その先にあるもの 3


アンジェリークとエルンストは 恋人同士である


それが 当の本人達以外のメンバー共通の見解だった

敵の手に囚われた守護聖たち9人全員を 無事救出し終えた今
アンジェリークの側にはいつもエルンストがおり
戦いの最中も 彼女を守るのはもっぱらエルンストの役目になっていた


女王試験の頃から エルンストという人物はあまり自分というものを見せないタイプで
それ故に 何を考えているかわからない と思われがちであった

ただ一回 女王候補であるアンジェリークに手を上げたというあの事件
それのみで語られることも多かった人物

同じ協力者ということでエルンストと交流を持っていたメルや
エルンストが好んで話をしに行っていた地の守護聖ルヴァなどは
多少 他の人物よりは彼の事を知っているといえたが
友人 と言うにはそれぞれ少しずつ 趣が違っていた


どんなときも さりげなくアンジェリークの側に立つエルンスト

彼にしては大胆な行動に まわりの皆は驚きを隠しきれない
その完全な騎士振りは 宇宙中の女性の恋人を気取る あのオスカーでさえも舌を巻くほどだった



だが アンジェリークはこのことを素直に喜べなかった
なぜなら 彼の気持ちがまったくといっていいほど読めないのだ

気が付くといつも側にいる 楽しくおしゃべりもできる
以前より社交的になったエルンストは 他の皆ともうまくやっているようだ
仲間に混じり 楽しそうに笑う姿まで見られるようになった


あるとき それを見たオリヴィエが そのとき少し離れた所に立っていたアンジェリークの姿を認め 意味ありげにさっと寄ってきた

この 華やかな夢の守護聖は 戦いに明け暮れる毎日にも関わらず きちんと香水をつけているらしい
ニマッと笑う彼からいい香りが漂った

「ね、アンジェリーク。エルンストってば、なぁ〜んかカドがとれたっていうか、優しく笑うようになったよねェ。それって……」

オリヴィエのピンク色をした指先がアンジェリークの鼻の頭を突っついた

「あんたのせいだったりして、ね」

至近距離にいるオリヴィエにドギマギしながらも その言葉は アンジェリークの心に喜びをもたらした
オリヴィエに言われると もしかしたら本当にそうなのかもしれないという気になる

敵の前に躍り出るエルンストの背中
怪我の具合を訊ねる心配そうな横顔
抱き止めるその腕の確かさ 暖かさ全部 自分の為にあるんじゃないかと
そう思わずにいられない 彼の態度


それでも エルンストを変えたのは自分ではない と後で冷静になったアンジェリークは思った
エルンストは 再会したときから何か以前の彼と違っていた
なにより 表情に生き生きとしたものが感じられる

エルンストを変えた人物とは きっと あの時見た水色の髪の女性
きっと唯一 あの彼を大笑いさせることのできる人……


お腹の中が きゅっと苦しくなったアンジェリークは 悲鳴をあげるその部分に手をやった
このことを考えると いつももやもやとした嫌な気持ちになる

エルンストは変わった しかも
それを 好ましく思い また ますます愛しく思ってしまう

側にいればいるほど 優しくされればされるほど つらく 苦しくなる


アンジェリークは今までに何度か 試験が終わって主星に帰った後のことをエルンストに聞いていた

だが その度に エルンストは当り障りのない言葉ではぐらかし こちらの聞きたいことから話をそらしていくのだ
それはあまりにも見事で 最初 そらされていることに気が付かなかったぐらいだった

しかもこのところ 彼は黙ってふらりといなくなるときがある
必ず他の誰かに自分のことを頼んでいく律儀さ
それを見せるくらいなら なぜひとこと言っていかないのだろうかと思う

問いただしても 答えてくれない
あの 強い意志をはらんだ瞳に遮られて それ以上口にすることができなくなる



けして打ちあけようとしない彼の秘密
自分でも聞きたいのか聞きたくないのか わからなかった



◆◇◆◇◆



アンジェリークたち一行は 捕われた女王陛下と補佐官を助けるため
閉ざされた扉を開ける鍵があるという島へ渡ることにした
しかし そのひとつ手前の島に到着した途端 行く手を遮るかのように嵐が吹き荒れはじめた



