「岡崎、俺は今…………恋をしている」


 久しぶりに会った恋人の義兄の最初の言葉がそれだった。
 あまりに唐突な言葉だっただけに、俺はこう答えるしかなかった。

「……はあ、そうですか」

 街で見かけた電気工事の現場。
 作業員の中に見知った顔を見つけて声をかけた瞬間にこの言葉だ。
 ……一体何があったんだ。
 
「そ、そうですか……一体誰に?」

 何とか吐き出した俺の言葉に、芳野さんは何故か遠い目をして答えた。

「相手か……実は」
「実は?」


 実は公子さんだった、とかなら平和でいいんだけどな……ただの妻自慢で済むし。
 しかし芳野さんの答えは俺の想像の斜めへ飛んでいた。


「実は………………ヒトデなんだ」
「なんだ、ヒトデですか……って、ええええええっっ!!??」


 俺はこの時、くだらない騒乱に巻き込まれてしまったと実感したのだった……




『彼はヒトデに恋をしたっ!』







 ガラガラガラッ


「おい、風子居るかっ!?」


 放課後の一年生の教室。
 人影もまばらなそこに俺は踏み込んだ。

 普段なら如何に恋人の教室とは言え、大声で呼ぶような真似はしないのだが……今は別だ。
 理由は勿論昨日の芳野さんの爆弾発言である。

『俺は……ヒトデを好きになってしまったらしい』

 ……冗談とは思えないほどマジな顔でそう語る芳野さん。
 それだけでなく、懐から風子が作ったとおぼしきヒトデを取り出して愛を語っていたし。
 で、最後に。

『何か……何かおかしいと思うんだ、今の俺は』

 と、言われてしまった訳で。
 ヒトデと言えば我が恋人、伊吹風子が思い浮かぶ訳で。
 そんな訳で来てみたのだが……そこで俺が見た光景は、



「はい、貴方はだんだん……ヒトデを好きになりますっ」



 クラスメイトの眼前で、ヒモを付けた五角形の物体を揺らしている小さな生物の姿だった。
 ……謎は全て解けたッ!

「てか、犯人はお前かっ?」
「えっ、風子は無実ですっ?」

 何故に疑問系か、風子。あと俺。

「って、岡崎さん。いきなり何ですかっ」
「お前……何やってるんだ」
「見て判りませんか?」

 いや、だいたい想像つくけど。
 恐らく『ヒトデを好きになってもらおうとしていた』と言う所だろう。

「ヒトデ教の布教ですっ」
「アホかっ!」

 迷惑度が50%あがった。
 と、言うか宗教は止めた方が良いぞ、色んな意味で。

「簡単に言うと、ヒトデを好きになってもらおうとしてたんですっ」
「最初からそう言えよ」

 まあ、俺の予想だが昨日の芳野さんの奇行は恐らくコレが原因だろう。

「なあ、風子……最近、この布教をクラス以外で誰かにやったか?」
「はい、最初にユウスケさんにしてみましたっ」

 ……間違い無いな。

「……」
「え? あ? な、何ですかっ」

 俺は無言で風子をひょいと持ち上げる。
 ……取りあえず芳野さんの事とかはここでは話せないだろうからな。場所を変えよう。

「わわわっ、白昼堂々の誘拐ですっ。ぷち最悪ですっ」
「人聞きの悪い事言うなっ。あ、すいません、こいつ借りていきますんで」

 風子の相手をしていたクラスメイトの女性徒にそう言う。
 ……どうぞどうぞと笑顔で送り出された。何だかなあ。

「離してくださいっ、明日クラスで『昨日はお楽しみでしたな』って言われてしまいますっ」

 その笑みはそう言う意味か……まあ、良いけどな。

「全然良くありませんっ」


                           ------------


「いきなり連れ出すなんて、岡崎さんはえっちですっ」
「……あのな」
「岡崎と風子ちゃんはホント、仲良いなあ」

 風子と2人での帰り道。
 本当は空き教室で話すつもりだったのだが、風子が『空き教室で2人きりなんて危険ですっ』と言うのでこうなった。
 ……ちょっと前までは2人きりなんていくらでもあったような気がするが。

「お、岡崎さんには判らない事なんですっ」

 赤くなってそう言い返された……何だかな。
 現に今だって2人きりだし。

「そ、それはそれ、今は今ですっ」
「ふーん」
「ああっ、その目は風子をバカにしてる目ですっ」

 まあ、こうやって風子と帰るだけでも悪くないけどな……

「あの、僕も居ますけどねえっ」
「おや、居たのか」
「気付きませんでしたっ」
「……僕を誘ったのは岡崎だと思うんですけどね」

 ……そうそう、言い忘れてたがこいつ―春原も居るのだ。
 たまたま廊下で会っただけなのだが、芳野さんの事話したら着いてきたのだ。
 何でも『芳野さんのピンチはファンである僕のピンチだねっ』だとか。

