まえがき


「指先」の月森と香穂子の馴れ初め話です
これを書かないと私の中の夢見るハートが満足しないのです

今回 土浦×冬海好きとして彼ら二人も出してみました
私の中の夢見るハートは二人をくっつけたがってますが
この話の中では彼らはまだお友達です
だけど水面下でいろいろいろいろ……という裏設定

設定といえば この話もセレクションとセレクションの間は1ヶ月です
二次創作なのになんてこったいと(以下略)

それではようこそマイドリームランドへ!
連載物です よろしくお付き合いくださいませ










輝く音色 1


頭の上に月森の手が乗った
軽く2、3度撫でて離れていった

そんな 感触は追い縋りたいほど優しいのに
なんでこんなに この人の表情は変わらないんだろう
これって 誉められてる…んだよね

「どう?」

ヴァイオリンを下ろし 私は腰に手を当てて月森を見た
すると彼は組んでいた腕をほどきつつベンチから立ち上がり
近づいてきて 頭を撫でてくれたのだ
ごく普通の顔をして

顔を動かすのがイヤなら口で言ってくれてもいいじゃないと思うけど
口に出すほうがもっとイヤなのかな

これなら月森の指先のほうがもっと雄弁だ
今も…………アノ時も

贅沢なのかな とも思う
触れられた瞬間の 全身が感じる衝撃は いつだって私を違う世界へ運んでしまう
その瞬間 何も見えなくなる
月森以外は

でも 言葉が欲しい
わかりやすく 心の中を見せて欲しい

……贅沢 かもしれない

月森はおもむろにヴァイオリンを構えて さっき私が披露した曲を弾き始めた


それは 最初のひと鳴りから 私が演奏したものとは天と地の違いがあった

その音は 強いアクセントがあるわけではない なのに私の中にひとつひとつ刻印されるかのようだった
その衝撃の連なりが いつしか鮮やかに美しいメロディとなり
私を包み 入り込み 頭のてっぺんからつま先まで体中を満たしていく
私はしびれたようにその場に佇んだ

こんなに…すごい曲だったんだ

なのに月森ときたら 軽々と スラスラと 演奏している
ちっとも無理そうに見えない
本で見たのとまったく同じ姿勢で立ち
息を吸って吐いているのと同じレベルでヴァイオリンを操っている


私は密かにこの曲を第3セレクションで演奏しようと決めていた
だけど私が弾いているのなんて全然ダメだ
あんなに練習したのに 月森がいないところで何度も何度も繰り返し弾いて
さっき土浦君と冬海ちゃんに聴いてもらって こっちが照れるくらい誉めてもらったのに
せっかく積み上げた自信が全部消えてしまった

それになんだか左の小指も痛い
無理して弦を押さえ過ぎたのかもしれない

ジンジンするそれは 私がいかに未熟かということをわざわざ知らせてくれる
いくら誰でも弾けるヴァイオリンっていったって 私の指にまで魔法がかかるわけはないんだ


月森の指は魔法の指
小さい頃から欠かさず 毎日何時間もかけて
自分で自分にかけた魔法

今ならわかる
「君を認めるつもりはない」
と言った 月森の気持ち





あれは リリに「星奏学院学内音楽コンクール」というものに出ろと言われて
訳がわからないまま とりあえず第1セレクションに向けてヴァイオリンと格闘していた頃のことだった

あの日 忘れもしない 正門前のあの広場
リリにもらった最初の楽譜が 思ったよりすんなりと演奏できるようになって喜んでいた私の所に 月森はつかつかと靴音をたてて近寄ってきた

「君はヴァイオリン初心者だと聞いたが本当か?」

いきなりぶしつけな質問に面食らったが
目の前にまっすぐ立つ その姿勢の良さと 同じくまっすぐとした視線には好感を持っていた私は こういうところは彼の性格故なのだろうと警戒もせず すんなりと口を開いてしまった


数分後
魔法のヴァイオリンですぐにちゃんと音が出るようになった私に対して
それを知った彼は 厳しい目で睨みつけてきたかと思うと
私のことを認めないと言い捨てて くるりと背を向けて去っていった