「今日のこの天気じゃ……乗れるのは二人だけだな」

舟を提供してくれるというその人はそう言った
そこにいた皆は顔を見合わせる

「私が行きます!」

アンジェリークがすかさず名乗りを上げた
アンジェリークの決意を見たマルセルが言う

「アンジェとあともう一人ってことだよね。じゃあやっぱり……」
「俺が一緒に行くぜ」

マルセルが言い終わらないうちに アリオスが口を挟んだ
全員の視線が一斉にアリオスに向く

「なんだ。お前ら文句あるのか? おい、急ぐんだろ、アンジェリーク」
「ちょっと待って。アンジェに聞いてからだよ。ねえ、アンジェリーク」

マルセルが今にも行こうとするアリオスを止め アンジェリークに向き直る


アンジェリークはマルセルの言いたいことを正確に理解していた
アリオスの方を向くと 彼は腕組みをしてじっとこちらを見つめている
視線の端に エルンストの存在を感じた

アンジェリークは半ば衝動的に言葉を発した

「アリオスにお願いするわ。皆さんはここで待っていてください」

口にした途端 なぜか胸がどきどきし始めた
ぐるりと視線を巡らして さりげなくエルンストの反応を確かめる

なんの変化も感じられなかった


「いいの? アンジェリーク」

少しきつめの調子でオリヴィエが訊ねた
マルセルも心配げな瞳だ
オリヴィエの問いにとっさに答えられず アンジェリークは身を固くした

その時 遠くからアリオスの声がした

「おい、もたもたしてねぇで行くぞ。早くしねぇと舟、出しちまうからな」
「待って! アリオス」

アンジェリークはもう一度 その場にいる皆の顔を見回した

「必ず、鍵を持って帰ります。心配しないでください。アリオスが一緒ですから大丈夫です。……では、行って来ます!」

ぺこりとおじぎをして 海へ向かって走り出すと 後方からオリヴィエとマルセルの声がした

「気をつけるんだよ!」
「ちゃんと無事に帰ってきてねー!」

アンジェリークは再び彼らのほうを向くと 大きく手を振った
エルンストの姿が後ろの方にちらりと見えたが 追いかけてくる素振りも 声をかける様子もなかった



アリオスの手につかまって舟に乗り込む
岸を離れても アンジェリークの想いは遠ざかる陸地にあった

エルンストはなぜ自分が行くと言わなかったのだろうか
あれほど いつもいつも側にいてくれていたのに 肝心のときに一緒にいてくれないのはどうして?

自分が先にアリオスに来てもらうと言ったにもかかわらず アンジェリークの心に浮かぶのはエルンストの態度を責める言葉ばかりだった



海へ出てからずっと アンジェリークは舟のへりに手を置いてぼんやりしていた
悲しみと落胆 寂しさと後悔
その背中を アリオスはちらりと見る

(しょうがねぇな)


「おいっ!」

アリオスはアンジェリークの両肩を掴み 強く揺すぶった

「きゃっ」

大きな目をしたアンジェリークがくるっと振り向く

「びっくりするじゃない。やめてよ、アリオス」
「ぼけーっとしてんじゃねぇよ。バーカ。落っことすぞ」

アリオスは まだ肩を掴んだままの腕にぐっと力を込めた

「ばか、ばか、こわいっ、やめてってば!」
「冗談だよ」

アリオスはそのまま アンジェリークを自分と向かい合わせにした

「ぼーっとしてると、波にさらわれるぞ。死にたいのか?」
「……ごめんなさい」

素直に謝るアンジェリークに アリオスは笑みを誘われる

「男のことばっか考えてんじゃねぇぞ」

アンジェリークの顔色が さっと変わった

「何言ってんのよ! 考えてなんかないわ、エルンストさんのことなんかっ」

あ……
口を開けたまま アンジェリークは動きを止めた
それを見るアリオスはおかしくてたまらない

「ふ〜ん。エルンストね」
「ち、違っ……くないわよね……やっぱり」

アンジェリークはがっくりとうなだれた


(普段は元気なくせに、落ち込むと長いんだよな)

アリオスの目は知らず 優しく緩んだ

「チッ、しょうがねぇやつだな。後で話聞いてやるから、しゃきっとしやがれ」

アンジェリークが顔を上げる

「アリオスが……?」
「ああ、そうだ。いつまでもぐじぐじしてられちゃ、俺のほうが疲れちまうぜ」
「……ありがと」



波は依然として高く 二人の乗る小舟を大きく揺らし続けた
必死でしがみつくアンジェリークだったが ひときわ大きな波が舟を襲ったとき いともあっさりと海に投げ出されてしまう
アリオスはそれを追って 自分もまた海に飛び込んだ



