ホンのはずみ



「おい、オリヴィエ。今日ちょっといい酒が手に入ったんだ。今夜飲みに来ないか?」

執務室にいきなり入ってきて そんなおいしい誘いをする同僚にオリヴィエは
右眉をぴくりを上げていぶかしげにオスカーを見上げた

「アンタ……さては女に振られたね?」

女に振られたなど オスカーにとって普段なら聞き捨てならないセリフだが
それに怒りもせず そのどこまでもうすいブルーの瞳でオリヴィエを見つめた

「なんでそうなるんだ。俺がそんなヘマをするわけがないだろう?」

そう言うオスカーは余裕の表情だが オリヴィエは鼻であしらった

「フンッ、たいして違いはないだろ? 大方、かわいがってたメイドが外界に帰った
とかそんなとこじゃないのかい?」

ぐっ と黙り込むオスカーを面白そうに見てオリヴィエは立ち上がった

「行ってやるよ。かわいそ〜なアンタのためにね」

そう言って つかつかとオスカーに近寄り そのがっしりとした肩を抱いた
側でにやりと笑うと オスカーは心の底から嫌そうな顔をし
置かれた手をぽんと払うと「じゃあな」と言って 執務室から出て行った


「素直じゃない男だよ。まったく」

オリヴィエは 両手を腰にあてて出て行った扉を見ると
オスカーの言う「ちょっといい酒」を思い出してほくそ笑んだ

(あ〜、楽しくなりそうだねェ、今夜は)



「はぁ〜い。おっじゃま〜〜!」

きらびやかな衣装でアクセサリーをジャラジャラつけた
正装に負けないほど派手なオリヴィエが ひらりとオスカーの私室に入ると
部屋の主はもうすでに酔っ払いと化していた

「ああっ! アンタもう飲んじゃったの?」

オスカーの手にはワインの瓶 中身はすでに空っぽ

「しかも、ラッパ飲みですって? なんって下品なのよっ、このバカ男!」

楽しみをあっけなくふいにされて オリヴィエの機嫌は急降下した

「バカ男だと? お前が遅いからだ。どこほっつき歩いてんだよ、この極楽鳥が」


近年まれに見るオスカーの酔いつぶれた姿 その目は完全に据わっている
全宇宙の女性の憧れと自負しているはずの本人にしては
なにかを放棄したとしか思えないその態度

それをオリヴィエは腕を組んで冷ややかに見つめた

「出がけにさ、アンタのだ〜い好きなジュリアスが来たのよ。急ぎの仕事持ってさぁ。
それに時間取られちゃったってワケ」

「ジュリアス様が? なんでお前のとこなんか来るんだよ!」

女王陛下以外に 上司であるジュリアスにも忠誠を誓っているオスカーは
それまでイっちゃってた瞳を 即座に鋭いものに変えた

「知らないわよ。アンタが役にたたないからじゃないの?」

それを聞くと オスカーの赤い頭はがっくりと垂れ下がった


(アラ? なんかかわいいじゃない……)

オスカーのつむじを見ながらオリヴィエは思った
本当は オリヴィエ自身にしかできない内容だったからジュリアスは来たのだが
うなだれている様があまりにも情けなくて本人らしくないため 言わずにいることにした

(普通ちょっと考えればそう思うだろうに、こいつ、そうとう参っているようだねェ)

オリヴィエは 丸まっているオスカーに近づき その場にしゃがむと
ひとさし指で頭のてっぺんのうずまきをつっついた

つん つん つん つん つん……

「……何してるんだ、オリヴィエ……」
「こうするとねェ、お腹こわすんだって」
「だからっ!?」

オスカーは右腕でオリヴィエの手をを振り払うと ギロッと相手を睨みつけた

「オスカーってばこわいこわ〜い」
「お前のせいだろうが!」


オスカーに本気で睨まれたら たいていの人は怯えた小動物のようになってしまうのだが
オリヴィエはひるまず 逆に真顔で見つめ返してこう言った

「何があったのか、アタシに話してよ。ちょっとは楽になれるかもしんないよ」



「要するに、振られちゃったワケね」
「要するな!」

オスカーは 身の回りを世話する担当のメイドに手を出して
そして柄にも無く本気になり そして昨日
予定の3ヶ月が終わってあっさりと帰られてしまったのだ



「俺は断じて振られたんじゃないぞ。これは仕方ないことなんだ」

今度はちゃんとグラスに酒を入れて それを片手にオスカーは言った

「じゃあ、なんで本気で好きになんかなっちゃったのさ」

「こうなることはわかってるのに」と オリヴィエは窓から見える暗い空に視線を移した
オリヴィエ自身も経験のある辛い思い出がよみがえる
いや 守護聖全員 女王陛下も補佐官も何かしらの形で同じ思いをしているはずだ


