びゅおう、と強い風が吹く。春一番の時期はとうに過ぎたものの、春の風は気まぐれ
に吹く。既にその半分以上が緑色に染まった桜の木は、残り少ない桃色を更にすり減ら
していた。
ぼんやりと、絆那は窓から見える僅か過ぎて吹雪と呼ぶことすらできない散り際を眺
める。机に突っ伏すような姿勢で窓の外を眺めている状態は、傍から見れば昼寝をして
いるようにしか見えない。そのせいか、不意に絆那の頭が叩かれた。
「昼休みは昼寝には短いだろ」
「寝てねーよ」
ノートを片手に半笑いで笑うクラスメイトを少し睨みながら、絆那は叩かれた部位を
さする。ぶつけられたのがノートの角であったためか意外に痛い。
「今日は愛しの風音ちゃんはどうしたんだよ?」
ニヤニヤしながらの質問を、絆那は笑って受け流した。今日は風音とは昼食を別にす
る日。シスコンは自覚するトコロであるが、妹の生活に二十四時間目を光らせるほど絆
那は愚かではない。大事に想っているがゆえに、きちんと風音自身の時間も設けてある
つもりである。
からかっていたクラスメイトは、違う友人から呼ばれると共にその場を離れた。昼食
を摂りに行くのだろう、と五、六人ほどの背中を見ながら考える。向かうのは食堂か、
それとも購買部か。誘いの声も掛かったのだが、絆那はそれを断った。かと言って寂し
く一人で食事をするのも望む所ではない。彼は同じく緩みきっている幼馴染の席へ向か
う。
「玲よう、昼はどうする?」
む、と小さい声を出し、眼鏡のフレームを直しながら玲の目が絆那を捉える。訊きな
がらもその片手には昼食が詰まっているビニール袋。最初から選択肢など与えていない
に等しい。まったく、と愚痴っぽく言いながら、玲は椅子から立ち上がった。平均より
も背の低い玲は、嫌でも絆那を見上げる格好となる。
「今日くらいは戦場に行かんでも済みそうだからな」
笑いながら絆那は言う。皮肉のつもりか、と玲は苦笑した。本日の珍しい早起きも玲
のいつもの絆那目覚ましコース・過激編によるものである。本日は玲が目覚ましより三
十分ほど早起きしたのであるが、彼はいつも通りに起き掛けに目覚ましコースを実践し
た。朝からコンビニへ行く余裕が生じていたのは、そういった経緯があるからだ。
戦場、とは購買部のこと。一箇所しかない売り場のために混雑するお昼時は、まさに
戦場と呼ぶに相応しい。体格に恵まれているとは言えない玲にとっては、“戦闘”の回
避はありがたいものだった。
盟にとって、昼食というものはあまり意味を成すものではない。何せ、異常な睡眠量
ゆえに朝に摂取したエネルギーが発散されることがない。時には睡眠時間を極限まで延
ばすために朝食を摂ることさえもしないのだが、そういった場合であっても彼女がラン
チタイムを楽しむ、ということはほぼ無い。
十代の栄養の摂取という面において明らかに不健康であるのだが、盟自身は経済的に
お得程度にしか捉えていなかった。そういった経緯から、本日もまたお昼休みを全て睡
眠時間に割り振ろうとした時。
ぼふり。
何か、柔らかい感触が頭を打った。突っ伏していたまま、盟は少しだけ眼を開ける。
まず視界に入れるのは机の表面。稀に涎を垂らしていたりして非情に恥ずかしい思いを
したことがあったりする。
「伊美……?」
頭を起こして、目の前にいた人物の名を呼ぶ。その手のポーチが自分の頭を叩いた凶
器であるようだ。呼ばれた少女は、ショートボブの髪型をほんの少し揺らして眼を細め
た。
「今日は目覚めがいいね」
アルトの良く通る声が、寝起きで朦朧とした盟の意識に突き刺さる。涎の痕があった
りしないか指で唇の端をとりあえずなぞってから、上体だけを起こした。
「最近は割と早寝だから」
あまり浴びることの無い昼の光の眩しさに眼を細めながら、盟は短く答える。んっ、
と小さく発音しながら伸びをすると、見事なほどに背中やら腕やらがポキポキと音を鳴
らした。我ながら見事なまでの不摂生だ、と声に出さずに笑う。
発音よりもあくびための方が口を開く数が多い。友人のそんな姿を、伊美は面白そう
に眺めていた。
「ね、たまには一緒にご飯食べようよ」
くい、と袖を引っ張りながら伊美を待っているのであろう集団を指差す。友人一同は
普段微動だにしない盟があっさり起床したことで目を丸くしていた。
抗議の声を上げようとした盟は、食事に誘われたことで空腹感に気付く。意識が覚醒
してくると睡眠後特有の口の中の粘つきが気になってきた。これを食事とともに飲み込
むのかと思うと、少しだけ気分が悪くなる。途中で水道を利用した方がよさそうだ。
「りょーかい。たまには、ね」
口臭になってないだろうか、とちょっとだけ気にして盟は立ち上がった。