「それより風子、何であんな事してたんだ?」

 おかげで芳野さんがエライ事になってるぞ、と付け加える俺。
 風子は下を向いて小さく呟いた。

「風子はヒトデをもっともっと好きになって貰いたかっただけなんです」

 ……風子、その積極性は良いと思うんだけどな。

「でも布教が成功したのはユウスケさんだけでしたっ」
「……それってもしかして芳野さんが単純……」
「言うな春原」

 3人揃って遠い顔をする俺達。
 ……あの人、結構そんな所はあるよな。

 そうこうしてる間に、風子の家についた俺達。
 入ろうとして、ふと思った。

「芳野さんがああなってしまって、公子さんはどうしてるんだ?」
「えーっと、お姉ちゃんは……困ってます」

 そりゃ困るだろうな、自分の夫が妹の仕業でああなってしまうとな。

「『ヒトデプレイはちょっと無理だと思うの』って困ってました」
「芳野さん、あんたって人は……」

 正直、風子の洗脳術に恐怖を抱きました。
 かかりにくいとは言え、かかってしまうとこうなってしまうとは……。
 と、開けようとした扉が目の前で開いた。

「あ、ふぅちゃんお帰り。岡崎さんもいらっしゃい」

 買い物にいくつもりなのか、公子さんが玄関まで出て来ていた。

「あ、あのですね公子さん……」
「はい、何ですか?」

 って、どうやって昨日の話を切り出すかな。
 と、悩んだ俺に、風子が任せて下さいとばかりに前に出た。
 そして一言。


「お姉ちゃんは……ヒトデプレイについてどう思いますかっ」
「いきなりそれ聞くんかいっっ!」

 他に聞くことあるだろ。てか、ヒトデプレイって本当に何だよ。
 俺がそう聞くと、公子さんは赤面し、風子は例のぽややん顔になり、春原は恐怖のあまり金髪になった。

「僕は元から金髪だよっ!」

 ……ヒトデプレイとは、奥が深いようだ。

「無視すんなよっ!」

 
               ---------------


「最近の祐くん、妙にヒトデ好きになったと思ったらそう言う事だったんですね」
「そうなんですよ」

 リビングで俺達の話を聞いた公子さん。
 どうやら芳野さんも風子も公子さんには話してなかったらしい。
 
 公子さんはため息を一つつくと、風子を睨んだ。

「ふぅちゃん、駄目よ。いくら身内とは言ってもそんな事しちゃ」
「はい、ちょっとだけ風子、間違ってました」

 おお、流石公子さん。あの風子が謝るとは。

「次からはお姉ちゃんに許可貰ってからやりますっ」
「すんなよっ!」
「違うよ、祐くん関連はお姉ちゃんと一緒にしなきゃ駄目よ」
「アンタも止めろよ!」

 この姉妹って一体・……

「なあ、岡崎、僕帰って良い?」
「奇遇だな春原、俺もそんな気分だ」

 もう早くこの事件(?)を解決して帰ろう、うん。

「それはそうと風子」
「なんですか」
「お前の洗脳術……もとい、ヒトデの布教。解除方法は無いのか?」

 そう、元はといえば風子の洗脳術にあっさりと芳野さんがかかってしまったのが原因な訳だからな。
 解ければ問題は無いのだが……そうも簡単にはいかないだろうな。

「あります」
「あるんかいっ」

 問題は簡単に解決した。

「思いっきり頭を叩けば全てを忘れるはずですっ」
「それはヤバイだろっ」

 しかもかなり過激な答えだった。
 
「そ、そんな、祐くんを殴るなんて私には出来ません……」

 そう言って俯く公子さん。

「そんな事言ってるとヒトデにユウスケさん盗られてしまいますっ」
「ふぅちゃん、そう言われても……私は……」

 む、流石に愛する人は簡単には殴れ無いわな。
 かく言う俺も、芳野さんを問答無用に殴るのは……ちょっとな。
 つーかヒトデは別に盗らんだろ、風子。
 
 バンッ

 と、いきなり春原が立ち上がった。

「芳野さんの為になるなら……僕がやるよ」

 おおっ? 春原の癖に格好良いじゃないか。
 しかし……そんな奴を遮る奴がいた。

「祐くんを殴るなら……先ずは私を倒してからにしてくださいっ!」

 そう言って春原の前に立ちはだかる公子さん。
 って、ちょっと待て。

「望む所だよ……行くぞっ!」

 ファイティングポーズを取り、向かっていく春原。
 
 な、何でいきなり春原vs公子さんになるんだよっ!?
 焦る俺に風子が何処か達観したような表情で言った。

「岡崎さん……これが運命だったんです」
「そんな運命要らんわっ!」
「別名、ノリですっ」
「おいっ!」

 そうこうしてる間に春原と公子さんの距離がゼロになり……

「はあっ!」
「とうっ!」

 お互いの拳が唸った―――――――




「……見事に飛んでいくな、春原」
「ある意味綺麗ですね」

 結果として春原はリビングから玄関のほうに飛ばされていた。
 つーか、公子さん強いよ……

「ユウスケさん絡みのお姉ちゃんは最強ですっ」
「最初に春原に教えてやれよ……」

 俺はため息をついて飛んでいく春原を見ていた。
 その時、いきなり玄関が開いた。


「ああ、ヒトデ……何故そんなに愛しいんだ……ただいま」


 ……玄関にたまたま帰ったらしい芳野さんが来ていたりして。
 って、これはヤバくないかっ!

「ゆ、祐君っ!?」
「ユウスケさん!?」

 そのまま飛んでいく春原と、頭の中がヒトデで一杯なのかぼーっと突っ立っている芳野さんがぶつかって……



 その日、伊吹家では震度5が観測されたと言う。



「よ、芳野さん大丈夫ですかっ!?」
「………………生きていること、それすなわち愛だ」

 どうやら無事らしい。

「ゆ、ユウスケさん、ヒトデプレイについてどう思いますかっ!?」
「……何だそれは?」

 しかも上手い具合に元に戻ったらしい。

「あの……祐くん、その両手一杯にかかえたヒトデのぬいぐるみは何かな?」
「え? あ? な、何で俺はこんな物を!?」

 しかし恋の不良債権は元には戻らなかったらしい。





 ……こうして事件は解決した。
 しかし、またいつの日か第2第3のヒトデに恋する男が現われるかもしれない。
 その時、俺は再び混乱に巻き込まれるのだろう…… 


「あ、あの岡崎さん。春原さんが今朝から『ヒトデは友達、怖くはないよっ』と言いつつ木彫りのヒトデを配ってるんですけど」
「無視しよう」



 おしまい


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