その先にあるもの 2


この目に映るアンジェリークの姿

にわかには信じられなかった
ずっと 会いたくてしかたなかった
何度も夢に見て 目覚める度に切ない想いを抱きしめた
恋しくて 苦しくて そんな気持ちを奥深くに じっと静かに見つめ続ける日々だった

エルンストはほんの数秒 全ての動きを止めて
近づいてくるアンジェリークを見つめた
しかし すぐに頑なな何かに絡め取られる

彼女は1人ではなかった
ヴィクトール メル ティムカも一緒だ
心のうちにあふれかえる想いをぐっと押し込め ゆっくりと口を開いた


「これは……お久しぶりです、アンジェリーク。いえ、失礼致しました。
女王陛下……」

深々と礼をして顔を上げると そこにはアンジェリークのこわばった顔
胸にぐさりとつき刺さる
とっさに出てしまった言葉を後悔しても もう遅かった

それは 一瞬のうちに距離を測った物言いだった
動揺を悟られまいとするあまり 出た言葉は「女王陛下」
どうして彼女の前だと どこまでも不器用になるのだろうか
もう少し 言いようというものがあっただろうに

今度会う時があったならば 後悔しないようにしようと思っていた
それなのに 突き放してしまった
ならば あの時の決意はどこへ行ってしまったのか?


「女王陛下?」

アリオスが誰ともなく問いかける
エルンストはもうひとつの自分の失態に気が付いた

(一般人が混じっていたのか。私としたことが……)

だが アリオスの言葉は 幸いにもメルの行動によってうやむやになった


「エルンストさ〜ん! 会いたかったっ」

その場の空気が気まずいムードになっているのにもかかわらず
メルがいきなり がばっとエルンストに抱きついた

「うわっ、ちょっと、メル、眼鏡が、眼鏡がずれますっ」

強烈に抱きつかれながらも 右手で必死に眼鏡を直そうとするエルンストの姿に
その場にいた皆が 一斉に笑う
凍りついていたこの場が 一瞬でやわらかなものに変わった



「ところで……なぜ、こんな所にあなた方はいらっしゃったのですか?」

ようやっとのことで メルを引き剥がし エルンストが質問した

「そう! それなんだけどね、悪いやつがこの宇宙を乗っ取りに来たの!
だから、これからみんなでやっつけに行くんだよ!」
「……メル……それは何か、新しい遊びですか?」

またも まとわりついてきたメルを呆れたように見て エルンストはヴィクトールに視線を移した

ヴィクトールは ほっぺたをふくらませているメルの手を引いてエルンストから離し アンジェリークに説明をするように促した


アンジェリークが事の次第を話し終わると エルンストは右手を顎に当てて 厳しい表情でつぶやいた

「……この星の人々が無気力なのはそのせいですか……」

それを聞いて ティムカがうなずく

「ええ。僕も感じました。この星の方々は既に、何者かによって操られているようです。まだ、その途中のようですが……」
「ならば、一刻の猶予もありませんね。私にも微力ながらお手伝いをさせてください。……ところで……」

エルンストは アリオスの方を向いた

「お見掛けしたことのない方がいらっしゃるようですが、あなたは……?」
「アリオスだ。ひょんなことで、こいつらと一緒に旅をさせてもらってる。よろしくな、エルンスト」

エルンストは そう言って にっ と笑うアリオスを見 次にアンジェリークを見た
その警戒するような眼差しに アンジェリークは慌てて弁解する

「違うの。アリオスは命の恩人なの。火事になった家の中から私を助けてくれたのよ。だから……」
「火事に……? 本当ですか?」

驚いた顔をしたエルンストの問いに ティムカが答えた

「ええ。僕の国でおきたことですから間違いありません」
「そうですか……。アリオス、私からも礼を言います。アン……」

エルンストの言葉がここで少しの間途切れた

「……彼女を助けてくださってありがとうございました」

そして 深く頭を下げた


そんなエルンストを見て アンジェリークは複雑な気持ちになった
先程 彼は確かに自分のことを「女王陛下」と呼んだ
彼にとっては 女王陛下 でしかない自分
それなのに今 その新宇宙の女王のために頭を下げているエルンスト
守られているかのような錯覚に陥ってしまう
彼の真意がわからない


「いや、たいしたことはねぇよ」

アリオスは右手を上げてそれに答え アンジェリークに向き直る

「エルンストも見つかったことだし、早くこんなとこから出ないか?」
「あ……でも……」
「なんだ?」

アンジェリークはエルンストを見た

「エルンストさん、用事が……」
「いえ、もう終わりました」

エルンストはきっぱりと言い放った

(ロキシーのことは、いずれ必ず……)



その後 エルンストを加えた6人は 出口へと引き返した
その間ずっと アンジェリークは最後尾にいるであろうエルンストを意識し続ける

どう思われても なんと言われても
まだ好きだと ざわめく鼓動が告げていた



◆◇◆◇◆



(……アンジェリーク……)

(……アンジェリーク……)


誰かの呼び声が聞こえたような気がした
ぼんやりと目を開ける

「エルンストさん!!」
「静かに……」

彼の人差し指が唇に触れた

(な、何でエルンストさんがここに? どうして?)

