GORO's Side

「こ・あ・く・まちゃん!」
福原資生は、ブティック・ジェスでアルバイトをしているはばたき学園の生徒である。一日の勤務を終え、タイムカードを押していると、背後から聞きなれた声が資生を呼ぶ。
「あ、花椿先生、お疲れ様です」
この店のオーナー・花椿吾郎は世界的に有名なファッションデザイナーである。世界各地で活躍するも、活動の拠点は出身地のこのはばたき市に置いている。だから資生がアルバイト先のこの店や、時にははばたき学園で花椿で見かけることは、そう珍しいことでもない。
「店長から聞いてるわヨ。アナタ、最近はりきって仕事しているそうじゃないの!」
「ありがとうございます」
「そこで、お願いなんだけど、今度の日曜日、空いているかしら?」
「はい、とくに用事はありません」
「そう?じゃ、アタシのアトリエの片付けを手伝ってもらえないかしら?」
「え、私がですか?」
「アナタに来て欲しいのよ」
(ドキッ!)
資生の心臓が強く鼓動を打った。
「いつもなら店長に手伝ってもらうんだけど、ここのところお店も忙しいしネ。だから、お店にいなくても差し障りのなさそうなアナタにお願いしたいのヨ」
「…そうですね。はい。お手伝いさせていただきます」
一瞬でも花椿に男を意識してしまった自分の勘違いを、資生は恥じた。
「あら、そう。よかったわ。じゃあ、日曜日、お店の前で待ち合わせね」
(えーと、これってデート?なのかな)
そう好意的に考えてもみたが、単なる日曜出勤にすぎない、お給料は出るのかな…という不安がすぐに浮かんだ。

「ようやく見つけた。君を探していたんだ」
「天之橋さん!」
翌日、資生は、学園の廊下で天之橋から声を掛けられた。天之橋はこのはばたき学園の理事長で、花椿と親友である。天之橋と花椿の会話を見ているのが資生は好きだった。二人とも外見は大人なのに(?)まるで子供みたいな無邪気なやりとりで、資生の心を和ませるのだ。
「今度の日曜日は空いているかな?」
「あ、駄目なんです。実は花椿せんせいのお手伝いをするので」
「そうなのかい?せっかくの日曜日なのに。花椿のヤツ、君に迷惑をかけてるんじゃないかい?ううむ、心配だ。その、なんだったら私から花椿に言ってみようか?」
「いえ、大丈夫です。貴重な経験ですから。勉強にもなりますし」
「そうか、残念だが仕方がない。頑張りたまえ」
「私も残念です…」
「なにかあったら遠慮なく言いなさい」
「はい!」
資生は、天之橋が好意を寄せてくれていることを薄々感じていた。資生も、いつも優しく接してくれる天之橋が好きだった。しかしお互いの気持ちを確認したわけでもなく、曖昧な関係、仲の良い程度二人だった。

「―――――これは日付順に並べてチョウダイ!それとこっちはココの番号順に揃えて!それから…」
日曜日、花椿の自宅兼仕事場である臨海地区のマンションに資生は来ていた。
「まだあるんですか?」
「まだまだあるわヨ〜」
「ヒ―――――――!」
資生はあまりの量に奇声を上げた。花椿は次から次へと、ダンボールに詰めた雑誌や書類を資生に渡す。この部屋は資料置き場のようで、本棚には色とりどりの背表紙が並んでいて、いかにも花椿らしい。
「ハイ!これもちゃんとスクラップしてまとめてチョーダイ!」
「これ、全部花椿せんせいの記事ですか?」
「そーよ。アタシは隣の部屋で片付けをしているから、終わったら声をかけて」
そう言って花椿は部屋を出て行った。

