輝く音色 2


私は今ピンチだ

ものすごくピンチで 緊張して 体中に汗で 心臓が自分のものじゃないみたいに勝手に飛び跳ねてて とにかく弓を落とさないようにと一生懸命集中して それはもう必死に 今までやってきたようにやればいいんだから落ち着け落ち着けと心の中で唱えていた



今日は冬海ちゃんも土浦くんも一緒にはいなかった
この頃は誰かが側にいなくても嫌がらせをされるようなことがなくなってきたので
私はいつもの場所に到着するとすぐにヴァイオリンを取り出し 弾く前の準備をしていた

見渡すと広場には生徒の姿はまだ少ない

よし 今日は一番乗り!

HRを早く終らせてくれた担任に感謝しながら ご機嫌でヴァイオリンを構えたら 視界の右隅から彼がやってきた

きゅっと全身が意識する
今弾き始めるのは聴いてくれといわんばかりだと 私はヴァイオリンを降ろして彼が通り過ぎるのを待った

すっすっと姿勢のいい姿は そのまま目の前を通り過ぎるはずだった
常ならば

だけどふいに目が合って私は酷く狼狽した
彼と――月森とこうしてまともに顔を合わせるのは何日ぶりだっただろうか

私の動揺はおかまいなしに 月森はどんどん近づいてきた
あれから一度も近寄ってこなかったのになんで今日に限って
そしてあろうことか目の前に立ってこう言った

「弾かないのか?」
「弾くわよ」

とっさにそう返していた
返事したからには弾かなくてはならない
ピンチ



……出来はどうだったんだろう
間違えはしなかった でもいつもどうりにはやっぱり弾けなかったように思う

視線が逃げないようにがんばって彼の目を見た
だってがんばらないと怯えてるのがわかってしまう
何に怯えているのか どうして怯えてるのか
どうせいつかは私のヴァイオリンを聴かれるし 聴いてもらいたいと思っていたんじゃなかったっけ

ぐるぐるした
ヴァイオリンを持つ手の平が大量に汗をかいている
なんでこんなに緊張してるの? お願い 早く何か言ってよ月森!

「まるでだめだな」
「……!」

痛みが体を貫いた

「とても聴いていられない」

私の今までの努力をまっぷたつに切り裂く言葉
月森はまだ私を認めてはくれないんだ
まるでだめなんて…彼の心にはまだ 私の演奏はかけらも届かないんだ

……ううん 言われてもしょうがない
こんな自信のない演奏を聴かせるつもりじゃなかった
こんなんじゃだめと言われても仕方ない

今の私は月森に勝負を挑んだ頃とは違う
私のいる位置と 月森のいる位置がどれだけ離れているかを知っている
ただでさえ上手くないのだから
せめて今できる精一杯のことをしなくちゃいけなかったのに
…できなかった

そう 怖くなったんだ
どんなに虚勢を張ったって月森の耳にはお見通しで 彼の前では全てのメッキが剥がれてしまいそうだったから だから…

「…………悪かった」
「……え?」

もっと罵倒されるかもしれないと思っていたのに 思わぬ優しい言葉

「君の演奏がだめとは言っていない。誤解させたようだ。…すまない」

つ つつつ 月森が謝ってる? 私に!?
あんまり驚いて何も言えなかった
そしたらヤツは私をまじまじと見てこんなことを言った

「俺は今、『ハトが豆鉄砲をくらう』という言葉の意味を学んだ気がする」
「はと?」
「君はどんな時も思ったことがすぐ顔に出るんだな」

そして……わ 笑った……
月森が 笑ってた
私は顔がひきつって やっぱり何も言えなかった



「で、結局私の演奏がダメってことじゃないの」
「まあ、簡単に言えばそうかもしれない」
「………………」

月森は まず演奏時の姿勢が悪いと断言した

彼が言うには 私はヴァイオリンを手で持ちすぎているそうで 言われるまでまったく気が付かなかった
その他にもたくさん言われて頭がこんがらがり やむを得ず私はメモをとった
月森は放っておくとぺらぺらと早口で先に進むから その早回しテープをを止めるために「ちょっと待った」を何回も言うはめになった

