がたっ。
 がたがたがたっ。

 壁一枚越しに聞こえる物音のために眠りから引き起こされた。
 枕もとの時計に目をやってみる。
 ああ、まだ寝ていられる時間だ。
 ということで、もう一眠りしようと布団を被ったところ。
「祐一さんっ! 朝ですよ朝っ」
 謎の人物が侵攻して来た。
 俺の部屋に入ってきた謎の人物はつかつかとベッドまで近付いてきて。
「あーもうっ、やっぱり寝ぼけてる。今日で冬休みは終わりなんですから謳歌しないともったいないじゃないですかっ」
 耳元でそんなことを言っている。
 とりあえず、寝起きにこいつの喋りに付き合うと体力ががくっと奪われる。
「だから睡眠という方法で休みを謳歌してるんじゃないか」
 だいたい、なぜみさおが俺の部屋に侵入してきているのだろうか。
 そこまで考えてから、引っ越してきたことを思い出した。
 それだけではみさおがいる理由にはならないのだが。
「さあさあ、祐一さん若いんですから外に出ましょー」
 どこにそんな力があったやら、俺の体をぐいと起こしてベッドから出そうとする。
 
 べしゃり。

 俺自身に立つ意志がなかった。
 フローリングの床に倒れこんだ後に、のそのそとベッドに戻る。
「ああもうっ、なんでまた戻るんですかっ」
「眠いから」
「そんなところまでお兄ちゃんそっくりっ。全く“類は友を呼ぶ”とはよく言ったものですっ」
 うるさい。
 何度も兄とやらと比較されても、困るのはこちらの方である。
 生憎ながら俺の記憶にはそいつはいないのだ。
「耳元で騒ぐな。眠れないだろうが」
「起こすためにわざとうるさく言ってるんです!」
 嘘だ。
 絶対天然だおまえは。
「だいたいお前はなんで俺を起こそうとするんだ」
「え」
 みさおの動きが止まった。
「ええと、それは……」
 なぜか口篭もっていたり。
 俺に知られたくない理由でもあるのだろうか。
 知られたくないも何も、昨日初めてあったばかりの仲な訳だが。
「あの、一緒に街を歩きたいなあ、と」
「ほほう」
「誤解しないでくださいね!? わたしこの辺りのこと知らないから祐一さんに案内を頼みたいと思っただけで決してデートとかそんな訳では……っ!」
 なるほど、一緒に遊びに行きたいということらしい。
 それはともかく、何やらすごい剣幕である。
「はいはいわかった。わかったから部屋から出ていけ」
「って、祐一さんまた寝る気ですかー!?」
「……おまえは俺の生着替えライヴを鑑賞したいのか」
 それは俺のほうが勘弁願いたい。
 そそくさと出ていくみさおの背中を見ながら、そんなことをぼんやり考えた。

 …
 ……
 ………

「寒い」
 こんなことなら、みさおを撃沈させてでもベッドの中にいるべきだった。
「そんなに言うほど寒いかなあ」
「繊細な俺と違っておまえは無神経だからな」
 傍らのみさおがぶーたれているが気にしない。
 こいつに下手に付き合うと逆にうるさくなるのだから、少し放っておくくらいがちょうどいい。
「で、おまえはどこに行きたいんだ」
 歩きながら、そんな事をたずねてみる。
 さっきの会話からも「一緒に外に行きたい」としか聞いてなかった。
「え、祐一さんが決めてくれるんじゃ」
「俺はこの辺の地形については記憶がはっきりしない」
 要するに言えば、何があるのかわからない。
 子供のころの記憶だし、七年も経てば当然変化がある。
 仮に憶えてたとしてもおぼろげなものだ。
「……とりあえず商店街に行きましょう。秋子さんに聞いてきましたし」
 はあ、とため息をついてみさおが歩いていく。
 俺はゆっくりとそれに着いて行った。

「ということで、商店街だぞ」
「何を状況解説しているんですか」
 すかさずみさおからのツッコミが入る。
 が、そんなことはどうでもよかった。
「店を回ってみるか」
 俺はこれから何度もここには世話になるだろうから。
「そうですねっ」
 すたすたとみさおが後からついてくる。

