ヤドリギ
第二章 トビモノ
それから、さらに数日。絆那は“ともに物の怪憑きと戦う”ことを決心したことを二
人に告げた。玲は気乗りしないといった風であったのに対し、盟の方は特に構わないと
いったような態度だった。
「まあ、決めたのなら別にいいけどさ」
絆那は一度決めたことに関しては頑固な節がある。それをよく知る玲は絆那の決意に
しぶしぶながら承諾した。
某日。玲と絆那の部屋。
物の怪憑きとして完全に覚醒を果たしてしまった以上、絆那への対応は厳しくなる、
そう玲と盟は絆那に伝えた。
「本当は、あの時に決着をつけるべきだったんだけどね」
玲がぼそりと漏らす。ノヅチを倒し、哲司を二人で取り囲んだ時に。物の怪憑きとし
ての力を発現してしまっていても、目撃者さえいなければ隠しようはあった。哲司を逃
がしてしまったのは、玲にとっては落ち度であるとしか言えないもの。
一方の絆那はそうは思わない。
手負いだったとはいえ哲司は手練の物の怪憑き。戦闘を継続したとしても、被害は少
なからず出てしまっていたことだろう。それ以上に、哲司の身の上を考えると絆那には
非情になり切ることはできなかった。
兄妹なのに離れ離れになり、敵同士にさえなってしまっている。盟の方は絆那を護る
ことを決意しているが、哲司の方は戦いに躊躇いを感じている。戦いの前にわざわざ盟
を引き離していたことで明らかだ。
盟に哲司と袂を分かった経緯について質問したいところであったが、訊いてもいいも
のかと玲に相談してみたら自分も知らないと返された。
訊きにくい理由は他にもあった。戦う理由を聞いて以降、どうにも盟の絆那に対する
態度がぎこちない。玲や風音と一緒にいるときは普通なのだが、二人きりになると途端
に口を利いてくれなくなるなど壁が出来上がる。盟の心の内を絆那は“親友として”だ
と思っていたのだが、こうも不自然な態度をとられると妙な勘繰りを入れてしまう。
(そりゃ、確かにそーいう意味にも取れたけどさ……)
もともと気心が知れているだけに、よそよそしさが気になって仕方がない。どんな答
えが返ってくるか分からないだけに、問い質すこともはばかられる。
最初こそ絆那は盟が決心に賛成してくれたのかと思ったが、距離が開いた今では真意
がさっぱり分からない。喜んでいてくれるのか、それとも玲のように反対しているのか
も分からない。
盟との話の際には、必ず玲が居合わせるようになっていた。
ともに戦う、という決意をした割に最初から空中分解では笑い話にもならない。早い
うちに関係を修繕しなくては、と思うのだが、その反面どうしたらいいのか分からない
という状態。
「なあ、質問いいか?」
小さな話し合いのひと段落の後、小さく挙手しながら絆那が口を開く。
「何かな? 絆那君」
眼鏡を指で上げながら、玲はちょっと偉い先生チックな口調で語る。
「他にも仲間っているの?」
「うむ、いい質問だっ。ていうか対立状況くらい知っててもいいな」
ほんのちょっと前まで反対してたくせに、えらい乗り気な説明。
どんな状況さえも愉しむこと、彼の人生哲学は何気に奥深い。
敵の集団は百鬼夜行と名乗っていること。その目的は以前に絆那が聞いたとおり、物
の怪憑きのための集団を結成すること。対する玲たちの属する組織は、物の怪憑きと普
通の人間の共存を理想として掲げたもの。
「まー、理想なんてあくまでも理想だけどね」
玲が溜息混じりに付け加える。力の有無という決定的な違いがある以上、完全な共存
など不可能と彼は理解していた。
加えて、玲たちの側は組織と呼べるほど大きい集団でもないという。真っ向から戦い
など挑めば、規模の違いから直ぐに潰されてしまうことが明らかな状態。できることは
組織の拡大を防ぐくらいのもの。
「で、俺たちは前々からの友達である絆那に付いたって訳」
玲の付け加えた言葉に、絆那は少しだけほっとした。
長きに渡って今に至る友情は、百鬼夜行の阻害のための作り物ではない。
「まあ、そんなに気負うことは無いさ。四六時中戦うって訳でもない。ね?」
「あ、う、うん」
急に話を振られた盟が、やや遅れて返事をする。
「考えてたの、兄貴のこと?」
「それも、あるけど」
ちら、と絆那を見、再び話し相手である玲へと視線を戻す。
知らない素振りをしているが、こっそりと事の経緯を知っている玲は面白半分。
