美しい人
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聖地に来て 仲間だという守護聖様方にお会いして初めに思ったこと 「みんななんて綺麗な人たちばかりなんだろう……」 噂には聞いていた 見たこともないほど美しい人ばかりが集う場所 聖地 それは 昔から語り継がれてきた童話のように 幼い頃 母様が歌ってくれた子守り歌にあるように 今まで それは夢物語だと思っていた 現実に存在しているかもしれないなどと 少しも考えたことはなかった なのに こうして神のような人々があろうことかこちらをじっと見つめている それどころか これからこの中の一員になるだなんて 「マルセルと申します。よ、よろしくお願いします……」 声がうわずってしまった 続く言葉が出ない 最初にきちんといい印象を持ってもらおうと思ってたのに はりきってご挨拶の練習だってしてきたのに しかし この圧倒的に迫力のある方々の前で普通になんて ちょっと無理だ 下を向いてしまった僕に カティス様が隣で 「大丈夫だ」 と声をかけてくださった その言葉に勇気づけられ前を向くと 皆の視線はすでに陛下のほうに向けられていた あわてていずまいを正す 陛下のお言葉を頂戴する そのお姿全体がショールに隠れて見えない だがよく見るとその隙間から金色に光るものがみえた (……僕と同じ金色の髪の毛をお持ちなんだ……) その声は若い女性のものでありながら 圧倒されるほどの威厳がある だが 同じ髪の色だからだろうか 親しみを感じた この方が宇宙を支えていらっしゃるのだ 僕はこれからここで 陛下のもとで 宇宙を守る 僕と歳の近そうな方から順々に 守護聖様がご自身の司る力と名前を教えてくれた その中でひときわ僕の目を引いたのは 安らぎを与える闇の守護聖 クラヴィス様だった ランディとはすぐに仲良しになった 一番最初に声をかけてくれて それにいつも明るくて元気で お兄さんができたみたいでうれしかった ルヴァ様やリュミエール様もすごく優しくて オリヴィエ様の化粧と話し方にはびっくりしたけど 一ヶ月経った今ではまったく気にならなくなった 少しとっつきにくくて 最初 「ばか」とか「うるせー」しか言わなかったゼフェルとも 少しずつ打ち解けてきて 最近は ランディと三人で(ゼフェルは嫌がるけど)よく一緒に遊んでる ジュリアス様やオスカー様はちょっと怖いけど 初めてのことばかりの僕にとてもよくしてくれていて 僕はだいぶここに馴染んできたなって思ってた でも クラヴィス様は クラヴィス様だけは いつになっても僕と話をしてくれない それどころか どこでお会いしても 僕の挨拶に知らんふりされてしまう クラヴィス様は 僕を避けているのだろうか だとしたら なぜ……? 気づかないうちに 何かお気に障ることをしてしまったのかもしれない でも それがなんだか いくら考えてもわからない ここに来て2日目に カティス様との引継ぎの合間を縫い ディア様に付き添われて 守護聖の皆さんの執務室にご挨拶に伺った クラヴィス様はディア様と僕が部屋に入っていっても 机の上の水晶球から目を離さない すごくドキドキして逃げ出したくなった クラヴィス様は僕のことが気に入らないのだろうかと 不安になった 最初に謁見の間でお会いしたときも 僕のほうをまったく見ようとしてくれなくて 「……クラヴィスだ……闇を司っている……」 と そっぽを向いておっしゃった 他の方は皆 まっすぐこっちを向いて言ってくれたのに ここでもまた クラヴィス様は 顔を上げてくれない ディア様がひととおり僕のことを紹介してくれても じっとそそがれる視線は水晶球に行くばかりだ ディア様がそっとため息をついて 僕に自己紹介をするようにと目配せをした 今ここで話すのは なんだか怖かった ものすごく拒絶をされている気がして なかなか口を開くことができない 「あ……の…………」 勇気を振り絞って 声を出してはみたものの 言葉が後に続かない 見かねたディア様が何か言おうとしてくださったその時 「……緑の守護聖よ……」 身体がビクッと跳ね上がった さっきから背中に嫌な汗が流れて気持ちが悪い クラヴィス様がゆっくりと顔をあげ まっすぐに僕を見つめる 