驚きすぎて ベッドから起き上がれない
彼は 横になったまま硬直している自分の手を握りしめ 囁いた

「あなたに、会いに来ました……」

そして 手の甲にキス

(どうしちゃったの? エルンストさん。なんでそんなオスカー様みたいなこと……)

そう思いながらも 顔が真っ赤に火照ってしまう

「あ、あのー……」

必死に起き上がって彼の顔を見ようとした

「なんですか?」

気が付くとほんの数センチ前にエルンストの顔

「ひゃっ」

思わず後ろにのけぞったら
ゴン!
後ろの壁に頭を思いっきりぶつけてしまった

「いたー……」

ぶつけたところを右手で押さえると すかさずその上に彼の手が触れる
不思議と痛みはすぐになくなった

そのまま 右手首を掴まれ 壁に押し当てられる
左も同様にされ 気が付くとエルンストにのしかかられていた

エルンストの厳しい眼差し 拘束された両手 身動きできない身体
徐々に近づいてくる彼


急に怖くなってぎゅっと目をつぶる
彼のため息が聞こえた

(また エルンストさんを困らせている?)

でも 今日は自分が困っているのだ
心の準備もないままに いきなりこんなことをされて


すると 押し付けられた右手が解放された
自然と下に垂れ下がる
少しほっとして でもやっぱり少し残念に思って

目を開けると今度は 右腕を解放した彼の手が自分の前髪に触れた
そのまま掌が当てられ 額を露わにされる
そして 再び彼の顔が近づき 柔らかいものが額に押し当てられた


額 髪の生え際 眉 眉間 瞼 目尻 鼻 頬 顎
そして 唇

柔らかい 彼の 唇

口付けられながら エルンストの髪に手を伸ばした
固い感触かと思いきや 意外とさらさらしている
彼の水色が 暗闇でも見える気がした

(愛してる……エルンストさん……)



そこで 本当に目が覚めた


アンジェリークの視界にはベージュ色をした天井があるだけだった

(夢……か……)

すぐさまもう一度目を閉じる
夢だとわかったから尚更 リアルなその感触をもう一度味わいたかった
枕をぎゅっと抱き締め エルンストの姿を思い浮かべようとする
しかし それは突然にドアをノックする音に破られてしまった


「起きていますか?」
(エルンストさん!?)

アンジェリークは がばっと起き上がり 入口のドアを見た
再度 控えめなノックの音

コン コン コン

慌ててドアまで走って行く

「ごめんなさい。起きてます」
「朝食の用意が出来ているそうです。下に降りてきていただけますか」
「はい。わかりました」


(そうだ。昨日からエルンストさんが一緒だったんだ)

胸に手を当てると 心臓が速く大きなリズムを刻んでいる

(起き抜けにこれじゃ、身が持たないわ……)

しかも エルンストに対しては あんな夢を見てしまった負い目のようなものがある
はーっ とため息をひとつついて アンジェリークは支度を始めた



ドアを開けて 驚いた

「エルンストさん……」

正面に 壁にもたれ 俯いて立つエルンストがいた
もうとっくに 行ってしまったとばかり思っていた

エルンストはドアが開く音に顔を上げると 少しだけ笑みを見せた

「おはようございます。昨日はよく眠ることが出来ましたか?」
「はい……」

おかげで あなたに襲われる夢を見てしまいました
などとはもちろん言えず アンジェリークは静かに返事をした


なんとなく元気のない様子のアンジェリークに エルンストは
やはり自分が呼びに来てはいけなかったか と思ったがそれは言わなかった
そんなことを言っても 彼女を困らせるだけだ
それに 昨日のことを早く謝りたかった

「あの……」
「あのっ……」

同時に声が出てしまい 二人は顔を見合わせた

「あっ、どうぞお先に……」

アンジェリークが手の平を差し出すと

「いえ、あなたの方からどうぞ」

エルンストも同じ仕草をする

向かい合わせで互いに手を差し出した格好になり アンジェリークはぷっと吹き出した

「なんか、『おひかえなすって』みたいですね」
「なんですか? おひかえ……なんとかって」


「なんでもないんです」と言いながら楽しそうに笑うアンジェリークに
エルンストもつられて笑顔になる
昨日からずっと 言おうと思っていた言葉がすらりと出た

「お久しぶりです。お元気でしたか」

エルンストは アンジェリークの目を真っ直ぐと見ている

「はい。元気でした。エルンストさんは?」
「おかげさまでこの通り、」

エルンストは小さく両手を広げた

「健康体です」
「それは良かったです」

アンジェリークはにっこりと笑った



昨日はなんとなく 二人の間でこのような話ができる雰囲気ではなかった
その原因は主にエルンストの「女王陛下」というセリフにあり
アンジェリークは傷つき エルンストは後悔していた
宿についてからも どちらも相手に近づこうとせずに一晩が過ぎてしまった


