「ああ〜〜〜、全然浮かばないっっっ!」

 くしゃくしゃっと丸めた紙をゴミ箱に投げつける。 
 しかし、紙はゴミ箱の縁に当たって床に落ち、ぱらりと開く。


 『桜』 『一人の少女』 『坂道』 『アニキ』 ……


 何となく意味はあるが、整合性のない文字の羅列が並ぶ紙。

「……アニキって何なのよ私……」

 その呟きが彼女―深山雪見の苦悩を語っていた。

「ねえ雪ちゃん、アニキって何の事?」
「何でもないわよっ!」

 
 ―――――――放課後の演劇部室。
 普段ならば、沢山の部員でもっと活気があるのだが……

「雪ちゃ〜ん、あんまり思いつめるのも問題だと思うよ、ほら明日はお休みだし」
「……」

 ……明日から休みという、土曜の午後に部活に出てくる部員は少なかったりする。
 もっとも、今すぐには差し迫った舞台がなく、劇の練習や小道具の製作等が皆無と言う理由もあるのだが。
 とにかく、今部室に居るのは部長である雪見と親友である川名みさきの二人だけでだった。

「だって、締め切りは月曜日までなのよ? 書ける内に書いとかないと」
「だからってわざわざ部室で書かなくても良いのに……」
「家に帰ると、書こうとする気力すら無くなっちゃうのよね」

 だからせめて、部室に居れば書こうとする気力だけはあるから、と付け加える雪見。
 ……何処の物書きの世界も同じである(謎

「でも、プロット……だったよね? それすら思いつかないんだよね」
「〜〜〜〜〜〜〜」

 声にならない声を挙げ、机に突っ伏す雪見。
 普段の彼女からは想像も出来ない光景である。
 慌てて、みさきはフォローを入れる。
 
「その締め切りって、雪ちゃんが自分で決めてる物でしょ? だったら延ばしても大丈夫だよ」
「駄目っ! この台本を製本して、みんなに配って、練習して……遅いくらいよ」

 机に突っ伏したまま、そう言う……いや、うめく雪見。
 昔から彼女を知っているみさきとしても、かなりの重症だよ、と思わせるような彼女の姿だった。
 みさきは―彼女にしては珍しく―ため息をつくと、ふと気づいたように言った。

「そうだね……こう言う時は、気分転換した方が良いと思うよ」
「気分転換って……学食なら付き合わないわよ」
「もう、私は真面目に考えてるんだよ〜」
「……ホントに?」

 間延びした親友の声に僅かな真剣さを感じとって、顔を上げる雪見。
 其処にあるのはいつもの笑み。何も映さない深い瞳。
 そして……緊張感の無い台詞。

「と、言う訳で今度の日曜日、時間あるかな? 雪ちゃん」
「……に、日曜日? み、みさき……アンタねえ……」

 がばっと立ち上がり、みさきの後ろに回りこむ雪見。
 更に頭を捉えて、こめかみをぐりぐりする。

「い、痛いよ雪ちゃん、カルシウム足りてないよ〜〜〜〜」
「ななな、何で只でさえ忙しいのにわざわざ日曜日まで潰さなきゃならないのっっ!」
「だ、だって、今の雪ちゃん、普通のスランプじゃなさそうだし、心配なんだよ〜〜〜〜」

 涙ながらのみさきの一言に、雪見のぐりぐりがぴたりと止まった。
 そしてバツの悪そうに自分の手をみさきの肩に持っていく。

「み、みさきの気持ちは嬉しいんだけど……流石に日曜日一日潰しちゃうってのは……ねえ?」
「でも、聞いてるだけでも雪ちゃん辛そうだったから……」
「みさき……」

 みさきの後ろに顔を近づけると、ありがとうと小さく呟こうとし……
 と、突然扉が開き、二人の見知った顔が部室を覗きこんできた。

「みさき先輩、話って何ですか? ……って、おわああっっっ!!?」
「その声は浩平君?」
「お、折原君! 何でここに……」

 問いただしかけて、はたと雪見は気づく。彼―折原浩平のあまりに驚愕した顔に。
 そしてすぐに、自分とみさきの体勢がどうなっているかにも気づく。


 後ろからみさきの肩に置いている手、近づきすぎたお互いの顔。
 ……怪しい、いやむしろ妖しい、限りなく妖しい。

「……」
「……」

 雪見はこめかみに嫌な汗を感じつつも、弁解を試みた。

「あ、あのね……こ、これは……」
「は、はい! 何も言われなくても判ってます!」

 ……それが効を奏するとは思えなかったが。
 特に『彼』が相手だと……現に今、直立不動であるし。  
 案の定。


「ええと……お、俺、深山さんの完全犯罪は見なかった事にしますから……し、失礼しましたっ!」

 
 ……とんでもない事を叫んで、彼はばたばたと退出していった。

「は、犯罪!? ちょ、ちょっと待って……ああ」

 心の中ではそっちと違うでしょー!と激しく突っ込みながら、雪見は空しく伸ばした手をぴくぴくとさせるのであった。

「犯罪って何の事かな? 雪ちゃん」
「わ、私に聞かないで……はあ」 
 
 雪見は大きくため息を付いて窓の外を見た。

「まあ、別の意味で誤解されるよりはましだった……かもね」
「?」

 呟く雪見の顔は少しだけ赤かった……かもしれない。





 ―――――――――放課後の一時のお話、これにて閉幕