恋しくて 2



夕方 ルヴァの執務室の前で 私はじっと佇んでいた
鼓動がひっきりなしに私を脅かし
走ってきたわけでもないのに 体中から汗が出るような気がしている
ごくりと唾を飲み込んで それでも力の入らない両手を握りしめた


どうかしている
ほんとにどうかしている


なぜこんなにも私は緊張しているのだろうかと思う
たかが 好きだ と言いに行くだけで

今までの私だったら 相手のことを好きだと思った瞬間 口にしていた
それが男でも女でも関係はなかった
いや 正確に言えば 男の場合はその気のある奴しか心動かされなかったが


恋が始まるまでのやりとりが楽しい
その気があるようなセリフを投げかけ 受け止めたであろう相手の反応を見る
その反応の仕方が好みに合っていて 尚且つそれが自分の心臓を跳ねさせたならば
その一瞬 恋に落ちる
後は いかに効果的に相手を口説くか考えるのだ
もちろん 先に口説かれることもある それも悪くない


私は 恋愛が好きだ
恋は楽しい
その終焉を見届けて 離れたぬくもりを思い出すときでもなお
その辛さを跳ね返し 未来に会う人たちを思ってときめいていた
人を好きになることをやめようなんて思ったことはなかった

来るもの拒まず 去るもの追わず
それが私のモットーであり 信念でもあった
だからこそ 恋愛そのものを楽しめたのかもしれない
それが 私のやり方だし 満足もしていた


なのに今の私は 効果的に相手を口説くなんて余裕がこれっぽっちもない
もし拒まれたら と考えただけで 冷たいものが胃の腑に落ちるような気がする
きっとみっともなくうろたえてしまう
柄にもなく 足が震えていることで おおよそ予測できるというものだ

怖い 怖くて仕方がない



「おい、どうした?」

その 聞き慣れた声に 私ははっとして振り返った
あまり勢いよく首を振ったために イヤリングの端が首を打つ

「オスカー……じゃないか」
「なんだお前、手、どうかしたのか?」

そう言われて初めて
右の手首を左手で強く握りしめていたことに気がついた
私はきまり悪くなり 話を逸らそうと努める

「なんでもないよ。今日はやけに優しいじゃないか。
なんならこれからアンタとデートしてやってもいいけど?」
「はっ、お断りだな。上等な酒でも持ってくりゃ話は別だけどな」


この赤毛の男 炎の守護聖オスカーはそう言って ウィンクをした
こいつは自分の格好良さをよくわかっていて
それを効果的に使うやり方を心得ている
憎らしいのは それを誰にでも向けるということだ
それこそ老若男女 すべての人々が彼の守備範囲らしい

一度それをオスカーに言ったことがあるが そのときこう切り返された

「なら、お前もそうだな」

最初反発をしたが 後で納得した
常に格好いい自分でいたい
ある意味 私もオスカーも 自分が一番好きなのだ


「じゃあな」

オスカーは右の人差し指と中指を揃えて額に掲げ
唇からこぼれた白い歯をキラリと光らせて去っていった

「相変わらずキザな男……」

私は呟いて ちょっと笑った
少しだけ気分が軽くなる
再び執務室の扉に向き直り 大きく息を吸い込んだ
勢いをつけ ちょっと乱暴にノックする

「ルヴァー、いる?」

いつもの通り 返事も聞かず扉を開けた
そこには 予想と違わず 部屋の主の姿
地の守護聖の人の良い笑顔
彼は一人きりで 机に向かっていた

「あ〜、オリヴィエ。いらっしゃい」


私はつかつかとヒールの音をさせて彼の前まで歩み寄った
そして 綺麗に笑ってみせようとした
けれど 顔の筋肉が萎縮してしまって 無理やり口の端を上げただけに留まってしまった

「どうしたんですか〜? こんなとこに……」

ルヴァは立ち上がり 私のほうへ腕をすうっと伸ばした
あっと思う間もなく 彼の中指が私の眉間に触れた

「こんなシワを作って、何か悩み事ですか?」

心底心配そうな顔 溶けそうなほど柔らかい声
私のシワが更に深くなる
本気で どうしたらいいかわからなくなった


「オリヴィエ? あ〜、とにかくこっちに来てお座りなさい。
私でよかったらお話を聞きますから、ね?」

そう言いながら ルヴァは私の所まで来て腕を引っ張り
彼自慢の 立派な本棚の側の椅子に座らされた

ルヴァは 執務机にいないときは必ずここに座っている
お茶の用意をするからと彼が場を離れた後
私はぼんやりと思い出していた


本を片手に こっちにはまったくわからない説明を延々と続けるルヴァ
読んでいる本に夢中になって 何度呼んでも気がつかないルヴァ
人に脚立を支えろと頼んでおきながら なかなか降りようとしないルヴァ

そんな色々に対して文句を言うと 必ずあののんびりとした口調が返ってくる

「ああ〜、すみませんねぇ、オリヴィエ」

私は 彼が私の名前を呼ぶのが心地よかった


私は立ち上がり なんとなく 近くにあった本の背表紙を人差し指で撫でた
この 今施してあるネイルとその古びた本とはまったく相容れなかったけど
にこにこと笑って本の表紙を撫でるルヴァの姿が目に浮かび
それと今の自分の仕草がダブった

(また……)

右手首がじわりと痛んだ
なんだか わけもわからず 切なかった





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