しばらくの間 二人のいるその部屋は 沈黙に包まれた
オスカーも オリヴィエも それぞれの思考の中に意識を彷徨わせていた

「すごい……いい娘だったんだ……。俺の言うこと何でも笑って聞いてくれて、
素直で、明るくて、本当にかわいい娘だったんだ……」

そのままだいぶ時間が経過した頃 オスカーがひとりごとのように語り始めた
オリヴィエは黙って聞いている

「お前に言ったことなかったが、ここに来たばかりのとき、好きな人ができた。
本当に好きだった。……しかし、やはり3ヶ月したら帰ってしまった。
俺達にとって3ヶ月っていう期間は悪魔のようだな、オリヴィエ。
俺はこのときほど、聖地が嫌いになったことはないぜ」
「オスカー……」


オリヴィエはどういう言葉を返すべきかと困っていた
守護聖が聖地を嫌いだと断言するのは オリヴィエといえども躊躇する


聖地が外界よりも早く時間が過ぎるのは
力を失わない限り 永遠ともいえる時を過ごさなければならない
サクリアを持つ人々に対する遥か昔から受け継がれた女王陛下の配慮なのだ
そして 聖地に住む一般の民の滞在期間も厳しい規律により決まっていた


ゼフェルあたりなら 若さゆえか平気で口にする言葉
しかしオリヴィエは そんな時期はとうに過ぎてしまった
これはオスカーにとってもそうだったはずなのに
それほど今回のことが堪えているということか


「その点、守護聖同士はいいよな。お前といつでもこうして酒が飲める」

オスカーは片方の口の端を少し上げ オリヴィエに向かってグラスを突き出した

「ワタシともいつまでも、っていうワケにはいかないんだけどね」

オリヴィエはオスカーのグラスに酒を注ぎ足しながらそう返した

「めずらしく否定的なセリフだな、オリヴィエ。お前も酔いがまわったか」

今度はオリヴィエが黙る番だった
とっさに出てしまったものは取り返せないが 本心からということは間違いなかった

「アンタが馬鹿なこと言うからだよ。こっちまで湿っぽくなっちゃったじゃないか」

ふーん というようにオスカーがオリヴィエを見た

「お前も人の子だな。俺と離れる日が寂しいか?」

からかうような視線に ムッとなったオリヴィエはずいっと立ち上がった

「アンタさ、バッカじゃないの? ワタシはねェ、来る者は拒まず、去る者は追わずなの。
どっちが先にここを出るかわかんないけど、そんときゃそんときさ」

そう言って ずんずんと扉へ向けて歩き出した

「おい、帰るのか?」

オスカーも立ち上がっていた

「帰るよ。……それとももうちょっと一緒にいて欲しい?」

後半は笑みを含んだ調子で言い放たれた

オスカーが黙っていると オリヴィエはさっさとノブをまわして
扉の向こう側に行こうとした

「ま、待て!」
「んふ〜、寂しいんだ。ワタシがいなくなると」
「違う。違うんだが……もう少し、ここにいてくれないか?」


オリヴィエは呆けたように その場に立ちすくんだ
普段は身体も態度も大きいオスカーが小さな少年のように見えた
だから 近づいて 赤い頭を両手でつかんで

つん つん つん つん つん……

「やめろ!」
「あ、ごっめ〜ん。つい、ね」
「つい、じゃない! 爪が当たって痛いんだ。馬鹿」


怒っているオスカーをそのままに
オリヴィエはくるっとむこうを向くと 酒の入った棚を物色し始めた

「これと〜これと〜、あ、こ〜んなのあるんじゃな〜い」
「ああっ、それは俺の大事なジュリアス様にもらったやつじゃないか!」
「『俺の大事な』ってどこにかかってんのかしらね〜、おお嫌だ」