    
「あ、あれかわいー」
「……どこが?」
 みさおが指差したのはショーウインドウの中のぬいぐるみ。
 なんと言うか、でかい。
「これ、売り物じゃ無いだろう」
 前にもあの巨大なぬいぐるみは、前にも見たことがある気がする。
 主だった。
 なんていうか、これ以上無いほどにまで主だった。
「あ、値札ついてますよ」
「ほほう」
 ゼロが一つ、二つ、三つ……、ぬいぐるみでこの値段は詐偽だ。
 見なかったことにして回れ右。
 と、逃げようとしたところでみさおが俺の袖を掴んだ。
「なんだ」
「かわいーじゃないですかー」
「だから?」
「欲しいなー、って」

 べしっ。

 脳天にチョップをくれてやった。
「自分で買え」
「そんなお金あったら祐一さんに頼みませんっ!」
 早口に反論するみさお。
 しかも俺にたかる気でいたらしい。
 俺の懐事情などお構い無しに、である。
「次行くぞ、次!」
 なんか名残惜しそうなみさおを引っ張って俺はその場を後にした。


「祐一さん、咽が乾いてませんか?」
「いや別に」
 もうなんとなく予測はついている。
 すぐそこに自動販売機が見えるし。
「ここで買っておかないと後悔するかもしれませんよー」
 怪しげな悪徳商売のような喋りでまとわりついてきた。
 長い髪をパタパタと揺らして俺の周りをぐるぐると回っている。
 本人は自覚してはいないだろうが、まるで飼い主にじゃれ付く犬にそっくりだ。
「おい、落ちつけ落ちつけ」
 みさおは俺の前で足を止めた。
「お手」
「はい」
 差し出された俺の手の上に、みさおが手のひらを重ねる。
 ……まさか本当にやるとは思わなかった。
「って、わたしは犬ですかーっ!」
 おお、ノリ突っ込み。
 不覚にもちょっと感動してしまった。
 ぎゃーぎゃー騒ぐみさおを放っておいて俺は自販機に向かう。
「ほら、咽乾いてるんだろ。奢ってやるから速く来い」
「――はいっ」
 急に笑顔になりやがった。
 現金と言うかなんと言うか。


 しばらく二人で歩いていると、前方に見たことのあるような後頭部が見えた。
 長ったらしいツインテール。
 俺が転校する前の学校にも、似たような髪形の奴がいた。
「七瀬もあんな髪型だったな」
 後から見た分には、見事なまでに七瀬の髪型にそっくりである。
 もっとも、彼女は俺が転校する一ヶ月弱ほど前からの付き合いなので、はっきりとは覚えていないが。
「七瀬って、七瀬留美先輩のことですか?」
「おう、よく知ってるな」
「はい、なんでも真の漢(おとこ)になるために日々鍛錬を欠かさない人だとか」
 見事なまでに正しい。
 「七瀬留美はどんな人?」という問いがあれば、それはまさに模範解答だった。
 重ねて言うが、俺は七瀬本人とあまり接点は無い。
 それにも関わらず、彼女のイメージは鮮明に残っている。
 つまり、それほどインパクトのある人物だったと言うことである。
「うむ。平凡な一般市民の俺などとは格が違う奴だった……」
 しみじみと感慨にふける俺。
「例えばどんな感じですか?」
「俺が子犬だとしたらあいつは熊だ」
 と、近くにツインテールの少女が近寄ってきていることに気付いた。
 後姿だけではなく、前から見ても七瀬にそっくりだった。
 というか、七瀬だ。
「あんたたち、さっきからずいぶん好き勝手言ってくれてるわね」

 まずい。
 言ったばかりだが、俺は平凡な一般市民である。
 幼少のころ柔道を嗜んでいたこともあったが、今ではほとんど体を鍛えていない。
 そして今、そんな俺の前に鬼神がいる。
 クリスチャンでもないのに胸の前で十字を切りたくなってしまった。

