「先生!恋人はいますか?」
「居る!以上!」
少しの沈黙の後
キャー! ワー!
教室の中を埋め尽くすような歓声が上がった
1年E組 氷室学級
それまで 期待に満ちた眼差しを担任教師に向けていた生徒らは
簡単かつ簡潔なその返答に驚きつつ
その内に抑えていた興奮を表に出すチャンスとばかりに大騒ぎをした
「静かに!」
ぴたりと音が止む
「聞かれたから答えたまでだ。以降、このようなくだらない質問は受け付けないからそのつもりでいろ」
HR解散を告げ 氷室零一は教室を後にした
職員室に向かって歩き始めると 隣のクラスの担任教師が
いつの間にか隣に並んで歩いていた
「珍しく先生のクラスが賑やかでしたね。一体何がおありになったんですか?」
好奇心丸出しの顔が ひょこっと氷室を覗きこむ
昨年に引き続き 氷室と同学年を組むことになったこの男は
かなりの話好きで 時折氷室を辟易とさせた
だが 人は良いし 年齢も近いということで
氷室にしてはかなり仲良くしている部類の人間なのであった
「…面白がってるな? ……何でもない。入学したてで生徒たちは皆、興奮しているだけだ」
「何だその答えは。相変わらず変な奴だな」
「俺がか?」
「お前がだ」
むっつり黙り込んだ零一を 男はおもしろそうに見て ぽんと肩を叩いた
「安心しろ。お前は良い教師だ」
「…わかっている。そうである為に常に努力を惜しまない」
いつもの氷室節に 男はさらに笑顔になった
「まったく、こんなお前と付き合う彼女もエラいよ。俺は尊敬するね」
「…!! 学校でその話はするなと言ったはずだ!」
「聞かれたら答えるくせに」
「俺は嘘をつくのは嫌いだからだ!」
「あ、さては……生徒たちに質問されたな?」
「………………」
「そしてバカなお前はあっさり答えた。そうだろ?」
アッハッハッハッハ!
廊下中に笑い声は響き渡り 周りの生徒たちが何事かと振り返る
「氷室先生、がんばってくださいね」
その口調とは裏腹に今度はからかうような調子でぽんぽんと氷室の肩を叩いて
彼は職員室とは別の方向へ足取り軽く曲がっていった
後に残されたのは 口をへの字に曲げた氷室零一29歳
昨年度まで自分の生徒だった”彼女”とは 付き合い始めて8日目のある春の日のひとこまである
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