「見つめる」というよりも それは「睨んでる」に近くて やっと自分のことを呼んでくれたとしても 僕を見てくれたとしても 怯えてしまって 全身が硬直して 返事を返せない そんな僕を気にすることもなく クラヴィス様は言葉を続けた 「私は邪魔をされるのは好かぬ……以後用無きときはここに近づくな……」 ……そしてまた 視線は元の場所に戻ってしまった ディア様に促されて執務室を後にした ここに来て 初めて泣いた 昨日もおとといもずっと 夜寝る時にだって 泣かないようにって がんばらなくちゃって 思ってた けど しゃくりあげて 幼い子供のように くやしくて 悲しくて どうしても涙が止まらなかった それからずっと ひとことも話さぬまま 気が付いたら 一ヶ月が過ぎていた カティス様がいない今 緑の守護聖は僕だけ このようなわだかまりを残したまま 毎日が飛ぶように過ぎていく 「そっかぁ、マルセルちゃんたらそれをずっと気にしてたんだ」 オリヴィエ様がカップから紅茶をくいっと一口飲んでおっしゃった 「あのっ、気にしてるっていうか、どうしてなのかなって……」 一瞬 オリヴィエ様も ルヴァ様も 表情が止まった でも またすぐに オリヴィエ様はおどけた調子で続けた 「クラヴィスって〜、いっつもああなのよ〜ほんっと暗いんだから」 「あーオリヴィエ……マルセルの前でそんな…………えーとですねー クラヴィスはけしてあなたのことを嫌いだとかそういうのではないんですよー。 ないんですがね……うーん、ちょっと彼は内向的な所があって……」 僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか 二人とも 話をそらしているような気がした ルヴァ様の所で三人でお茶を飲んでいる時 ふいにクラヴィス様の話題になり つい 悩みを打ち明けてしまった 二人は一生懸命に僕をなぐさめようとしてくれる 元気になりたくて あの時 執務室にご挨拶に伺った後も ディア様の側でいっぱい泣いちゃったから こんなことじゃだめだ 僕はもう守護聖なんだからって でも 悲しい気持ちは拭い去ることはできない 今まで誰からもこんな風にあからさまに拒絶されたことはなかった 初めて会った時 正直(月の神様みたい)って思った そのお姿は威厳があって 美しくて それに 低くやわらかく包み込むような声 長く伸びている黒髪も見るのは初めてで その少しうつむいた横顔にみとれてしまった だから すごく 仲良くなりたかった 近づきたかった だけどいつの間にかこんなことになってた あんな風に睨むなんて 嫌いだからだ 僕のこと嫌ってるから オリヴィエ様もルヴァ様も はっきり言えないんだ また 涙が出そうになった でも もうさすがにここでは恥ずかしい ぱちぱちっとまばたきしてこらえる 「あらっ、リュミちゃ〜ん、いらっしゃい」 「遅くなって申し訳ありません」 水色の髪の人 リュミエール様だ すごくすごく優しい人で 怒ったところを僕はまだ見たことがない リュミエール様の髪の毛もクラヴィス様と同じく 長くて綺麗で クラヴィス様はいつもリュミエール様と一緒 リュミエール様にはお優しいのかな クラヴィス様…… 「マルセル、どうしました?」 リュミエール様が僕の顔を覗き込んできた 心配してくれるその顔はとても儚げで クラヴィス様とリュミエール様がお二人でいらっしゃる所なんて あまりにも似合いすぎる その雰囲気も お姿も 絵になる クラヴィス様がこの方を お側に置いておきたいって そう思うのも無理ない お腹の中が少し沸騰してきたような心持がした これは何だろうか 「怒り」だろうか 何に対して? 誰に対して? 「クラヴィス様は……リュミエール様に怒ったことありますか!?」 リュミエール様はぽかんとしてる 最初から話に加わっていなかったから 何を言っているのかわからなかったらしい 僕はどうしちゃったんだろう こんなこと言ってどうしようっていうんだろう あっけにとられてるリュミエール様をみているうちに この自分の態度が とてつもなく子供だってことに気がついた これが八つ当たりでなくてなんだというのだろう 「すみません! 失礼します!!」 