このヴァイオリンをくれたリリという妖精が人に触らせるなと言っていたから
私は言いつけをきちんと守って(ワケのわからない相手だし)嫌だと言ったのに
あの真面目な顔で「頼む」と言われてなんだか断れなくて
つい渡してしまって

で つい
ヴァイオリンを始めたのが最近だということまでバラしてしまった……


それからの月森は圧倒的に冷たかった

私を見る目に敵意をちらつかせて 話しかけるなオーラを発散し
練習場所がかちあうと 氷点下の瞳でちらっと一瞥されて
「俺が先に来ていたのだから邪魔をしないでもらえるか」
と 同時にその場所に着いたにもかかわらず勝手なことを言ってきたりした

その時は さすがの私もそのあきらかな敵視ぶりに驚き 派手に口喧嘩をして
結局互いに違う場所へ移ってなんとか事なきを得た


しかし もう黙っていられなかった
感情的になる理由はわからなくもなかったけど…


ヴァイオリンがいかに難しい楽器かということは
小学校の時に同じクラスの子から聞いていて少しだけ知っていた
3年生だった当時 その子は毎日何時間もヴァイオリンを練習していると言っていた
一日たりとも欠かさずに

家に遊びに行ったら トロフィーや盾の類が棚にひしめいていて
その中に外国に遠征に行った時に撮ったという写真が大きく飾られていた
そこには彼女と同じ年頃の子達が数十人という単位で写っていた

写っている子ども達 皆が彼女と同じように毎日ヴァイオリンを練習し
子どもらしい遊びもほとんどできぬまま 生活しているという事実に 私はとても驚いた

驚いて そこまでしなければならないのかと私は聞いた
その時ピアノを習っていたのだが 練習なんてレッスンの前に30分ばかりやって
いい加減に仕上げていたからだ

彼女は当然といったようにこう言った

ヴァイオリンは時間をかけないとうまくならない楽器だと
私は始めたのが遅いからいくら時間をかけても足りないくらいで
他の皆はもっと小さい頃からやっている
ヴァイオリンというのはそういうものなのだと

あの子は実際 いくつの時からやっていたのだろうか
もう覚えていない
ただ あの時弾いてくれた曲は 同級生が弾いているとは思えないくらいすごくて 圧倒されたことは心に残っている

しかしだからといって それ以降 私のピアノに対する姿勢が変わったかというとそういうこともなく 今では猫ふんじゃったくらいしかまともに弾けなくなってしまったけど


私の 今までの音楽との関わりはこの程度でしかない
音楽を志す人がどんな気持ちで取り組んでいるか 私は自分の状態をバラしてしまった後になってやっと気がついた

私はぽっと出の新人で それが10何年もやってるベテランたちを差し置いて選ばれた人々のみが出場できるコンクールにしゃしゃり出るだけでなく 横から賞までをかっさらおうとしているのだ

賞なんて トロフィーなんて 今まで一個ももらったことない
強いて言えば小学校の時 校内マラソンで入賞して画用紙に印刷された賞状をもらったくらいじゃないだろうか

経験が無いと言ってしまったのは完全に私のミス
でも だとしても やはり敵対心をモロに出されるのは面白くない
あの 冷たい目がどうにも悔しかった

ならば そんなに気に入らないなら力を示せばいいのだ
リリが私を選んだからこんなことになったのだけど
逆に リリが選んでくれたのなら 私にも月森に対抗できる何かがあるはず

……あるはず
…………よね…?


次の日私は 今思えば無謀なのだけど
「第1セレクションで優勝してみせる!」
と わざわざ月森のいるクラスまで出向いて 豪語していた

休み時間 廊下に出てきた月森を捕まえてそう言うと
彼は顔色ひとつ変えず(今思っても本当に憎たらしい)こう言った

「こんなところまで来てそんなことを言うとは本当に君はわかっていないんだな。
優勝できなかったら君はどうするつもりなんだ? ヴァイオリンをやめる覚悟はあるのか?」

対して私はちょっとばかり胸を張ってこう言い返した

「ヴァイオリンはやめないわ。だって優勝するもの」
「……どこからそのような自信が?」
「ここからよ」

胸を親指で指して 月森の目をじっと見た

月森と初めて話した時「気取ったヤツ」だと思ったけど
あの時の自分もかなりかっこつけてた まったくどこで覚えた芝居なんだろう
怒りに任せてとはいえ あれをもう一度やれと言われてもできない

