「紳士淑女の皆さん。ようこそ………メリークリスマス!」
今宵のホストが会宴の口上を述べた。
「メリークリスマス!!」
会場に居合わせた全員が声を揃えた。
(何処に居るのかな?)
先程パーティーの開宴を告げた紳士は、きょろきょろと視線を動かしている。
どうやら誰かを探しているようである。
学園の理事長である彼は、毎年、自宅の一部を会場としてクリスマスパーティ―を開催している。
(いやはやなんとも金持ちである)
学園の生徒、教師は勿論、卒業生やPTA、取引先の業者まで、と関係者の殆どが参加しているのだから、はばたき市のイベント会場の収容人数に引けをとらないかなりの規模だ。
そんな大人数の中から、お目当ての一人を探すのは至難の技だろう。
しかしこの紳士には、いささか自信があった。いかなる場所、どんな時でも自然と彼女の姿が目に入ってくると、自らの心にだけ豪語していた。要するに彼の眼はいつも彼女を追っているのだ。
「………?」
ところがどうだろう、今日に限って、彼の眼は彼女の姿を捉えることが未だ出来ていない。
(必ず来るといっていたが…そういえば最近なんだか様子がおかしかったかもしれない。
終業式の日も誘ったが、用事があるといって振られてしまったし…)
「………かく。いっかく!いっかくぅぅーーーー!!」
「わっ!なんだ、花椿か。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないわよ、一鶴。アンタがボッーとしてるから声かけたんじゃない!
ふん!どーせ、誰かさんのことでも考えてたんでしょ?」
「ば、馬鹿、彼女のことではない、パーティーだ、今日のパーティーの心配をしていたんだ」
「誰も彼女のことだなんて言ってないでしょ。まったく…あら?そういえば小悪魔ちゃん見かけないわね。
それより一鶴、あちらの人たちに挨拶しなくていいの?」
「ふむ。そうだな。」
(とりあえずは、仕事を先に済ませておこう。探すのはそれからとするか…)
ふうっ、とため息をついて、紳士・天之橋一鶴は“仕事”に向かった。
(すっかり遅くなっちゃった)
宴もたけなわになり始めた天之橋邸に、慌てて入っていく少女がいた。
よほど急いできたのだろうか、今日のために用意した折角のドレスもちょっと乱れている。
(…もう始まってるよね。)
「おっ、お姫様、遅れて登場やな」
「あ、姫条君、こんばんは。ねぇ、もうプレゼント交換終わっちゃった?」
「まだや、まだ!天之橋のおっさんが挨拶したくらいや」
「そっか、とりあえず間に合ったかな」
「なんや、えらいおめかししてるやないか?
俺のためにそこまでお洒落してくれるなんて姫条まどか感激やで。」
「……はい、はい。念のために言っとくけど姫条君のためじゃないからね。
姫条君にはちゃんと姫条君のためだけにお洒落してくれる子がいるでしょ?」
「な、なに言うねん、いきなり!」
「ふふふ。私知ってるよ、姫条君の本命。
藤井さんでも一之瀬さんでも藤原さんでもないんだよね〜その人の名前は…」
「わぁー、あかん、あかん。それ以上言うたらアカン!」
「くすっ。う〜ん、青春してるね。姫条君」
そんな会話をしていると、紳士が不意に二人の側に現れた。
紳士は、テラスのほうへ出てみないか、と言いながら、お姫様の右手首を掴んでいた。
一鶴は儀礼的な挨拶を次々とこなしていた。
例年通りの繰り返し。いや今年も色々ありましたな、で始まり、学園の話題、不況のあおり、
そして来年もまたひとつよろしく、で終わる…これも仕事のうちとわかってはいても、
ばかばかしい気分になってくる。こうした単調な仕事で幸いだった。
一鶴の心ここに在らず、彼女の姿を早く見たいという気持ちで一杯だったからである。
しかしこんな挨拶をしているうちにパーティーは終わってしまう。今まではそれで良かったが…
―――疲れるな…
ふと、ため息をつこうとした。
しかし、その息は止まり、心臓にズキッと衝撃が走った。それもそのはずである。
一鶴の耳が今一番聴きたい彼女の声を拾ったからだ。
その声は、ため息どころか疲れさえも吹き飛ばしてしまった。
こんな騒々しいざわめきの中でも、彼女の澄んだ声だけははっきりと判る。
自分は格別にロマンチストなのだろうか。彼女を天使と呼ぶことすら何も違和感を感じない。
一鶴の目はすぐさま自分の天使の姿を捉えた。
「!?」
冷静に考えれば当たり前なのだが、声がしたのだから会話相手がいるはずだ。
一鶴は彼女の話相手を確認するや否や脇目を振らずに彼女の元へ急いだ。
「テラスに出てみないか?案内しましょう。お嬢さん。」
同級生の会話におじさんが顔を出す。誰がどう見ても悪質な割り込みだ。
しかし今の一鶴にはそんな心の余裕はなかった。極めて紳士を装うのが精一杯だった。
言葉の丁寧さと裏腹に彼の手は、彼女の細い手首を砕いてしまいそうなほど強く握っていた。
「?…はい。」
彼女の戸惑いがちな返事と同時に、一鶴は彼女の手首を掴んだまま、テラスへ向かって歩き出した。
彼女は後ろを振り返りながら「姫条君またね」と言った。姫条も「ほな、な」と返した。
そんな些細なやり取りさえ一鶴は無性に苛立った。思わず彼女を引っ張る力も強くなる。
半ば強引に彼女をテラスまで連れ出した。
窓ドアをカタンと、まるで鍵でもかけたかのようにきっちりと閉めた。
(この後、一鶴はどうする?)