「死ぬ理由なんか無いだろうに」
全くだ。
そして、暫く沈黙。
「…どうでもいいことなんだけど、さ」
私は急に口を開いた。
最近気づいたことなんだが。
「久瀬って三年だとずっと思ってた」
堂々と佐祐理さんにアプローチかけてたり(語弊かもしれないが)舞に対してあれだけのことを言ってのけたり。
だから、最初は先輩なんだろうと思っていた。
だけど、普通に考えてみて三学期にもなったこの時期に三年が生徒会なんぞに加入したりするものだろうか。
答えは否。
三年から二年への引継ぎの関係もある、三年がすることは補佐と雑談くらいのものだ。
「それは“老けて見られた”と受けとって良いのかい?」
いくらなんでもそれは被害妄想だ。
私は苦笑した。
「君は不思議な人間だな」
今度は久瀬の方から私に声をかけてきた。
私は何か反応するでもなく、久瀬の言葉に耳を傾ける。
「君がこの学校に来てから、少なくとも二つの問題が解決している」
舞の件と、栞の件か。
舞の場合は更正、という形で片付けられているらしいが、詳しいことは知らない。
栞の方は半ば教師陣も仕方が無い、と諦めていただけに、それこそ奇跡扱いだ。
「私は何もしてない。二人が強かっただけだよ」
「それでも、きっかけを与えたのは君だろう?」
驚いた。
私の素行まで調査済みってか。
久瀬はそのことを察したのか、軽くフォローを入れる。
「ああ、気を悪くしないで欲しい。別に調べ上げたって訳じゃないんだ」
それじゃあ、なんで知っているのだろうか。
「君は君が思っている以上に有名で、僕から言えば得体が知れないんだよ」
フォローになって無いし。
もうちょっと言葉を選べ。
「正直に白状すると、少し嫉妬も感じるな」
誰に?
…私にか。
「僕たちが頭を悩ませた問題をたった一人で解決してしまったんだから」
「…使命感ってヤツ?」
私には無いものだ。
私はあくまでも友達を助けたいから自分に鞭打っていただけ。
顔も素性も知らないような連中のために使う頭は塵ほども無い。
「言っただろう。“真面目な生徒のための生徒会”って」
「当の本人は校則違反者だけどな」
久瀬は少し笑った。
そう言えば、初めてこいつの笑顔を見た気がする。
「素行はともかく、そういう意味で君のことは評価する」
「それはどうも」
「そういえばさ、佐祐理さんのこと好きなん?」
「何を言うかと思えば…」
久瀬は額を掌で押さえ、頭痛を感じたかのようなジェスチャーをした。
「あれだけ必死にアプローチしてるんなら、そうじゃないかって思うって」
「別に必死じゃないしアプローチでも無い」
久瀬はぶっきらぼうにそう言い放った。
普段はクールなこいつが目の前で感情を出している。
それだけで何か面白かった。
「全く、どうして女子というものはそっちへ話を持っていきたがるのか…」
久瀬がぼやいた。
「さぁね、でも男だって似たようなものだろ?」
そう言って、久瀬の肩をちょっと叩いてみる。
…あれ?
「少し訊きたいんだけどさぁ、身長どれくらい?」
私の問いに、久瀬は少しだけむすっとした表情を見せる。
「170無い」
私の方が背が高いんじゃん。
同じくらいだと思ってたんだがなー。
「コンプレックスだったか? だったらごめん」
「別に構わんさ」
話してみると久瀬は“悪い奴”ではないようだった。
最も、それは舞関連のことで佐祐理さんと一緒に話していて痛切に感じたことだが。
舞のことだって悪意があってやったことでは無い。
感情的になってしまったりもしたが、それは私が舞の友達だったからだ。
冷静に客観的に考えてみれば、久瀬の言い分の方が筋が通っている。
あの場合、我侭を言っていたのは私の方だったのだ。
「私は誤解してたみたいだな…」
「仕方が無いだろう。普通に考えれば決して良い出会いだったとは言えないからね」
なんて言うか、大人だなー。
嫌われてても少しも文句は言えないんだけど。
「ははっ、正直、苦手な堅物タイプだと思ってた」
「僕も同じだよ。最も、初対面から全然イメージは変わらないけどね」
悪いままってことかそれは。
それとも、あの時からそれなりの評価を私にしていたと言うことなのか。
後者だろうな、たぶん。
「で、そろそろ帰ったらどうだい? 暗くなってきているしね」
「そうだな…。で、危険だと思うなら送ってくれても良いんじゃないか?」
悪戯っぽく笑顔で訊いてみる。
久瀬は一瞬だけ苦笑してから、