だけど見開かれたそれには ちょっとだけスカッとした





その後の嫌がらせときたらまるでみんなが子どもになったみたいだった
高校生にもなって本当にこんなことがあるんだと驚いた

ひとたび校舎を出ると 音楽科の制服を着た集団からひそひそ声どころか 聞こえよがしにいろいろ言われるし ぶつかってきて「バーカ」って言われたり この前なんて3年生にぐるーっと囲まれて月森に迷惑をかけるなとかなんとか脅されて もう一時期は 誰かと一緒にいなければ安心して学園内を歩けないという状態だった


星奏学院はもともと普通科と音楽科の仲があまりよくない
よくない というか疎遠といったほうがより現在の状態に近いだろう
理解ができない相手だから近寄らないという雰囲気だ

何にせよ私には関係なかったし 今まで特に困ることもなかった
こんなことになって初めて月森に女子のファンが大勢ついてる(特に先輩)ことも知ったし
わかってたらあんなことはしなかったかもしれない(したかもしれないけれど)

とにかく今 私が憎まれているのは音楽科にたてついてるとこと その代表選手ともいえる月森と対立してること

かといって 無知は罪だと頭を垂れる私ではなく 逆にファイトが沸いてきた
この状態を打開するにはやはりセレクションで優勝することだ

日野香穂子は月森と対等に渡り合えるのだとみんなに認めさせてみせる
そう心に誓った


そこに現れたのが 同じくセレクションに出場するという冬海ちゃんだった

放課後 友だちと正門前で話をしていた時のこと
月森とのことがあって 視界に普通科の黒っぽい制服しか映らない日常を送っていた私の前に突然 白い色が近づいてきた
一体何事だろう? と視線を移したら そこにいたのは ぷるぷる震えるまさに小鹿のような雰囲気のかわいい女の子

それを見てとっさに思ったことといったら
「罰ゲームでもやらされてるのか可哀想に」だった
平気なつもりだったけど この頃の私はけっこう疑心暗鬼になっていたのかもしれない

「あの…日野先輩……ですよね」
「…うん」

直後の輝いた顔を見て 予測が外れていることがわかった

「あの…あの、私、音楽科1年の、冬海笙子って言います。
あっ、ごめんなさい! 突然、あの…ご迷惑かなって思ったんですけど、
せっかくコンクールご一緒にするのに…、あっ、えと、ご挨拶が遅れて……。
私、先輩と今度のコンクールご一緒することになりました。ふ、冬海、笙子って言います。あの、よろしくお願いします。ふつつかものですが……」

私は ここで抑えきれなくなって大声で笑ってしまった
ふつつかものって いきなり結婚でも申し込むつもりなんだろうか

「あ、ごめんごめん。私、普通科2年の日野香穂子です。…ぷっ」

目の前で女の子は真っ青になっていて 相変わらずぷるぷる震えている
だけど笑わずにいられなかった 笑って笑って
それと同時に ……すごく 嬉しかった

今の私に 音楽科である冬海さんが どんな気持ちで話しかけてくれたのかと思うと 喜びがうわーっと湧き出てきて それが笑いに変換されてしまった と言うと 言い訳になるだろうか

