小春日和の何の変哲も無い水曜の午後である。
来客の約束まで、中途半端に時間が出来てしまった。
まあ、息抜きも必要だな、と天之橋一鶴は約束の時間まで理事長室で過ごす事にした。
はて、何か忘れているような…
やれやれ、もう年だな。
天之橋が、そんな事を考えていると、バタンとドアが開いた。
「ハッピーバースデー ディア いっかく〜」
「?」
 いつものように騒々しく入ってきたのは、やっぱり花椿吾郎だった。
 ああ、そうか!今日は私の誕生日か!
 天之橋は入試準備に追われ、自分の誕生日をすっかり忘れていた。
「じゃーん!“大人の男の半ズボン”に続く第2弾!題して“大人の男のノースリーブ”よ!」
「…花椿、お前の才能は私だって認めている。しかしそのデザインは若い女性に向いてるんじゃないか」
「も〜う、わがままなんだから。でも一鶴も37歳なのよね。立派な“おじさん”だわ〜」
「花椿だって“おじさん”だろ」
「ま!失礼しちゃうわ。アタシは年齢や性別を越えた存在なのよっ!」
「…寧ろ年齢を重ねていく事に満足しているよ。少しは学園の理事長らしくなったのかなってね」
「な〜に、爺むさいこと言ってんのよ!」
「で、何しに来たんだ?まさかその服だけ見せに来たのか?」
「んもう、わかってないわね、一鶴。まさか今年もハッピーバースディーをアタシと過ごすつもり?
 ダメよ!アタシは今日インタヴューが沢山あって、一鶴に付き合ってられないの!」
物凄い勢いで花椿は捲くし立てた。そしてさらりと続けた。
「その代わり小悪魔ちゃんを誘っておいたから」
「な、なんだって!?」
 天之橋は動揺した。
「イイ年したおじさんがなに驚いてるのよ。アタシからのささやかなプレゼントってことね。放課後、校門で待ち  合わせね。一鶴んとこのばあやチャンにも連絡しといたから。小悪魔ちゃんと二人きりのパーティー楽しんで チョーダイ!」
「まったく、余計な事を…」
 天之橋が口を挟む間も無く、花椿は話し続ける。
「そこで今日は一鶴をお洒落させようと思ってわざわざ来たのヨ!」
 そう言って花椿はメイクボックスを取り出した。
「よせ!何をする気だ!」
「何って、決まってるじゃない。一鶴を年相応の外見にするのよ」
「コラッ!花椿、よさないか!」
 頑なに反抗する。すると花椿は急に真剣な口調になって
「観念なさい!天之橋一鶴理事長!!」
と軽く叫んだ。
「…一鶴は小悪魔ちゃんの気持ちを考えた事ある?そりゃあ、天然小悪魔ちゃんだから、何も考えてないだろうけど。一鶴と小悪魔ちゃん、二人が並んでたら、援助交際か親子よ!当人同士はいーかも知れないけど、同級生から変な陰口言われたりして、小悪魔ちゃんイジメられちゃうかもヨ。それでもいいの?一鶴!」
花椿にこう言われて、天之橋は何の反論も出来なかった。
「理事長の威厳もいいケド、今日一日くらい解除したってバチはあたらないわよ!」
 バチとかの問題では無いだろう、と思ったが天之橋は黙っていた。
威厳か…少しでも理事長らしくありたいと思っていただけなんだがな…
「じゃ、そーいうことで!」
 花椿はメイクボックスから、まずヘアブラシを出し、天之橋の髪を梳かし始めた。
「ほーらね、髪を前に垂らしただけで、こんなに素敵になったじゃないの!!」
 ちょっと身体を引いて、天之橋の髪型の全体を見ながら満足そうに花椿が言った。
次に眼鏡に手をかける。
「こんな大正時代の成金みたいな眼鏡もダメ!ダメよ〜!ほら、コンタクト」
 花椿は慣れた手つきで、天之橋の眼にコンタクトを入れた。
ファッションショーのモデル相手にでもしたことがあるのだろうか。
天之橋が何も抵抗できないままに、花椿による一鶴改造は続く。
「あとは、ヒゲね〜剃っちゃいましょ」
「!?駄目だ!これだけは!これから公用で人と会う約束があるんだ」
 天之橋は狼狽し、両手でヒゲを隠した。
その時、天之橋の目の前の机の電話が鳴った。