ジュリアスにもらったというそれを持ち
くるくるとまわってオスカーから逃げるオリヴィエ

「何言ってんだ! 返せ、こらっ」



その後 オリヴィエはまんまとそのジュリアスからの品を飲むことに成功し
オスカーも一緒になって瓶を空っぽにした

1時間後 二人は揃って床の上に大の字になってへべれけになっていた





時間はとうに真夜中を過ぎていた
オリヴィエがオスカーの部屋を訪問したのが10時頃
飲み始めてもう3時間が経とうとしている
それなのにこうして床に転がっていても どちらも眠らずにいた


「あ〜もうダメ、ア・タ・シ。きっとお化粧も崩れちゃってるわねェ」
「なら、落としてこいよ」
「だってアンタん家、クレンジングなんてあんの?」
「あるさ」

オスカーは ふらりと起き上がると部屋を出て行き
そして何かを手に持って戻ってきた

「ほら、これを使え」

オリヴィエは寝転がりながらそれを受け取り 顔の前に持っていってじーっと見た

「なんでこんなのがすぐ出てくんのさ。誰の? これ」
「あの娘の形見」
「ふ〜ん……じゃ、遠慮なく使わせてもらうわ」
「ああ、盛大に使ってやってくれ」



「お待たせ」

化粧を落としたオリヴィエが戻ってきた
ソファに座ってぼんやりしていたオスカーは雰囲気の違いに お? という顔をする

「なんだ、やけにあっさりした姿だな」

オリヴィエは 化粧を落としただけでなく
身につけていたたくさんのアクセサリー類も外していた

「あっさりしてて悪かったね」

そう言ってオスカーの隣に座ると 借りていたクレンジングを差し出した

オスカーはちらっとそれを見たが 手は出さなかった

「それ、やるよ。俺が持っていても使わないしな」
「だって、『形見』なんでしょ」
「俺には必要ないからな……」
「じゃあ、もらっとくわ。サンキュ」

オリヴィエは たぶん使わないだろうと思ったがそう言った


しばしの静寂の後
ふいに オスカーがオリヴィエの肩を抱いた

「なあ、オリヴィエ。俺のこと慰めてくれないか?」

オリヴィエは 眉根を寄せてオスカーを見た
オスカーの方は真面目とも冗談ともつかない顔でオリヴィエを見返す

「慰めるって、どういうふうによ」
「こういうふうにだよ」

オスカーは素早く オリヴィエの唇に唇を重ねた


「ちょっと待って!」

オリヴィエは両手でオスカーをぐいっと押し返して 相手を睨みつけた

「アンタ、いったいどういうつもりなのさ」
「だから、こういうつもりだって言ってるだろ」

再度 オスカーの顔がオリヴィエに近づこうとした


バチン!

オリヴィエの平手が飛んだ

「痛え……」

頬を押さえるオスカーはそれでも不敵な笑みを浮かべている

「ちょっと! 失礼だと思わないの? 何? ワタシはアンタの大好きだった
この娘の代わりだっていうの?」

そう言ってオリヴィエは手にしていたクレンジングを前に差し出した

オスカーはその手からそれを取り上げると 側のテーブルの上に放り投げた
ゴロンと音がして 投げられたチューブが転がった

「代わりじゃない。だが、俺にもよくわからない」
「…………」


うつむくオスカーが途方に暮れているようにオリヴィエには見えた
それが彼特有のフェイクだとしても 心が揺さぶられた

「わかった。アンタを慰めてやろうじゃないの」

顔を上げたオスカーの瞳をじっと見た

「その前にちょっと聞くけど、ワタシは男だからね」
「ああ、知ってる」
「それでもいいのね」
「ああ」
「アンタの望みどおり慰めてやるけどそのかわり、ワタシの好きにさせてよね」
「わかった」
「後悔しても知らないよ」
「お前こそ、後悔するなよ」
「当たり前でしょ」

そして 今度はオリヴィエの方からキスをした





翌日 オスカーが後悔したかどうかは 神のみぞ知る……





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