その次に技術的なことを細かく指導された
これもメモをとったが 言ってる用語にわからないことが多すぎて(しかも発音が無駄に外人ぽい)今度はその用語解説の為に彼のスピーチを止めるできの悪い私なのだった


「とにかく私が勉強不足ってことはよくわかったよ」

メモをから目を離してそう言うと 月森はなにかもごもごと言葉を濁していた
いつもはっきりくっきりとしたしゃべり方をする彼にしては不思議な動きで どうしたんだろうと思いながらも 私は明日図書室に行って資料を借りてこないと などと考えていた

「良かったらまた…………」
「え? ごめん、なに?」

また の後を聞きそびれて聞き返したら 「何でもない」とムスッとされた
ああ まずったな と機嫌をとろうとしたら 違うところから声がかかった

「日野!」

振り向いたら 土浦くんが月森を完全に上回る勢いで怒ってた
でもそれは私にではなく 一緒にいる彼に対してだった

「こんなとこで何してんだよ、音楽科の月森サマ? ライバルにいちゃもんをつけにか。ご苦労なこって」
「土浦くん! 違うよ、月森くんは…」
「俺は君ほど暇じゃない。失礼する」

更にかっとした土浦くんを押さえて 私たちは月森を見送った
近づいてきた時と同じく姿勢のいい背中は 足早に去っていってしまった


その後 土浦くんにはくわしく事情を説明して こんこんとお説教をした

土浦くんは怒りの持って行き場をなくしたのだろう 不完全燃焼がそのまま顔に出たようなふくれっつらをしていたが 最後に小さく「わかった」と言ってくれて 万事解決と思ったら 最後の最後に「でも俺はあいつが嫌いだ」と言い捨ててどこかへ行ってしまった

土浦くんは土浦くんで 音楽科を嫌う理由があるんだろうと思う
聞いても答えないからもう聞かないけれど
でも 悪いことをしてしまったなと少し後悔した
ちょっと いや かなり さっきの私は月森を弁護するのに必死だったから

それに正直な話 月森との時間を土浦くんに邪魔されたのが面白くなかった
もう少し一緒にいたかった
土浦くんを追い詰めるような話し方をしたのはそのせいもあるかもしれない


それくらい 月森と話すのは楽しかった
自分からわざわざ相手に噛み付いた過去なんてすっかり忘れて…

あれ……?
そうだった
私たちは確か喧嘩をしていたはずなのだ

そんなことを思い出しもしなかったくらい さっきの私たちは自然だった
「聴いていられない」と言ったのは きっと素人丸出しの私を見ていられないという意味で そう考えると いろいろ教えてくれた月森って本当はいいヤツだったんだ

逆にいえば まともにライバルだと思われてない証拠かもしれない
でも 放って置かれれば 私は何も知らないままだった


今も胸に残る はしゃいだ後の静かな高揚感
その余韻を 私はじわりと噛みしめていた





その後 少しの間 土浦くんと顔を合わせなかった
その代わりといってはなんだろうが月森との関係は 会えば挨拶をして軽く会話を交わす程度にまで回復した

そのことを面白く思わない人たちもいることはわかっていたし
実際 例の女子の先輩たちにもう一度呼び出され いろいろ言われた

でも 彼女達の顔も覚え 何に不満があるのか言い分を理解してきた今となっては 同じことをされてもそれほど怖いとは思わなかった

黙って話を聞きながら ゆっくりと息を吸い 吐くことを繰り返す
今度こそちゃんと思ったことを言うんだ

喉元でバクバクいっている鼓動

「何か言いなさいよ」

先輩の一人が言ったそれを合図に私は口を開いた

「私は、コンクール出場者に選ばれたからには全力で優勝を目指します。そうでなければ選んでくれたことに対して失礼だと思います。月森くんのことは、本当にすごい人だと思ってます。だからこそ彼の邪魔をするつもりなんて全然ありませんし、正々堂々と勝負したいと思ってます。私はこれからも普通に月森くんと話したいと思ってますし、それを先輩方に咎められる理由はないと思ってます。逆に先輩たちが月森くんと話してももちろん私はいいと思います。応援してくれる気持ちは誰だって嬉しいと思うんです」