「おっと電話だ」
安堵の表情で電話をとる。
「理事長、伊集院様よりお電話ですが」
事務の女性が内線で告げる。
「つなげてくれたまえ………はい。天之橋ですが………そうですか…それでは後日改めて………」
 受話器を置いた天之橋の顔は青ざめていた。
まさかキャンセルの電話だとは思ってもみなかったからである。
花椿の視線が先ほどから突き刺さっている。
「どうやら、アポは無くなったようね。ふっふっふ………」
 花椿の不敵な笑みが理事長室に響き渡った。
            *
            *
            *
 天之橋は校門に立っていた。この場所に立ってから10分ほどになるが、誰一人として天之橋とは気づかないようである。勿論、はばたき学園の生徒は礼儀正しいから、天之橋に向かって挨拶はしている。普段なら「理事長、さようなら」であるが、今日は皆「こんにちは」と言ってくる。どうやら天之橋を保護者か何か、来訪者と勘違いしているのだろう。
「ねぇねぇ、あの人、誰かのお父さんかな〜?ちょっとかっこいいよね」
なんて囁いてる生徒もいた。
 花椿の奴…
 そうつぶやいたものの、花椿への怒りというより、いつもと違う自分であるという恥かしさのほうが先立っていた。
複雑な思いを巡らせてると、やがて聞き慣れた声がした。
「もしかして…天之橋さん!?」
 彼女が驚いた表情で私を見つめている。
「や、やぁ」
「びっくりしました!だっていつもの天之橋さんとは違うから…」
「う、うむ」
「髪型も違うし、眼鏡もかけてないし、なんだかカッコイイ感じ…」
「そ、そうかい。今日はすまないね。何か花椿が君に余計な事を言って…迷惑ではなかったかな」
「いえ、嬉しいです。天之橋さんがお誕生日を、私と過ごしてくださるなんて…光栄です!」
本当に嬉しそうに彼女は微笑んだ。
「ところで天之橋さん、さっきから、どうして口に手をあててるんですか?もしかして風邪ですか?」
「いや、これは、その…」
「風邪流行ってますから。無理しないで下さい」
 彼女の顔がちょっと曇った。それを見て天之橋は慌てて弁解した。
「心配しなくても大丈夫だよ。風邪じゃないんだ」
「そうなんですか、よかった。あ、そうだ!これ、お誕生日のプレゼントです」
 彼女が小さな包みを差し出した。
「嬉しいな、ありがとう」
と言って両手で受け取った。
「!?あ、天之橋さん!」
 えっ!
彼女の素っ頓狂な声に、天之橋は一瞬戸惑った。しかし何故彼女がそんな声を上げたのか、すぐにわかった。
しまった!
慌てて右手で口元を押さえる。
「ヒゲが無い!どうしちゃったんですか???」
 もう手遅れだ。どちらにしろ自動車を運転しなければならないし、いつまでも手で隠しているわけにはいかないしな。
「いや、花椿がね…」
「今日の天之橋さんの変身は、花椿せんせいの仕業なんですね」
くすっと彼女が笑った。そして続けて言う。
「私、いつもの天之橋さんも理事長って感じで好きですけど、今日の天之橋さんもとっても素敵です。惚れ直し ちゃいました」
彼女は、こぼれんばかりの笑顔を見せた。
「あ、ありがとう」
 天之橋にとって、彼女の笑顔とその言葉が最高のプレゼントだった。
今回ばかりは花椿に御礼を言わなければならないな。
「さ、まずは家まで送っていくよ。一旦、家に帰って着替えておいで。それから家の人にも言ってくるんだよ。あ とでちゃんと迎えに行くからね。いいかい?お姫様」
「はい!じゃあ、今日は天之橋さんは王様ですね!」
「ははは、王様か。それは豪勢だね」
 今日の誕生日は思い出深いものになりそうだな。
 こうして天之橋一鶴37回目の誕生日は始まったのである。


                              END


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