僕は全速力でその場から逃げ出した 常に薄暗い執務室には 日の光など ここしばらく差し込んでいない クラヴィスは日中 たいていの時間を 水晶球を見つめて過ごす 天変地異や ありとあらゆる突発的な出来事など 宇宙の存続に関わる物事が この球に映し出される 見たい見たくないに関わらず それはクラヴィスの前に あますことなく さらけだされる 今日も執務机の上には 水晶球が置かれてある しかし 今のクラヴィスはまったく見る気がせず 何をするともなく 入り口のドアを見つめていた 考えごとは 身体に悪い 嫌なことばかり思い出される クラヴィスは ひと月半ほど前のある日のことを思い返していた あの日 私はいつものように水晶球の前でぼんやりとしていた 身体中がだるく 重く感じられる日だった いや 昨日も おとといも 一年前も そのずっと前から 希望を失ったあの日から 生きることすらも放棄したいと思っていた そんな私の目の前で 水晶球は突然光を宿した それが徐々に形を成していく 金色の髪が揺れている 真っ直ぐな長い髪 「……アンジェリーク…………」 ふと 陛下の女王候補時代の名前が口をついて出た ここしばらくは映し出されなかったもの きまぐれに 持ち主の心の内を呼び覚ます水晶球 (私はまだ…………) 苦い思いで見つめ続ける 少しづつその髪の主の全身像が明らかになってきた 「…………?」 ズボンをはいている このような服装で登場するのは初めてだ いぶかしく思い 顔を近づけてよく見ようと試みた その人がさらりと光を散らしこちらを振り向いた 「…………」 知らない男の子だ そしてあろうことか こちらを向いて うれしくてたまらないという顔で笑った 「……!」 胸を掻き乱される この子は 彼女に似ている 生気にあふれるその姿は その笑い顔は 万物への愛で その小さな身体いっぱいに満たしていた かつて愛した 現女王であるアンジェリークの その姿に…… すぐにわかった 謁見の間で 次代の緑の守護聖の姿を見た時に 水晶球がなにを見せたかったのか その時 やっとわかった 己の想いにとらわれて 読み損なっていた 普段の自分なら すぐに気がついただろうに 新しい守護聖の誕生を しかし 大したことではない 知っていたところで 誰に言うでもない (似ていないではないか……) そこにいるのはおどおどした子供 自分を惑わした その金の髪も 後ろでひとつにまとめられていた 顔の造作も 彼女とは似ても似つかない あの時はどうかしていたのだ 体調も悪く 疲れきっていた 今だって 許されるなら すぐにこの場からを出て行きたいというのに 自分の愚かさを知るのは もうたくさんだ 謁見の間にいる間 くだらぬことばかり考えていた このような私など はやくサクリアが消えて無くなってしまえばいいのに 私という入れ物は すでに使い物にならないはずだ 生きる気力をなくした男に 宇宙はいったい何を望むのだろうか…… クラヴィスは力無く目を閉じた その時 コンコン とドアをノックする音がした 「マルセルです クラヴィス様 いらっしゃいますか」 「………………」 緑の守護聖……何の用だろうか クラヴィスは思考を破った音のするほうを 険を含んだ目で見つめた 入れるか入れるまいか 考えていると 「失礼します」 いいも悪いも言わないうちに 彼は入ってきてしまった なんという子供だろうか 今だかつて こんな傍若無人に振舞われたことは ないというのに 現れた幼き緑の守護聖は クラヴィスの前で頬を紅潮させ 思いつめた顔をしていた とにかくこんなことをされて不愉快だということは 言わなければなるまい クラヴィスの口は拒絶の言葉を吐き出した 「……誰が入っていいと言った…………帰れ」 「帰りません! 僕は……僕は クラヴィス様が 好きです!!」 闇の守護聖クラヴィスの口が 小さくぱかりと開いた (突然何を言い出すのだ。この子供は……) 返事も聞かないうちに 扉を開けたと思ったら いきなり 好きだなどと言われて クラヴィスは 面食らってしまった (私を好きだと……?) この子供に好かれるようなことをした覚えは無い むしろ 嫌われて当然の振る舞いをしてきたはずだ 執務室に来るなと言い 廊下ですれ違っても ことごとく無視をしてきた というよりも 視界に入れないようにしていたのだ にもかかわらず 現に今 マルセルはクラヴィスの目を見て クラヴィスが好きだと 言っている 「クラヴィス様は、僕のこと、お嫌いですか……?」 