「ふー、とりあえず書類の整理は終わったっと。やっぱり花椿せんせいは世界の花椿≠ネんだ…これなんか英語の書類だし、こっちはイタリア語かな?あ。これはフランス語…次は雑誌のスクラップか…雑誌だって、海外のファッション誌だよ。…読めない。どうやってスクラップしろっていうのよ、もう…」
黙々と行っていた作業が一段落ついて、資生はつい独り言を発していた。これ以上、自分の力では作業が進められそうにもないので、隣の部屋にいる花椿のもとへ向かった。
「花椿せんせ…」
隣の部屋を開けると沢山の布地が床一面意に溢れていて、資生は驚いた。花椿は布地に囲まれながら、部屋の中央にしゃがみこんでいた。資生の姿に気付くと、軽く微笑んだ。
「どう、終わった?」
「えっと、書類のほうはなんとか。雑誌なんですけど、私には読めなくて。スクラップなんて出来そうにないです」
「小悪魔ちゃん、ちょっとこっちへいらっしゃい。ここにほら、すわんなさい」
花椿は、資生の言葉を流して、自分のそばへ呼び寄せた。資生はおずおずと花椿のもとへ近寄った。
「この布、ちょっと巻いてみて」
花椿は玉虫色の布を資生に手渡した。資生は羽織るようにして軽く布を巻く。
「こうですか?」
布を巻いた資生の姿を見て、花椿はしばらく言葉を発することができなかった。彼女の姿が、自分の想像していたビジョンを超えた、予想以上の美しさだったからである。
「うん、決めた!アタシ、これでアナタのドレスを作ってアゲル!今度のコレクションのファイナルを飾るウェディングドレスよ!」
「え、ウェディングドレスですか!私にはまだ早すぎますよ」
「アラ、アナタのウェディング姿を見たいって男がいるんじゃない?」
「やだっ!天之橋さんと私は、まだそんな関係じゃないですよ!」
そう言うと、資生は頬を赤らめた。赤く染まった資生の頬を見て、花椿な胸のあたりにチクリと針を刺すような痛みを感じた。
「…小悪魔ちゃんは、一鶴のことが本当に好きなの?」
「え、それは…」
資生は言葉に詰まった。傷つくことが恐いから、自分の気持ちを真剣に問い詰めたことがなかった。
「言っとくけど一鶴はオトナの男よ」
「それはわかってます…だから私なんて」
思わず気弱な言葉が資生の口から洩れる。俯く資生を見て、花椿の口からは気持ちが溢れ出した。
「…もし、もしもよ!一鶴と、その、一鶴のレディ候補じゃなくて、ほら、その、アレ、小悪魔ちゃん、よければアタシだけのミューズに…」
「えっ!?」
「花椿!まだ片付けが終わらないのか!」
「あれ、天之橋さん!」
しどろもどろになりながら必死に語っていた花椿の言葉を遮ったのは、天之橋だった。
「君のことが心配でね、様子を見に来たんだ。花椿!彼女に無理を言ってるんじゃないのか!」
「…一鶴」
花椿は恨めしそうに天之橋を見つめた。
「もう彼女を解放してあげてもいいだろう。では、お嬢さん。食事にでも行きましょうか」
「はい。花椿せんせいも一緒にどうですか?」
資生は、差し出された天之橋の手に掴まり、立ち上がりながら、花椿に話しかけた。
「…アタシはいいわ。まだ片付けが残ってるし」
「あ、じゃあ、私もまだお手伝いを…」
資生は、またその場に座りかけたが、花椿がそれを制した。
「今日はもういいわ。アリガト。 一鶴のレディ候補ちゃん=v
小悪魔ちゃん≠ニ呼ばずに一鶴のレディ候補≠ニ花椿は嫌味をこめて言ったが、天之橋も資生もそれには気付かなかった。そんな嫌味を他所に、天之橋は資生に掛けられた布を外し、出口へと促した。
「せっかくの休みなのに仕事なんて疲れたろう?なにか美味しいものを食べよう。なにかリクエストはあるかな」
「ええ…」
資生は天之橋とともに、花椿を置いて部屋から出て行った。

資生と天之橋がいなくなった花椿の部屋は、床中に敷き詰められた布たちだけが無言で騒いでいた。花椿はさっきまで資生が身に巻いていた玉虫色の布を拾い、両手で握り締めた。まだ資生のぬくもりが感じられる。
「…花椿せんせ…」
「小悪魔ちゃん!どーしたの!?一鶴と食事に行ったんじゃないの?」
資生が戻ってきたので、花椿は驚いた。
「忘れ物をしたので天之橋さんに外で待ってもらっています」
「忘れ物?」
「花椿せんせい、さっき、何を言いかけたんですか?それが気になって」
「小悪魔ちゃん…」
花椿の口元にかすかであったが笑みがこぼれた。
「なんでもないのよ。それより、また今日みたいに手伝ってもらえないかしら」
資生は笑顔で答えた。
「ええ、よろこんで!じゃ、天之橋さんと行って来ますね!…やっぱり花椿せんせいも一緒に行きませんか?」
「やめとくわ。一鶴にお小言、言われながら食事したって美味しくないモノ!二人で楽しんでらっしゃい」
「そうですか。じゃあ、失礼します」
資生が出ていったことを確認すると、花椿は深く静かなため息をついた。そして先ほど資生を包んでいた布地を見て、彼女の姿を思い出した。
よりによって一鶴のレディ候補だなんてね…
手にしている玉虫色の布地が光に当たって、まるで花椿の心の内を映すかのように様々な色に輝いた。
資生がこの輝きに気付くのもそう遠い日のことではないだろう。