「僕なんかで良いのか?」
「“なんか”?」
何故か知らないけれど、その単語だけが引っ掛かった。
「いや、確か反対方向だろ? 手を煩わせるまでも無いよ」
「相沢さん!」
屋上から公舎内へと戻ろうとした私を、久瀬が呼び止めた。
「確かに僕は倉田さんが好きだ。それは認める」
…今更に質問に答えやがって。
私自身もそんな質問をしていたことを忘れてたというのに。
でも、私は振りかえって、
「そっか。…正直者は好きだよ」
素直に笑顔で言ってみせた。
…あれ、気付かない内に楽になってる。
久瀬にすら好きな人がいたのかー。
相手を予想していたとはいえ、本人の口から訊くことになるとは思わなかった。
それは、あれだけストレートに言えるほど想える人がいるとも言えるんだよな。
そういう意味じゃ、あいつが羨ましいかも。
帰り道、体育館の近くを通ると見知った顔がいるのが見えた。
「斉藤ーっ」
ちょうどバスケ部の練習も終わりだった所らしい。
私は手を振りながら近付いた。
「よ、相沢。遅いな」
「ちょっと友達とだべってたからな」
普通に話してはいるが、結構申し訳ない気持ちがあったりする。
告白された後、私は訳の解らないことを言い散らかして答えを先延ばしにしてもらっていた。
…こいつは私をどう想ってるんだろうか。
既に呆れて冷め切ってしまっているんだろうか。
それとも、きちんと私が答を出すのを待っていてくれてるんだろうか。
多分、後者だろうな、基本的にいい奴だし。
だからこそ、早く決着を着けなくてはならない。
「あの、さ。答えのことなんだけど」
斉藤が何かを言う前に言葉を繋げていく。
「…わからないんだ、正直。私は自分から誰かを好きになったことなんて無いし、それに…」
言葉に詰まった。
何を言いたかったのかさえ、判らなくなる。
「ちゃんと言葉を言えるようになるまで待つから」
「聞けよ!」
思わず胸座を掴んでしまった。
「今言えることは、今言いたいんだよ…」
視界が滲んだ。
悔しい。
言いたいことが一杯あるはずなのに、全然それを外に出せない。
「あー、もうっ」
私の頭は斉藤の上着の中。
「そんな顔するの反則だろ。言うこと聞きたくなっちまう」
「…ありがと」
ついさっき何を言ったかなんて、すぐに記憶から掻き消えた。
私にできたことは、拙い言葉を途切れ途切れに繋いでいったことだけ。
私の想いは、きちんと伝わってくれただろうか?
「つまり、俺のことはそういう風に見れない、でいいのか?」
「…うん。ごめん。本当に」
少なくとも、今は無理だ。
私は基本的に自分本意で、他人のことまで考えられる余裕のある人間では無い。
「そっか。振られたかー」
がっくりされるか、怒るかどっちかだと思ってたのに。
すっきりした、といった感じだ。
これだけ待たせて、その結果振ったというのは失礼なんじゃ無いだろうか。
そう思った私は下に向けていた顔を、斉藤の方へと向けた。
「おっと、謝るなよ」
先手を打たれた。
仕方ないので、再び下に首を傾ける。
「真剣に悩んでくれただけでも満足だな。俺は」
友達に相談したのも、少しでも苦しみを解消したかったから。
気晴らしを求めたのも逃げたかったから。
誰かの相手をしていれば、少しでも忘れられるとさえ思ってしまった。
全然真剣なんかじゃない。
「むしろ、礼を言いたい位だな」
「…ばか」
馬鹿だよ、本当に。
私みたいなのを好きになる辺りでどうかしてる。
「でも、送らせてくれてもいいよな? …って相沢?」
私はしばらくの間、自分が振った男の胸で泣いていた。
こいつ、大きいなあ…。
帰り道、会話は全く無かった。
こんな場合どんな言葉をかけて良いのか、私は全然知らない。
「ごめん。ホントに」
「役得だと思うけどな。振られたからって嫌いになるような奴は好きにならない」
ストレートに言うな、恥ずかしい。
「んじゃ、ここで…」
「おう、明日学校でなー」
「うん。ありがとう」
私なんかを想ってくれて。
たぶん、素直に笑えたと思う。
目じりとか赤くなってたり凄いことになってるんだろうけど、この際これは無視だ。
「あー、さすがにショック強いな」
斉藤はピシャリ、と両頬を打つ。
祐宇に告白した時もそうだったように、これは彼の癖なのかもしれない。
「よかった。俺、笑えてた」
誰もいない歩道だったから、ある意味安心できる。
明日っからの俺を見てろ。
だから、今だけは…。