その瞳が可哀相なほど不安げに揺れている もともと マルセル自身を好きも嫌いもないのだ 過去の傷を蒸し返され それに動揺している自分自身が忌々しいのだ この子になんの罪も無い どうして 自分を好きだと言うのかわからないが これ以上 大人げないことを続けるのはばかばかしい クラヴィスはため息と共に瞳を閉じ 再びゆっくりと開いた 「……嫌いでは……ない…………」 その途端 ぱああっと花開くように マルセルが笑った すぐ目の前で 徐々に 鮮やかに 変化していく表情 クラヴィスはとっさに いつか水晶球で見た笑顔と比べてみたが 今 ここにいる彼はそれよりももっと 痛いほど眩しかった 「嬉しいです、クラヴィス様! 僕、クラヴィス様に嫌われてるんじゃないかって ずっとずっと、悩んでて……っ」 そして たかたかたかっとクラヴィスに近づくと がばっと 首に両手を回して抱きついた ふいをつかれて クラヴィスは困惑した 突然のことに 避けようもなく マルセルの身体を 受け止める形になってしまった 今まで こんな風に好意を示されたことは なかった あの アンジェリークでさえも 抱きとめた身体が直に温もりを伝えてくる そして彼からはいい香りがした 何の匂いだろうか 花のような…… 男のくせにとクラヴィスは思ったが そう思いつつも 少しだけ 相手にわからない程度 首元に顔を埋めるのだった やわらかそうな金色が目の前にある 水晶球で見たときは アンジェリークに似ていると思ったその髪は 近くで見ると かなり明るい色をしているのがわかった (似ていないではないか) そのひとすじを手にし クラヴィスは かすかに笑った 次の日のルヴァのお茶会に 珍しい客人が現れた その人たちを見た瞬間 それぞれの動きが 5秒ほど止まった 黒い髪の 大柄な男 そしてその腕を引っ張る可愛い男の子 ある意味とってもお似合いだが 見たことの無い組み合わせに 皆 すぐに声をかけられなかった しかし オリヴィエはピンときた (アララ〜、あの二人、なんだかうまくいっちゃったんだねェ) マルセルが突然お茶の席を飛び出していった後すぐ 落ち込んでいるであろう マルセルの執務室を訪ねていった 「さっきはごめんなさい……」 としおらしく謝る彼がかわいくて 頭をいいこいいこしながら 教えてあげた 「アンタはリュミちゃんに嫉妬したんだよ」 (ま、ワタシがやったのはそれくらいなんだけどね) ふと隣を見ると リュミエールが彼らを見て微笑んでいる (あれ?) オリヴィエはそんなリュミエールを不審に思った この状況に動じてないということは…… 「リュミちゃ〜ん、何か知ってるね?」 「ふふふ……内緒です」 (あの様子ですと、告白がうまくいったようですね。 さぞやクラヴィス様も驚かれたことでしょう。ふふふ……。 マルセルの影響であの方も明るくなられるでしょうし、喜ばしいことです) なんだか一人で楽しそうなリュミエールを見て オリヴィエは憤慨する 「もうっ、1人で楽しそうにしてるんだから。 本人に聞いちゃお〜っと。クラヴィ〜ス! マルセ〜ル!」 オリヴィエが 鮮やかな色のマニキュアを施した手をひらひら振ると マルセルが大きくぶんぶんと振り返し 嫌そうにしているクラヴィスの腕を両手でぐいぐいと引っ張って みんなの前まで連れてきた そこでやっと我にかえったルヴァが 歓迎の言葉を言う 「いらっしゃい〜。クラヴィス、マルセル。よく来てくれましたねぇ」 「こんにちわ、ルヴァ様」 「………………」 なんとなく気恥ずかしいのか クラヴィスはあらぬ方を向いている オリヴィエは 居心地悪そうにしている彼にからかい気味に尋ねた 「マルセルと一緒なんてェ、珍しいじゃな〜い。どういう風の吹き回し?」 クラヴィスは ため息まじりにぼそっとつぶやいた 「……なつかれた……」 「くっくっくっくっ……」「ふふふ……」「くすくす……」 あまりのクラヴィスらしからぬ発言に そこにいた全員 笑いを堪えることができなかった 憮然とするクラヴィス マルセルまで笑っている 「……何がおかしい…………」 その場の皆に笑われて 自分一人愉快じゃない 闇の守護聖であった |