「笑っちゃってごめん。でもさ、いいの? 私に話しかけて。みんなに睨まれない?」
「えっ……?」

冬海さんは ぽけーっとした顔で私を見返してきた
私の言った意味を考えている間は体の震えは止まるんだと 噴き出しそうになるのを笑顔に留めて私は言った

「今の私は音楽科の敵だからさ。普通科の癖に第1セレクションで優勝するつもりだから」

そう言いながら 本当は少しずつ不安に苛まれていた
音を鳴らすことと 音楽を奏でることはまったく違うレベルの話なのだとわかってきていたからだ

でも それは誰にも言ってはいけないから
この話をするとき 私は常に明るい説明を心がけていた


すると 冬海さんはぽーっと開いた口のまま ばっと赤くなった
口をぱくぱくいわせて 声にならない「あの、あの」を繰り返し やっとのことで声を出してくれた

「あの、あの…」

声を出してもやっぱり「あの」なんだと面白く思いながら待っていると
今度こそやっと文章になって彼女は私に気持ちを伝えてきた

「あの、先輩はすごいって思って…。そんな風にはっきり言えちゃうなんて、
なんてかっこいいんだろうって……、私も…見習おうって、思って……。
あっ! 無理だと思うんですけど、気持ちだけでも、せっかくリリちゃんに選んでもらったのに……。
私、ずっと嫌だって思ってたんです。人前に出るのは嫌だって。
こんな…今まで何回もコンクールに出てるのに、いまだに慣れなくって……、
あっ! こんなこと先輩には関係ないですよね。ごめんなさい……。
えーと……えと……。
…あの、出直してきます。失礼します……。」

しゅーん と肩を落とした冬海さんは くるっと向こうをむくと駆けていこうとした
当然私は掴まえた

私にとって 初めてできた音楽科の友達を



それから数日後 コンクールに急遽 新たな参加者が決まった
しかも普通科から

彼は土浦梁太郎という名前の同じ2年生で 私はまだ一度も同じクラスになったことがなく どういう人かも知らなかった
しかし 全く知らなくても勝手にあっちこっちから情報は入ってくる

サッカー部のエースで スポーツマンで 背が高くて ちょっと怖い見た目をしてて
知らせてくれた皆は 一様にピアノをやってたなんてと
とてもそうは見えなかったと驚いていた

一緒に参加するなら一応顔だけでも見てこようかと思っていたところ
金澤先生に紹介されて あっさり噂の人とご対面した
彼は自己紹介そっちのけでこんなことを言ってきた

「お前、月森に啖呵切ったんだってな。やるじゃねぇか。 そのせいでお前大変なことになってるんだろ? だいたい音楽科ってムカつくよな。お高くとまっててさ。 自分たちがどれほどのことができると思ってやがるんだ。出場者として選ばれなかった時点で諦めろって思わねぇか?  あんなの嫉妬だよ嫉妬。気にすんな。ま、コンクールなんて柄じゃねぇが、いっちょ派手にやってやろうぜ。」


廊下で何度かすれ違ったことがあるかもしれない
顔を合わせてみて かすかには見覚えはあるなと思ったこの土浦という男の子

ほぼ初対面の私たちは互いにニヤッと笑った

「おいおい、競い合うのは結構だが面倒なことになるなよ〜」

横で金澤先生が 薄汚れた白衣の更に黒くなりまくったポケットに両手をつっこんで ため息をつきながら私達ふたりを交互に眺めていた





星奏学院の放課後は楽器の音色でいっぱいだ
私は好んで正門前の広場を選んでヴァイオリンの練習にはげんでいた


最初の内はやはりさすがに音楽科が怖くて 友だちのうちの誰かに下校時間まで付き添ってもらっていたが その練習仲間に冬海ちゃんが入り 土浦くんがセレクションの参加者に選ばれてからは 気分転換に音楽科の練習室を使って3人で合奏をしたりとだんだんこの時間の過ごし方が楽になってきていた

そうしているうちに 少しずつ私の練習を見に来る人が増えてきた
最初はそのほとんどが普通科の子たちだったのが
時々冬海ちゃんの友だちが来てくれたりして
段々 その輪が広がってくるのが目に見えてわかるのが嬉しかった

初めは黒を囲むように位置していたのが中に混ざってくるようになり
ある日 初めて知らない音楽科の生徒が拍手をしてくれた時は涙がちょっと出そうになって 下げた頭をしばらく上げることができなかった


私の演奏は拙い
どんなふうに弾けばいいかわからないからと中古屋で適当に買ったCDは ワンコインの癖に聴けば聴くほど自分がどれだけへたなのかがわかって落ち込んだ
それが私の出発点

だから私は まずリリがくれた楽譜の曲だけを練習した
自分の思う理想の音を頭の中に思い描き できるだけそれに近づけるようにがんばろうと思った
実際に弾いてみるとちっともその通りにはいかなかったけれど
それでもめげずに 常に心に理想の音楽を抱き続けた