止められる前にと気が焦り ひと息にしゃべってしまった

でもこれがずっと用意していた言葉 ずっと考えていたこと
なんだか「思います」ばかりでしまりがない宣言になってしまったけど
私が 私なりに出した今の答え

選んでくれたのはあのリリだし(しかも自分の姿が見えたからだなんてふざけてる) 月森は安易に話しかけられるのを嫌うと知っている

だけどそれでも 選ばれたなら 出場するって決めたのならがんばるのは当たり前だし 月森が好きなら彼がどうして欲しいのか一生懸命考えて接するべきだと思う

黙って見てるだけなんて私は嫌だ それにそれじゃ何も始まらない

がんばって 考えて 行動して ダメならしょうがないって諦めもつくし
……ううん つかないかもしれない


私は先輩たちに向かってこれ以上ないってくらいの正論をぶちかまし
またしても反感を買ってしまったことがこっちを睨みつけてくる強さでわかった

苛立ちを表現する言葉が出てこなくて とにかく2年のくせにはむかうなんて生意気だって
そんな声が聞こえそうな雰囲気だった

でも ここでひるんだらもっとやられる
それに これは全て 自分に言い聞かせるためのセリフだった
だから私はここで負けちゃいけないんだ
相手にも
自分にも


思えば 最初に月森に優勝すると大見栄を切った時もそうだったかもしれない
リリからヴァイオリンを貰った時は セレクション出場に対してもっと安易に考えていた

自分は経験ゼロだし 普通科だし 楽しく演奏できればそれでいいと思っていた
リリからも「世界を幸せにしてくれ」とかすごく大層なことを言われて
少なくともこのリリって子はこれで幸せになるんだろうと思いしぶしぶ承知したのだ


それからの練習の日々 今までと全然違う過ごし方をする放課後
確かに幸せになった 私自身が

ヴァイオリンを弾くのは単純に楽しくて これならセレクションに出るのも悪くないかなあと思っていたところに 月森から爆弾が投下された

「君はヴァイオリンの初心者だと聞いたが本当か?」


このひとことから私は変わった
睨んでくるあの瞳が私を変えた

これまで勉強もスポーツも さほど努力しなくてもそこそこできていたし
人に疎まれるような経験もあまりなかったから それからの日々は言ってみれば未知との遭遇ってやつだった

特に月森に冷たくされたのは心底堪えた
出会った頃から好印象を持っていたから尚更


……気づいたら好きになっていた
冷たくされて好きになるなんて今までのパターンではありえなかったのに
たくさん話をして たくさん笑いあって いつの間にかっていうのが
私の今までの恋の形だったのに

ただ 耳にする月森の噂で
ただ 時折目にする彼の姿で
そして放課後 遠くでずっと演奏を続ける月森を意識し続けて

ろくに会話もしていないのに
そうだ 私は月森が好きなんだ


確信すると もう何も怖いことがないような気がしてきた
好きだから 頑張れる
私を前にしてもやもやとした憤りを感じているであろう呼び出した先輩達も
ものすごく月森が好きだから 行き場のない思いをこんなとこで発散しようとしてる

「すみません。偉そうなこと言って。でも頑張りたいんです。
普通科だからだめなんだって言われたくないんです。そんなの悔しい。
普通科だから、じゃなくて、「日野がだめだった」なら諦めもつきます。
月森くんに対しても、同じヴァイオリンとして恥ずかしくない演奏をしたいんです。
お願いです。私に頑張らせてください。お願いします……」

頭を下げた
自然にとった行動だった

「……しょうがないわね」

顔を上げると 黒いストレートロングの先輩が私をじっと見ていた

「まるでこれじゃ、私たちがいじめているみたいじゃないの。そんなに頑張りたいなら勝手に頑張ればいいわ。せいぜい恥をかかないようにしてよね。音楽科がこんな人にセレクションの出場権を奪われたなんて言われないように。
…………行きましょ」