にやつきをかみ殺しながら、真面目な仮面を被って考えてみる。
「何やら絆那と何かあったようだね。二人で話し合ってみるといいよ」
言うが早いが部屋を出て行く玲。
棚から堂々と何かの包み(デジカメ)を出していたが、いきなりのことで絆那どころか
盟さえも突っ込みに回れない。
「じゃ、ごゆっくり〜。俺は風音ルームにいるからねっ」
「なっ、おい、ちょっと待てッ!」
風音の名前を出されてようやく反応ができる哀しきかな真性シスコン。
がちゃり。ばたん。
何故かやたら大きめな足音がドア越しに聞こえたり。
「……なんだ、あいつは」
態度があからさま過ぎるが、行動の主が玲であるだけにわざとかと思えてしまう。
それはそうと残された二人。
途端に、会話が無くなった。
壁にかかった安物の時計の針の音だけが、妙に大きく響く。
秒針の鳴る音が六十回を超える。
知らず知らずのうちにその数を心の中でカウントしていた。
さらに六十回。また、一、二、三……。
「ねえ」
先に口を開いたのは盟だった。
「あ? おぅ、何?」
いつのまにか数える方に集中しているという大ポカ。妙に声が裏返ってしまったが、
盟はそのことには何も触れない。
「絆那にとって、風音ってどういうもの?」
「は?」
質問自体が唐突だったので思わず聞き返してしまった。
もし盟の持つ感情が絆那(と玲)の疑惑の通りのものだったとすれば、盟にとって風音
はライバルたる存在として認識されていることになる。風音が最愛の妹であることはも
はや疑うべくも無い所であるが、流石に“そういった対象”としては見ていない。基本
的には、だが。
そこまで自分の中で結論を出してから、以前に風音を背負った時のことのことを少し
だけ思い出してみたり。
「いやいや、いけねえぜ嬢ちゃん。そういうアブノーマル思考は……」
壁に向かって手を突きながらの一言。
否定しつつもちょっとだけ興奮気味なのはさておき。
「は?」
飛び出た意味不明の言葉と行動に、今度は盟が聞き返した。
「どうしても聞きたいのか?」
壁向きから振り向きながらの一言。
ちょっとだけとはいえ、やましいだけに答えにくいものがあったり。
「うん。聞きたい」
まっすぐな視線で、玲は絆那を見詰め返す。
少しだけ潤んだ自分を貫くダークブラウンの瞳を見、絆那は少しだけ動きを止めた。
少なくとも、自分が少し考えただけの答えじゃ盟には届かない、そんな錯覚さえ絆那
に覚えさせる。せめて真面目に考えないと、と改めて考え直すことにした。
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ふざけ心を抜いて数分ほど考えてみたものの、やはり恋愛対象として見るはずが無い
相手であり、そうとしか言えない。あえて、まともに言葉にするなら。
「俺の、家族だな」
「家族?」
寄宿舎住まいで何を言っているのかと絆那自身も思うが、他にどういった形容をした
らいいのかと思考しても適切な言葉が見当たらない。
「支え支えられ、護り護られ……ってな」
巧い言い回しが思いつかなかっただけに「何か違うかもしれないけど」と一応付け加
えてみる。
「そか、家族。うん」
何度か“家族”という言葉を反芻し、表情を少しだけ柔らかくしてから盟は頷いた。
答えに満足してくれたらしい。
それだけで、まともに考えた甲斐があった、とほっとした。
「ちょっと、わがまま聞いてもらってもいいかな?」
「聞くだけならな」
ひどい、と苦笑する盟。壁は、いつの間にか消えていた。
街の郊外に位置するためか休日の割りに人気の無い公園は、少しだけ肌寒さを感じさ
せる。錆付いたブランコが、冷たい風に静かに揺れる。山吹の光が傾くころ、そこには
三つの影があった。
「へえ、今度は倒しに来たって訳かな?」
そのひとつは玲。
軽い言葉と裏腹に並んだ二人と向かい合い、警戒の姿勢を堅く結ぶ。
部屋を出る前、物の怪の気配を察知した故に足を運んでみた所だったが、近寄っただ
けで見破られてしまっていた。実力は、これまでの刺客以上。平静を保ってはいるが、
玲は内心冷や汗を流す。
「いや、基本的にはスカウトなんだけどね」
手を否定の形に振りながら言う、二人の内の片割れは河童の使い手の哲司。相変わら
ずの春には季節はずれのコート着用のへらへらとした態度には、まったく変化は見られ
ない。
河童の能力は直に見たわけではないが、盟から伝え聞いている。