しかしエルンストは 自らが引き起こしたこの状態を放っておく気はさらさらなかった
アンジェリークが 女王として扱われることを望んでいないとはっきりわかった今 少なくとも 仲の良かったあの頃のように語り合いたい
そして できることなら ずっと奥深くにしまいこんだアンジェリークへと向かうこの気持ちを告げたいと思っていた

たとえ 彼女が宇宙の女王でも
たとえ 長い時を共に歩むことができない相手だとしても
エルンストは昨日の晩に 覚悟を決めていた
この戦いの間 命をかけてアンジェリークを守り抜くこと
そして もしも 彼女の同意が得られたならば そのときは新宇宙へ共に行くことを

彼女と別れた後のあの苦しみを思えば造作もない
たとえ時の流れに巻かれて 早い死を迎えようとも



「お願いがあるのです」

エルンストは両手を体の脇にぴたりとつけ 姿勢を正した


アンジェリークはそんな態度をとるエルンストを前にして 嫌な予感に怯えた

「何ですか……? そんなにかしこまらないでください……」

「女王陛下」と呼ばれたときのエルンストの声が脳裏をよぎった


エルンストは跪き 頭を垂れる

「絶大なる力を持つ、新宇宙の女王陛下……」


アンジェリークは顔をこわばらせた
衝撃が冷たく全身を駆け抜ける
まさかこんなことまでするとは思っていなかった

体の前で両手を握りしめ 下唇を噛む
こういうときは堂々と振舞わなければいけないとわかっているのに
すぐに態度に出てしまう自分を嫌悪した


エルンストはゆっくりと顔を上げてそんなアンジェリークを下からから見上げた

「以前のようにあなたのことを『アンジェリーク』とお呼びする許可を頂きたい……
よろしいですか?」

エルンストのそれに 許可を求めるような響きはなかった
跪いてなお 上から見下ろしているかのように 口調は強かった

エルンストは見つめ続ける
彼女が その申し出を断るとは考えられなかったが
仮に だめだと言われても引き下がるつもりはなかった


エルンストの瞳が強い意志を表している
アンジェリークは 見上げてくるその人を見つめて そのまま動きを止めた

透明なグリーン

エルンストの瞳がアンジェリークを惹きつける
不意打ちのようなエルンストの言葉と態度に アンジェリークはなすすべがなく
ただ呆然と見つめ返すことしかできなかった


エルンストの前には 自分を見て呆けたようになっているアンジェリークの姿
急に心配になり 立ち上がって声をかけた

「何かお気に触……りましたか?」

遠慮がちに聞くと アンジェリークは下を向いたまま勢いよく横に首を振った

「いいえ。いいえ! 名前で呼んでください。お願いします……」

そう言っていつまでも俯いているアンジェリークをしばらく見守っていたが 彼女は一向に顔を上げる気配を見せない
少しためらったが エルンストはアンジェリークに一歩近づいた
肩に手を乗せると それがとても薄いということに気付く


エルンストは 女王試験最後の日 アンジェリークを抱きしめたあの夜
彼女の体が思ったよりも小さかったことを思い出した

そしてそれよりも前 今のように俯く彼女を抱き寄せ 思わず口付けてしまったこと
その衝動が今もまた 自身の体を占領してゆくのを感じていた

……ただ……今はだめだ
こんな大事な時に自分のことで彼女の心を乱したくはない
全てが終わった時 この気持ちを打ち明けよう

そう思い エルンストは目を閉じぐっとこらえた
急速に湧き出た衝動を断ち切るために 肩から離した手で アンジェリークの頭を ぽんっ と叩いた


「痛っ」

叩かれた方は頭を押さえ 困ったような顔をしてエルンストを見上げる

エルンストは内心「ちょっと強く叩きすぎたか」と思ったが それを口にはしなかった
替わりに にこりと笑いかけた

「早くしないと皆が待っています。行きましょう、アンジェリーク」
「あ……はいっ」

満面の笑みをたたえるアンジェリークを連れ エルンストは下に降りる階段へと向かった


アンジェリークは そんなエルンストの後をついて行く

前を行くエルンストの背中
夢の中で触れた 彼の髪

そっと腕を伸ばしてみる
届きそうで届かない距離
近づいたと思う側から 離れていくその距離が この旅で変わることがあるのだろうか

(それでも、今はエルンストさんが側にいてくれる。それだけでいいじゃない)

伸ばした手をぎゅっと握り 下に降ろした

(好きなんだからしょうがないよね)


駆け足でエルンストの隣に並ぶ
笑いかけると エルンストの口元も緩んだ


二人の足音が重なった




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