弓を動かす腕の動き ビブラートを利かせる左の手
好きな音を出す時の楽しい気持ち
その他諸々 リアルに細部に至るまで

いつかはきっとこのように演奏できると しつこいくらい思い続けた


今まで努力らしい努力をしなかった私なのに この執念はどこからくるのだろう

…考えなくてもわかっていた
私を動かすのはあの目だ

表立っては普通科でもできることを見せてやる! と拳を振り上げて宣言していたけれど 脳裏に浮かぶのは月森の冷たくこちらを見据える眼差しだった

あの目をもう一度 驚きで見開かせたい
今度はあんなふいうちの奇襲攻撃なんかじゃなく
静かに ゆっくりと じわじわと 深く 深く
あいつの心の中に 私の音を沁みこませたい



目標があると努力というのは楽しいものだった
授業が終わるのが毎日待ち遠しく 早くヴァイオリンに触りたくて仕方なかった

そしてこの正門前の広場 様々な楽器の音色が溢れるこの場所に立つと
みんながんばっているんだなと嬉しくなる

音楽科に対してはまだ嫌な気持ちが残っていたけれど
彼らはひとたび楽器に向かうと こちらを惹きつける音を次々と生み出してくる
私も負けられないとケースの蓋を開ける指先が弾んだ


こんな日々を長くやっていると だいたい同じ場所には同じメンバーが集っていることがわかってきた

コンクール出場者の中で特に見かけるのが柚木梓馬先輩
柚木先輩の周りはいつも人だかりで 直接その姿を見ることはあまりないけれど
その人のかたまりの中から聞こえてくるフルートの音はよく耳にした

思わず耳を傾けてしまう 柔らかくて自然と心が浮き立つようなメロディ
トリルの部分が軽やかで いつの間にかうっとりとその世界に引き込まれてしまう


その次に見かけるのが火原和樹先輩
彼はいつも派手に登場するから 来たことがすぐにわかるのがおかしかった

「火原和樹! これから吹きまーす!」

ものすごく楽しそうに体を揺らして にこにこしながら先輩は吹いていた

音楽科の男子生徒で一番最初に話をしたのはこの火原先輩で
いつもどおり派手に一曲吹いた後 たたたーっとこちらに向かって走ってきて
いきなり自己紹介を始めたのには面食らった

「おれ、音楽科3年の火原和樹っていうんだ。きみ、今度のコンクールに出るんだって? おれもなんだ。よろしくね! あ、日野ちゃんって呼んでもいい?」

あまりにもフレンドリーなことに驚いて返事がすぐに返せないでいたら
ちょうど一緒にいた土浦くんがかわりに答えてくれた

「いきなりちゃん付けですか。先輩らしいっちゃらしいですけどね」
「あ、土浦、いたの?」

「見えてなかったんですか」と呆れる土浦くんは それでも楽しそうに火原先輩と話をしている
音楽科に対して敵意を持っているらしい彼にとって 火原先輩は別格のようだった
私は二人の雰囲気に安心して すぐに話の輪に入っていった


それから 正門前広場でよく見かけるコンクール参加者がもうひとり

月森 蓮

君を認めないと言われたあの日 初めて正門前広場で見た彼を ここのところ毎日この場所で見るようになっていた

衝突してから 私たちは広場の中のテリトリーを互いに決めていた
もちろん話し合いをしたわけではなく 自然とその位置におさまったという形だ

彼の定位置は私のいる場所から見えるところにある
彼がいるとき 彼の演奏する姿が目の端にちらついて 私を落ち着かなくさせた

あんなに場所がかちあうのを嫌がったのだから いっそのこと姿が見えないところに移動すればよかったのかもしれない

だけど 私はそれをしなかった
そして 月森もしなかった


私はいつの間にか待つようになっていた

様々な楽器の音で賑わう正門前広場
ヴァイオリンケースを片手に私の前を横切るまっすぐな背中を

そして演奏する姿を視線の左端で追いながら
彼と同じヴァイオリンを奏でるこの放課後を

月森が何を思って私と同じフィールドにい続けるのかはわからない
だけど そんな毎日の中でいつの間にか 体の奥には甘い炎がゆらめいて
ちろちろとこの胸を焦がしていった




アンジェ以外も万歳     NEXT