アンジェリークが次に気が付いた時は 名も知らぬ土地の草の上だった


「ここは……どこ?」

アンジェリークは周囲をキョロキョロと見回した
波の音が聞こえる ということは海が近くにあるということ
それはわかっても この場所にはさっぱり覚えがない

不安げに右手で下唇を軽くつまみ 彼女は記憶を辿る

しばらくそうしていたが ぼんやりとしたもやのようなものが邪魔をして
直前に何をしていたかがさっぱり思い出せなかった

眉根を寄せて考え込んでいると 後ろから声がした

「おい、起きたのか」
「……?」

アンジェリークは 声のするほうを振り返った
アリオスがこちらに向かって歩み寄ってくる
しかしその直後 その人影が ほんの少しぶれてぼやけて見えた

なぜか ぎくりとした
聞こえた声とその調子 その姿はアリオスのものなのに 近づいてくるその人物が別人のように感じたのだ
何より 銀髪のはずの彼の頭が黒くくすんで見える

(やだ、誰……?)

慌てて瞬きを繰り返した
今度はしっかりと焦点が合い しかしその姿はアリオス以外の何者でもなかった


「なんだよ、怖い顔して。そんな顔してっとブスに見えるぞ」

いつものアリオスだ
さりげなくひどいことを言われているにもかかわらず その物言いにいつもの彼らしさを感じたアンジェリークは ほっと一息ついて表情を緩めた

「なんでもないの。さっきアリオスが知らない人に見えちゃって、寝起きだからかな?」

そう言って 目をごしごしとこすりつつ アリオスを見上げた

「こんな至近距離で見間違うか普通? 目が悪いなら医者に診てもらえ」
「うん」

何かしら反論が返ってくると予想して 更にからかおうと準備していたアリオスは拍子抜けした

「うん、かよ。……まぁいいか。で、俺がどんな奴に見えたんだ?」
「えーとね、なんかわかんないんだけど怖い人に見えた」
「お前は3つのガキか? もっと具体的にしゃべれないのかよ」
「……具体的って、あ、そうだ。なんかアリオスの頭のあたりが黒く見えたの」

アリオスはそれを聞いて最初 怪訝な顔をし その後 スローモーションで額の中央に寄せられた皺がとれ 真顔になる

「お前……」


待っていても アリオスは続く言葉を発しなかった
彼は表情を変えず じっとアンジェリークを見つめてくる
不思議に思い声をかけた

「アリオス、どうしたの? 何か私、変?」

言った途端急に恥ずかしくなり アンジェリークは両頬を手で触って自分の顔に異常がないか確かめてみた

そこに すっと差し伸べられるアリオスの手
それは アンジェリークの左耳の耳たぶに触れていた

「血が……」

あっと思う間もなくぬぐわれて ほら と差し出された
アリオスの親指には赤い血が付着している
それを覗き込むアンジェリークをよそに アリオスは聞くともなしにつぶやいた

「お前には……わかるのか……」
「……何のこと?」
「……いや……」


アリオスの言っていることは アンジェリークにはよくわからなかった
自らの手で触れられたところを確認すると うっすらと濡れた感触がある
触ってみても痛みはしなかった しかし 左の人差し指についたそれは確かに血のようだった
アリオスはもう こちらを見ていない
浮かんだ様々な疑問を口にするのは はばかられた


(こいつ……我の正体に気付いたか? いや、まさか……)

俯き 少し考えていたアリオスはやがて顔をあげ アンジェリークを見つめた
心の奥深い所から 遠い過去の記憶が浮かび アリオスの心臓を締め付けていく
アリオスはアンジェリークに視線を合わせたまま 身の内の苦しみをなぞっていた


……この顔を見るたびに恐慌に陥りそうになる……

初めて会った時は驚いた
生まれ変わりかと思うほど アンジェリークはエリスに似ていた

……いや 生まれ変わりであるはずがない
エリスは今も 暗い闇の中で俺を待っているはずだ
死の底から 黄泉の国から 俺がこの手で呼び寄せるまで

エリス……

大切な思い出と共に または暴力的な想いとなって体中を巡るひと
己の愚かさ故に失った たったひとりの愛しい人

額の生え際のラインや 瞳を縁取るまつげの長さ
かわいらしく少しだけ上を向いたその鼻 やわらかそうな頬までも

(やはりエリスに似ている……我のかつて愛した女……エリス……)