彼女が歩き出すと 隣で困惑した表情をしていた先輩もそれに続いた
私はもう一度 深く頭を下げ 上げた時には全員目の前からいなくなっていた


この日を境に 残り火のように時折私をひりひりさせたこちらへ向かってくる尖った視線はすっかり消えてなくなっていた
今までのはなんだったんだろうと思うほどのあっけなさ

私の心の持ちようが変わったからかもしれない
そして 多分おそらく 先輩達はもう私を呼び出さないだろう

久しぶりに 空気が肺まで届くような心地がした



数日経って 久しぶりに土浦くんが正門前広場に顔を出した

「よう」

いつもと同じ挨拶 私も手を上げてそれに応えた
たわいもないことを話したあと いきなり彼はこう言ってきた

「あー、単刀直入に聞くがな。お前、月森のことが好きなのか?」
「…何よいきなり」

土浦くんはなにやら呻きながら頭をがしがしと掻くと

「…いや、そうなのかなと、思ったんだが……」

ここで誤魔化してもよかったのかもしれない
気づいたばかりの気持ちを 心の準備もないままこんなところでいきなり告白するのもためらわれた

けれど 言った
この気持ちに対して逃げ道を作りたくないから

「うん、好き」
「…………そっか」

沈黙が私たちの間に落ちた
土浦くんは両手をポケットの中に入れて下を向いていて
私は私で初めて人前で言ってしまったことに何か達成感みたいなものを感じていた

「…………先輩?」

振り向くと冬海ちゃんが立っていた

「えっと…何かあったんですか?」
「うん…えっとね、なんていうか……」

どう説明しようかと言いあぐねていると 土浦くんが私たちの間に手をにょきっと出してきた
手のひらの上には…これはキャンディ?

「やる」

キャンディは冬海ちゃんの前に差し出されていた

「……はい」

冬海ちゃんは大人しくそれを受け取ると 私たちの前でぴりぴりと封を破り ぱくっと口に入れた
その一連の動作がとってもほのぼのとかわいらしくて うっかり見惚れてしまった

「お前もいるか?」
「…う、うん。貰う」

冬海ちゃんが口に入れたのと同じキャンディ
私も同じく封をぱりっと破って口の中に放り込んだ

「冬海。ありがとな」
「…………???」

冬海ちゃんは薄く口を開いて土浦くんを見上げた
私もなんのことかわからずに彼の顔を見たが 答えは得られず 代わりに彼はこう言った

「月森サマのお出ましだ」

土浦くんの見ている方向を確認しなくてもどちらを向けばいいかわかる
右から 彼がまっすぐ近づいてくる

「じゃ、俺はもう行くぜ。冬海、お前も来い」
「え? あ、あー……」

冬海ちゃんは腕を掴まれて あー と言ったまま連れて行かれてしまった
残るは私一人

距離にして約10m
月森がちらりと私を見た



月森は あの日1対1で演奏を聴いてもらった時と同じようにずんずんと近づいてきて 私がどう声をかけようか考えつく間もなく目の前に到着した

「一人か?」

一瞬 何を聞いているのかわからなかったほど 私は混乱していた
ありえない 今までこんなに男の子に対して緊張したことない

「先ほどまで誰かと一緒にいたようだったから……」
「あ、あー。そう、一人。私一人!」

言われてやっと意味がわかり とっさに出した声はそうとう素っ頓狂だった
しかも さっき土浦くんにもらったキャンディが寸でのところで口から飛び出しそうで 慌てて手のひらで押さえた
そのかっこ悪さに一気に恥ずかしくなる
私ったら何をそんなに力入れちゃってるんだろう
いくら相手が好きだからって こんなに自分がコントロールできなくなるものなの?

勢いに押されたのか 月森は私を見たまま黙っている
何か話をしなきゃ
何を話せばいいんだろう
えーと えーと…
そうだ!

