決意


「お前、研究院辞めてどこへ行くつもりなんだ?」


エルンストの唯一の親友 ロキシーは強い口調で目の前の人物に詰め寄った

「今はまだ……わかりません」
「わかりません、だと? 俺を馬鹿にしてるのか!」

ロキシーはエルンストの胸元を掴み ぐいっと締め上げた
しかし エルンストは半ば相手を睨むような顔で見上げている

「私を一人にしておいてくださいませんか、ロキシー」


睨みあいが続いた
エルンストの口は真一文字に結ばれ これ以上話をするつもりがないことを示していた

(いつもそうだ。こいつがこんな顔をするときは何言っても無駄なんだ)

ロキシーは掴んだ手を離した

「すみません……」

エルンストはうつむいてそうつぶやいた

「行けよ。……そのかわり、気が済んだら戻って来い。
研究院にはまだお前のやることが山ほどある」
「ありがとう。ロキシー」

エルンストは大きめのバッグをひとつだけ持ち 玄関を出た
主のいない がらんとしたマンションの一室に ロキシーは一人取り残された

「馬鹿野郎が……」





数ヵ月後 エルンストは主星の隣の星で バーテンダーとして働いていた
なぜ 彼はそのような職業に就いたのか
それは 星空とはまったく無縁の生活をしたかった ただそれだけだった

昼間働いていては 必ず夜 空を見上げてしまう
そして 見上げてしまったら最後
アンジェリークのいるであろう 宇宙の方角を確認しようとするだろう
それが そんなことをしてしまうのが 恐ろしかった
そして現に 聖地から戻ったあと 主星の王立研究院にいる間の一ヶ月は毎日そうしていた


虚しいだけだった
この先 生きている限り 永遠に続くであろう儀式に眩暈がした


疲れていた 精神が病んでいくのが手に取るようにわかった
ともすれば叫び出しそうなこの状態を
胸の中にヘドロのように溜まった ぐずぐずとした塊を
どうやって 解放していけばいいのか まったくわからなかった



開店前の店内にはエルンスト一人しかいなかった
今 エルンストは無心にグラスを磨いていた

何かに夢中になるときは 忘れられる
その後に来る 巨大なぼっかりと空いた穴に足元をすくわれそうになろうとも
常にそのような状態にいるよりかは ましだった

突如 エルンストは思った
この先 このようなままで私は生きていくのだ と


磨いていたグラスに水滴が付いた
ひとつ ふたつ……みっつ
涙だった
ここでは眼鏡をせずに コンタクトにしているエルンストの瞳からこぼれた涙がグラスを濡らしていた


こんな思いをするために 宇宙生成学を学んできたのではない
尽きることない 星空への情熱も 遠い過去のものとなってしまった
宇宙の全てを知りたいと 夢見ていた幼い頃のあの日々には戻れない

もう アンジェリークなしに 宇宙を語ることはできない

しかし 彼女のことをまったくの他人として認識することもできない

なぜ こんなにも悲しいのか

なぜ 苦しくて切ないなんて思わせるのか

アンジェリークに会いたい 会いたい 会いたい


ぼろぼろとこぼれ落ちる液体は 後から後から際限なく瞳から溢れては離れた
ここには誰もいない 泣きたいだけ泣けばいい


脳裏にアンジェリークの笑顔が映った
次に怒った顔 しょげかえった顔 恥ずかしそうな顔
そして 最後の日の 約束をと願った真摯な顔をしたアンジェリーク

「もう一度めぐり会うことができたなら 生涯を共に……」

だがきっと それは叶わない
たとえ出会えたとしても 共に未来に向けて歩むことはできない
彼女に 時間の流れを変えさせてしまうことになるだろう
サクリアを持たないこの身に 永遠などないのだから
そうなれば どんな弊害があるかまったく予測がつかない

女王や補佐官 守護聖が住まう 聖地のあの時間の流れる速さは
歴代の女王陛下が様々な悲劇を乗り越えて取り決めた 聖地運営に関する最重要事項のひとつだ
新宇宙だからといって変えさせるわけにはいかない

ならば 聖地時間の流れているであろうアンジェリークの住むあの地にこの身を置いたとして
この命が尽きるまでに三年……というところだろうか
 

ここ数ヶ月の間 エルンストが頭の中でずっと繰り返してきた事柄
考えがここまできて 毎回ここで思考はストップしてしまう
流れる涙はとうに止まっていた


だが 今初めて 会いたい と思った
言葉にして強く 強く
アンジェリークに会いたくて胸がつぶれそうで 気が狂いそうだった


エルンストは覚悟をした
とことんまでこの感情に付き合おうと
その先に何があるかはわからない
または何も無いかもしれない だけど
いつか決着がついたなら 主星に戻る



私の人生はまだ 終わってはいないのだから




エル万歳