アリオスはアンジェリークの顔を見つめたまま 彼女の血が付いた自分の親指を口に持っていき
それを 舐めた

「やだ! なにしてんの?」


突然の振る舞いに アンジェリークは驚き アリオスの腕を掴んだ
それでも平然とこちらを見据えているアリオスに アンジェリークはそれ以上の抗議ができない
アリオスは にやりとした笑みを見せた

「服が汚れるよかマシだろ?」
「そういう問題じゃ……それに、だったら海で洗い流してもよかったじゃない!」

「あっちもこっちも海なんだから」と言うアンジェリークに 「めんどくせぇよ、お前が行け」と返すアリオス
「それじゃ意味ないじゃない」とアンジェリークは笑い アリオスも笑った


二人の背後には 陽光を受けて輝く海
ザザン……と 波の音がゆったりとしたリズムで繰り返していた



アリオスが周囲を調査した結果 ここが無人島だということがわかった
彼の説明で 今どうしてここにいるのかを理解したアンジェリークもその調査に同行しようとしたが 海に落ちたときぶつけたのか足に怪我をしていて 調査どころか一方的に世話を受けなくてはならない立場となってしまった
なのでここを脱出するにしても 怪我が治るまでの数日間 動きがとれない

とりあえず 遭難した二人は アンジェリークが歩けるようになるまで この島にいることにしたのだった





既に日は落ち 空にはたくさんの星が瞬く

パチパチ と音をたてて燃える火の側
アリオスは寝転がって組んだ両腕を枕にして目をつぶっており
アンジェリークは木にもたれて空を見上げていた


「で……エルンストとはどうなんだ?」

いきなりのことにびっくりして アンジェリークは勢いよく振り返った
アリオスは横になったまま しかし視線だけこちらに向けている

「驚いた……起きてたの?」
「ああ…………で、どうなんだよ」
「ど、どど、どうって……どうって言われても……」

アンジェリークは自分でもはっきり自覚するほど 頬を火照らせていた
何か言おうとするのだが 動揺のあまり言葉を選び出すことができない
下を向いたり横を向いたり ちらりとアリオスの方を盗み見たりしている


「お前ってさ……バカだな」
「バカってなによっ」

アリオスの挑発にすぐ乗るアンジェリーク
先程までおろおろしていたのが嘘のような素早い反応だった
むっとしているアンジェリークは アリオスの質問のことなどすっかり忘れた様子で
ぷりぷりと怒ってむこうを向いてしまった

「悪かったよ、そう怒んなって。……ちょっとこっちこいよ」
「何でよ」
「いいから」

アンジェリークは警戒するような視線をアリオスに投げた
アリオスは上体を起こして それを受け止めている

「私、足に怪我してるんだけど」

アンジェリークがむっとして言うが

「這ってでも来い」

と アリオスにいたわるような様子はない

しばらく睨み合いのような状態が続いたがついに根負けし
アンジェリークは仕方なしといった調子で 膝立ちでアリオスに近づいた

「座れよ」
「うん」


アリオスはじっとアンジェリークを見つめていた
しかしそれは 目の前の人物を素通りしてはるか遠くの人を見ようとしていた

顔は同じでも 似ているのはそこだけで
声も仕草もとっさの反応も 何もかも 愛した人とは違う
それでも じっと目を凝らして 彼女を見つめた
恋人だったエリスの姿を 捜していた


「アリオス……どうしたの?」

聞かれて はっと我に返った

「いや……」

もう一度 今度はアンジェリーク本人に視線を合わせた
そしてふらりと右腕を伸ばし 目の前でさらさらと揺れる栗色の髪を指に絡ませた


アンジェリークは 動けないでいた
払いのけることは簡単だったが 見つめてくるその瞳がいけなかった
彼が傷つくような気がした
だから ただ黙ってじっとされるがままにしていた

髪の毛をいじっていたその手が動き その内側 アンジェリークの首筋に伸びた
そのまま 左の耳たぶを指で撫でてくる

「もう……大丈夫みたいだな」
「あ……うん」

アリオスの目は優しかった
側で燃える火に照らされて きらきらと輝いている
そこに長く垂れ下がった前髪が影を作っていた


(俺は、何をしてるんだろうか。何がしたいんだ?)