「ヴァイオリン!」
「……は?」

ばか!
いくら月森といえばヴァイオリンだからって 単語言えばいいってもんじゃないでしょうに

だけど これが意外と効果ありだった
なぜかというと彼から話を切り出してくれたから

「ちゃんと俺の言った通りに練習したか?」
「え?」
「だから、ヴァイオリンの練習だ。君から先に言ってきたんじゃないか」

ああ そうか そういう話の振り方があった
月森はそれを聞くために近づいてきたのか

私は月森に教えてもらった後の練習の経過について 事細かに説明した

できたこと できなかったこと そのどちらでもなかったこと
わかったこと わからなかったこと 掴みかけそうになっていること

いつの間にか夢中になって話していて それに気が付いた私は咄嗟に口をつぐんだ

「なんだ、いきなり黙ったりして」
「ごめん。だってしゃべり過ぎてるかなと思って。セレクション近いし、月森くんだって練習あるでしょ?」

月森の目がギロリと私を見据えた
何? なにかまた怒らせちゃった?
でも なぜ怒っているのかわからない

きりりと引き結んだその口は ややあって何か言いたげに開いた
その時 目はもう怒っていない というよりも揺れたように見えて
何を言うつもりなのか 少し彼のことが心配になりながら私は待っていた

「……聞かれたくないのなら、俺は行く」

そう言って 本当にくるっと向こうを向いて歩き始めてしまった
うそ! ちょっと待ってよ!

もっと弱気な発言が出ると思って構えていたのに
なんてそんな凛々しく立ち去ろうとするのよ

こちらにはまったく理解できないその行動にどうしたらいいかわからず
だけど今すぐなんとかしないとまた気まずくなってしまうと思い
慌てる頭で必死に考えた

その結論

直後あろうことか 私は去っていく彼の よりによってシャツの襟首を 後ろから勢いよく掴んでいた


ぐえっ


確かに そんな声を聞いた

「な、何すっ……!」

真っ赤になって怒鳴るも 抗議の途中で咳とすりかわっている
背中を向けて苦しそうにごほごほとし それでも何か言おうとする彼を制して
とにかく思う存分げほげほさせてあげなきゃと 一生懸命背中をさすった



「止めるならもっといいやり方というものがあるだろう。
君は何を考えているのかさっぱりわからない!」

前に「思ったことがすぐ顔に出る」とか言ってたくせにと思ったのでそう言ったら

「それとこれとは違う!」

また怒られてしまった

私こそ 月森がどういう思考回路をしているのかわからない
わからないけど気になる
できることなら彼の中味を全部分解してしまいたいくらい


「聞かれたくないわけないよ。聞いて欲しいよ」

ようやっと咳もおさまり いつもの真っ直ぐ立ちに戻った彼に私は言った
どうやらこの人にはストレートにものを言わないとわかってもらえなさそうだから

でも せっかく素直にお願いしたのに月森はかわいくなかった

「他に聞いてくれる奴がいるだろう。たとえば土浦とか」
「それってジェラシーだったりして?」

ちょっとくらい動揺させようといたずら心を出してみたけれどあっさり失敗した

「違う」
「そんな即座に否定しなくてもさぁ〜」

冗談で言ったとはいえ まるきり期待していなかったわけでもなく
あまりあからさまにならないよう 口を尖らして明るく不満を言って
残り半分のがっかりは心の中で消化した後 気を取り直してもう一度お願いすることにした

「でも、月森くんに聞いてもらいたいんだ。同じヴァイオリンだし、この前教えてくれたのもすごく参考になったし、あ、私の演奏も聴いてくれるともっと嬉しいんだけどな。どう変わったか一発でわかるから。……あ、でもこれってちょっと甘え過ぎ? 一応私も月森くんのライバルになるんだもんね」

ダメならいいんだ と付け加えると
月森は咳をひとつした

「もし、君…日野さんが俺のアドヴァイスを欲しいというなら屋上で話さないか?
……ここだと人目があり過ぎる」

そうかな?
周りを見渡すと 確かに敷地の広さに比例して生徒の数も多いかもしれない
でも屋上だって人数こそここより少ないとはいえ
密度はあっちのほうがありそうな気がするんだけど

賛同していないのがわかると 彼は俯いてぽそりと漏らした

「落ち着かないんだ。ここにいると…」

そう言うなら反対する理由もない
私は彼の後について屋上のある音楽科校舎へと足を運んだのだった




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