「あっ、あのっ、わたしはお兄ちゃんからそう聞いただけでっ」
 なんとか鬼から逃げようとするみさお。
 でも無理だと思うぞ、たぶん。
「そ、それより何でおまえがここにいる?」
 多少焦りを含んだが、矛先を変えようと試みる。
 鬼は心臓を止められるような眼光をしばらく向けた後、
「くっ、あはっ、あははははははははははははははっ」
 急に笑い出した。
 最早何が何だかさっぱりわからない。
「いやー、留美と似てるのは知ってたけど、こうまで嵌ってくれるとはね」
 ……“似てる”だと?
「待て。いったいどういうことだ?」
 目の前にいるのは七瀬であって七瀬にあらず。
 つまり、ニセ七瀬。
 誰かの真似をするということは、その誰かに対する憧れを含む。
 と、いうことは――。
「そうかっ! おまえは七瀬の男気に憧れてごふっ!」
「わ、みぞおち」
 ニセ七瀬の強烈な突きの所為で最後までセリフを言えなかった。
 横ではみさおが感心した様子である。
「男気って辞書で調べたことある?」
 ニセ七瀬の顔は「あんた、殺すわ」とでも言わんばかりである。
 本物じゃないのかっていうくらい見事な攻撃と突っ込み、それに凄みだった。
 おのれ、未だかつてオリジナル七瀬の攻撃は受けたことはなかったのに……。
「話を戻させてもらうけど、あんたたちどこの人よ?」
 悶絶している俺を放っておいて、ニセ七瀬はみさおに接触を試みていた。
「あ、わたしは折原みさおって言います。で、そこの失礼さんが……」
 誰が失礼さんだ。

 …
 ……
 ………

 ニセ七瀬の正体はオリジナル七瀬の従姉妹だった。
 名前は七瀬留奈というらしく、名実ともに七瀬二号に認定である。
 俺が名乗ってみたところ、
「ああ、あなたが水瀬さんちに居候するっていう」
 なんで知ってるんだ。
 そう思って本人に訊いてみた所、
「本人が話してたわ。とっても嬉しそうにね」
「ぐあっ」
 泣きそうになった。
 やってきて早々であるが、今の内にもう一度実家に帰りたい気分で一杯である。
 明日から学校だということだが、周りの視線が怖くなってしまった。
「で、折原さん?」
「あ、みさおでいいです」
「そう。じゃあ訊くけど、みさおはどうしてこんな所にいるのかしら?」
 みさおは言葉に詰まる。
 別に俺に会いに来たって言ってしまえば済むことであると思うんだが。
「あの、言い難いんですけど……」
「俺の命を狙ってやって来たんだ」
「違いますっ! わたしはお兄ちゃんに祐一さんの様子を見に来るように言われただけですっ!」
 記憶にない人間に様子を見られても。
 もしかしてその折原とかいう奴は、同姓を恋愛対象として見られるとか特殊な趣味でも持っているのだろうか。
 だとしたらおぞましい話だ、俺にはそんな趣味はないのだから。
 俺の想像が早計であることも有り得る。
 ここは一つ、本人の身内に確認を取っておかねばならないだろう。
「その折原ってどんな人? 妹をこんな遠くに遣るなんて酷いお兄さんね」
 七瀬二号に先を越された。
「えーっとですねー、一言で言っちゃうと祐一さんみたいな人です」
 なんだとっ!? 
 ああ、なんか七瀬二号の視線が痛い。
 初対面だというのに、悪人にされてしまっている。
 みさおを遠くに派遣したくなる気持ちもわからなくもない辺りで、完全に否定できない自分が憎かった。


あとがき(作品の雰囲気を壊す怖れがあるため反転)

……ということで一発企画のつもりで書いたのに続いてしまうみたいです。
事の起こりは簡単なことでした。

零牙氏「祐一×みさおSSが読みたい。書いてくれ」

ただこれだけです。
私のみさお像は世間一般の「お兄ちゃん、大好き(はぁと)」とかいうのと全然違うので受けは悪いと思います。
その上私自身が遅筆なのですが、それでもよかったらお付き合いくださいませ〜。

追記
七瀬留奈の名前はゆーいちさん作『ヴァーミリオン・ピリオド』の七瀬ルナから頂きました。
一応、(書きあがる一ヶ月ほど前に)許可は頂いております。ありがとうございました。