そう思っても アンジェリークの柔らかい耳たぶからアリオスは手を離せなかった

(こいつはエリスじゃない。そうだ。俺はこれからエリスを蘇らせる。
そのためにこいつの血を抜き取ったのだ。そして、それを使ってエリスを生き返らせ、その後……俺は……こいつを殺さなければならない。俺のこの手で……こいつを……)

不穏なことを考えているにも関わらず アリオスの次の行動はそれとうらはらだった
右手が勝手に動き アンジェリークの首の後ろをとらえていた


アリオスの顔が徐々に近づいてきた
彼が何をしようとしているか アンジェリークはうっすらと予感する
それでも 抵抗はしなかった

吐息がかかるほど近くにいる
アリオスの睫毛が伏せられた



二人は キスをした



アンジェリークは アリオスを拒まなかった


限りなく優しく重ねられた唇は
ほんの少し アンジェリークに向かって押し付けられ
やがて離れた


気まずい沈黙が二人の間に流れる

アンジェリークは下を向き
アリオスはそんな彼女にかける言葉がみつからないまま
うつむく前髪のあたりを見るともなしに見た


そこへ ふわりと風が吹いた
目の前の栗色の髪がさらさらと揺れ アリオスは我に返った
まだ固まったままのアンジェリークに笑いかける

「浮気者」

多分にからかいの要素が込められたアリオスの声
びっくりして アンジェリークは顔を上げた

アリオスは腕を組み 横目で相手の反応を確認する
びっくりまなこは限界まで見開かれ
まだ残るあどけなさが 無防備にアリオスの前に晒されていて
それがあまりにも予想通りの表情だったことに アリオスは思わず吹き出した

「クッ……」
「何がおかしいの!」
「だってお前……変なカオ……ククッ……」


アンジェリークは笑い続けるアリオスに 大きな憤りを感じていたが その反面ほっとしていた
正直 どうしたらこの気まずい空気から逃れられるかと思っていたから

なぜ キスを受け入れてしまったのか
考えても これだという答えは出てこない

なぜ 彼がキスをしてきたのか
それもまったくわからないまま


アリオスはしばらくして笑いをおさめると
「俺はもう寝る」と言って さっさと横になってしまった



アンジェリークは 眠るアリオスの背中に声を掛けてみたが 答えは返ってこなかった

四つん這いの姿勢で彼の前にまわりこむ
のぞきこんだ彼の顔は 長い前髪でその上半分が隠れていた

本当に眠っているかどうか判別しかねる
しかし どちらにしても 今日は話をするつもりはないようだった

アンジェリークは再び元いた場所に戻り 座って暗くうねる海のむこう側を眺めた



キスをするのは二度目だった
今日のこれが数に入るのならば

それにしても……アンジェリークは思った
アリオスは 自分のことが好きなのだろうか
しかし なんとなくだが そうではないような気がする
そしてもちろん自分自身も アリオスにそのような感情を抱いてはいないとわかっている
アリオスとは気軽に話せる友達みたいな関係で 一緒にいると楽しい
ただそれだけだ

アリオスにキスをされた瞬間は さすがにドキリとした
でもそれは 一度目のキスの衝撃と比べると 天と地ほどの差があった


エルンストとのキス ファーストキス

こうして思い出す度に 今でも新鮮な痛みをこの胸にもたらす
好きで 好きで 大好きな人とのキス


アンジェリークは 海を越えたどこかにいるエルンストのことを思った
今すぐ エルンストに会いたかった





その後 二日ほどこの島で過ごすうちに アンジェリークの傷は癒えていき
なんとか自力で歩くことができるまでに回復した

その間 二人の間で キスのことが話題に上ることはなかった
まるで あの瞬間だけが互いの記憶から切り取られたかのように
ごく自然に 上手にその話から自分達を遠ざけていた

それでも それ以前の関係よりは明らかに違う
ある種の親密さが二人の距離を縮めているのを
アンジェリークも アリオスも感じていた


アンジェリークが歩けるようになったその日の夜明け前
大きな地震が大地を揺るがし その振動で岩山にぼっかりと大きな横穴が開いた
それをいち早くアリオスが発見し 中を確認すると そこは洞窟になっている

試しにそこを通り抜けると あっさり知っている場所に出てしまい
遭難したと思っていた二人は 洞窟の出口で互いの間抜けさについておおいに罵りあった

そこは仲間の待つ島だった
ただ その島の裏側にいっていただけだったのだ


二人は早速 彼らの待つ場所へ急ぐことにした
なによりも アンジェリークにとってはエルンストの待つ場所に




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