相撲のような戦闘スタイルを用い、立会いからの高速移動を可能とする怪力の物の怪。
以前に戦ったヤマワロと性質的には似ているが、河童の全力の一撃は命さえ奪う。
目にも留まらぬ高速移動の回避手段はほぼ無いとはいえ、厳重に注意せねばならない。
「お喋りはあまり感心しない」
哲司の傍らのもう一人の女性が冷たく言い放つ。玲はそちらにも目をやった。
女性にしては長身。シンプルなセーターに動きやすさを重視したようなツイードパン
ツも黒一色。短く切った後ろに流した髪は、ただ切り揃えた程度のもの。整った顔立ち
は、まるで彫刻であるかのように動かない。
下品さは無いが、容姿には最低限にしか気を遣わない人間。玲は哲司の連れを戦闘特
化の物の怪憑きだと判断した。念入りに気を使った服装で戦闘に赴く人間は、そうそう
いないだろう。十字を象ったチョーカーだけが唯一の飾り気らしいものだった。
ややつり上がり気味の眼が、観察する玲の視線と交わる。視線に含まれた余裕とは裏
腹に、立ち振る舞いに隙がない。
「哲司さん、あんたの連れ、美人だけどキツイね」
玲の軽口に、哲司も少しだけ苦笑した。
「わかる? 奈留ちゃん堅物だもんでおふざけも許してくれんのよ」
「黙れ、冬樹」
短く一喝。「ほーらね」と哲司は肩をすくめた。
「邪魔をするな、トビモノ憑き」
牟田奈留 は起伏のない言葉を放ちながら、堂々と歩いて玲との距離を詰める。
させるものか、と玲は構えた。
燃え盛るトビモノを奈留に向けて射ち出す。
炎の塊が、その体躯を捉え、吹き飛ばす――――その前に。
「土蜘蛛 」
そっけない言葉。
ボゴォッ!
地面を割った褐色の昆虫のような八本の脚が、トビモノを捕らえた。
「なッ!」
脚の一本一本が大人一人ほどの太さを持ち、また二メートル近くの長さを持つ。
それが、ギリギリとトビモノを締め付けた。
トビモノに憑かれている玲も、同じく締め付けられる感覚に襲われる。
「邪魔をするな、と言った」
ギ、ギギギギギギギ……!
金属を擦り合わせるような音が小さく響く。
逃れようとトビモノがもがくが、巨大な土蜘蛛の握力は白の鎧を掴んで話さない。
バギィッ!
音と共に、トビモノの装甲が砕け散る。
「ぐっ!」
玲の肩から、血が吹き出した。
(逃げられない、それならッ!)
「トビモノ、燃えろッ!」
呼吸さえも苦しい中、玲は喉を絞って叫んだ。
全身を包むトビモノの炎が強まる。
その姿は、まさに業火と呼べるもの。
強すぎる炎は自身をも焼く。
故に、トビモノの業火は禁じ手の一つ。
白い甲冑を掴んでいるのは物の怪。
ならば、それごと焼いてしまえば。
「一緒に燃えてもらうよ、おねーさん」
業火は掴む脚ごと燃え上がる。
未だ本体の方は大地の下だが、戦闘力だけは奪える。
玲は挑戦的に笑う。
流れる汗は、圧迫と高温の二重の苦しみによるもの。
相対する奈留は、相変わらず表情を作らない。
じりじりと皮膚の焼ける音が玲の耳に届く。
ちら、と指先を見た。
(こりゃ、しばらくまともに生活できないな)
物の怪憑きでなければ、の話だが。
「若者ってのは怖いねェ。手を貸そうか?」
高見の見物に専念していた哲司が、奈留に声をかける。
「問題ない。下がれ」
超高温に晒されても奈留の態度は変わらない。
無骨な皮のグローブの下の手は、仲間の哲司にも確認できない。
苦しみにに襲われながらも、玲は状況の観察を続ける。
土蜘蛛が締め上げるのが先か。
トビモノが燃やし尽くすのが先か。
土に伝わる熱は、決して低くは無い。
ともに死ぬつもりなど、玲にはない。
トビモノにはまだ人魂という攻撃手段がある。
奈留に勝利する見込みはあった。
必要なのは人魂を放つタイミング。
早くに使えば哲司の加勢が入り、二対一に陥ることになる。
(確実に“殺せる”時が先か、それとも)
力尽きる方が先か。
眼鏡のフレームを荒々しく掴み、地面に投げつける。レンズに傷はつくかもしれない
が、溶かしてしまっては洒落にならない。
「離せ、土蜘蛛」
奈留が小さく言い放つ。
発汗はしておれど、苦しさを欠片も表に出さないまま。
土蜘蛛の脚が、トビモノを解放した。
(今ッ!)
亀裂の走った白い甲冑が、さらに高く飛び上がる。
二人の敵に同時に攻撃を与える機会。
甲冑の前面が開く。
人魂――業火と化したトビモノの放つ炎が、全てを埋め尽くすように降り注いだ。