二人が最初に見つけた仲間は マルセルだった
浜辺で膝を抱えて遠くを見ているその背中で 金色の束が風に揺れていた
「マルセル様ー!」
アンジェリークは大きく手を振りながら駆け寄った
「アンジェ!」
振り返ったマルセルも勢いよく立ち上がり 手を振り返す
そして二人は手を取り 再会を喜び合った
「心配してたんだよ。昨日、オスカー様とランディが捜しに行ったんだけどアンジェたちが見つからなくて、今日は僕とゼフェルが行くつもりだったんだけど……でも、よかった」
「ごめんなさい。迷惑かけちゃって。それに、鍵も見つけられなくて……」
「いいんだ。アンジェが無事なら。それにアリオスも」
そう言ってマルセルは歩いてきたアリオスにむかってにこりと笑った
「二人とも怪我はない? とりあえずお部屋に行って休みなよ。詳しい話はその後で聞くからさ」
「じゃあ、そうさせてもらうぜ」
アリオスはくるりと背をむけると 右手を伸ばし 左手で肘を支えて
ぐぐっと背伸びをしながら宿の方へと歩いていった
「ほら、アンジェも」
「ええ」
マルセルに促されて アンジェリークも歩きだした
アンジェリークがマルセルに連れられて宿に帰り着くまでの間 何人かの仲間に会ったが その中にエルンストの姿はなかった
そして 宿の入口でアンジェリークを迎える笑顔の中にも会いたい彼の顔はない
たまりかねて とうとう アンジェリークはマルセルにエルンストの居場所を聞いた
「ごめんね……わからないんだ」
「わからないって、どういうことですか?」
マルセルの話では ここ三日続けてエルンストは宿に帰っていないとのことだった
毎晩彼から連絡は入るものの どこにいるかは言わなかったという
それを聞いて アンジェリークは一瞬 表情を止めた
本来なら 彼のことを心配するところであるのに
それよりも悲しみが先に立っていた
心の中に小さな黒い染みが一滴 それがじわじわと広がっていく
アンジェリークはぼんやりと想像していることがあった
エルンストはきっと 戻らない自分を心配して 昼も夜も浜辺に立って帰りを待っているはずだと
しかし 現実は違った
またひとつ 裏切られた気持ちになる
いつもいつも 片時も離れずに側にいてくれたことが嘘のように思える
彼は 自分が行方不明の状態にいることを 毎晩の連絡の際に知っていたはずだ
それでも帰ってくることはなかった
彼にとっての自分は その程度 なのだろうか
鍵を手にするためにこの島を出たあの日から ますますエルンストの気持ちがわからなくなり
この先一緒にいれば もっとエルンストのことがわからなくなるのかもしれない
そう思うと どうしてもやりきれない気持ちになってしまう
好きだからこそそんな彼に翻弄されて 一喜一憂して
しかも 意地を張ってアリオスについてきてもらうように言ったことが 後ろめたく自身を責める結果になっている
アリオスとのキスは事故のようなものだ
しかし もし それを追求されたなら言い逃れはできないだろう
エルンストがその事実を知ったとき どういう顔をするだろうか
聖地で別れたあの時と同じく 辛そうにしてくれるのだろうか
「どうしたの、アンジェ。入らないの?」
アンジェリークが立ったまま動かないのを見て 彼女の泊まっている部屋のドアを開けて待っていたマルセルが声をかけた
「あっ、ごめんなさい」
慌てて言うと アンジェリークは急いで室内に体を滑り込ませた
その夜 夕食の席にもエルンストは現れなかった
それでも アンジェリークは努めて明るく振舞っていたが 落胆の気持ちを感じずにはいられなかった
エルンストの身を心配する気持ちももちろんあるが 正直今回は自分の帰りを待っていて欲しかった
(私のことが心配じゃないの? ねえ、エルンストさん……)
食欲など既になくなっていたが アンジェリークは機械的に食物を口に運び 飲み下していった
夕食を終え アンジェリークはその場に残っていたマルセルたちとお茶を飲みつつ少し話をした後 席を立った
本当はすぐにでもベッドに入り なにもかも忘れて眠ってしまいたかったが それでは周りの者に余計な心配をかけてしまう
エルンスト不在に伴う 自分の心の荒れが予想以上に大きく ほんの少しでも表に出してしまったら収拾がつかなくなることが怖かった
エルンストがいない たったそれだけのことなのに 大声で泣き出してしまいそうだった
皆と一緒にエルンストの心配をする自分がしらじらしく思えるほど 内なる叫びは巨大で 本当にどうしてしまったんだろうと アンジェリークは唇を噛む
宇宙の女王という 全てのものを統べる存在であるという自覚が 薄皮一枚の上で理性的に振舞っていた
エルンストがこの場にいないことを悲しく思う気持ちを訴えることができず
不安や焦燥が身の内を焼き焦がしていく
もやもやした塊を苦しく抱えたまま
アンジェリークは部屋に戻り 鍵をかけた
コンコン
はるか遠くで聞こえる物音に アンジェリークは夢の中からすうっと引き離された
ベッドの中で身じろぎをする
まどろみながらも 音の正体を確かめようと意識を耳に集中させたが
待っても何も聞こえず 再び夢の底へと沈んでいこうとした その時
コンコンコン
今度ははっきりとアンジェリークに訴えかけた ドアをノックする音
バチッと目を開け 即座に反応した
「誰?」
「エルンストです。夜分遅くに申し訳ありません」
その 彼独特の硬質な声に アンジェリークは身体を固くした
小さく あっ と口にしたまま 静止していた
「少し、お話したいことがあるのです。扉は開けなくて結構ですから、このドアの近くまで来てくださいませんか」
(エルンストさん…………)
アンジェリークは起き上がり パジャマの上になにも羽織らぬまま 吸い寄せられるようにゆらゆらと入口に向かって進んでいった
ドアまで辿り着くと そっと右手を扉に触れさせ 次いでひたいを押し付けて瞳を閉じた
「……来ました」
そう言って エルンストの言葉を待った
「ご無事で、なによりです。あなたの声を聞くことができてほっとしました」
エルンストの声はいつもより優しく 少しくたびれているように聞こえる
胸に迫るなにかを感じ アンジェリークは顔を上げた
なおも扉のむこうから声が聞こえてくる
「本当は明日の朝まで待っているべきなのでしょうが、どうしてもお伝えしなければならないことがありまして」
「伝えたいことって……なんですか?」
「封印の鍵の行方がわかりました」
封印の鍵とは つい昨日までアンジェリークとアリオスがとりにいっていて 結局手に入れられずにいたものだ
「本当に?」
「ええ。ロキシーが、あ、以前あなたにお話したことがあると思います。私の友人だと。その彼に似た人物が既にあの島から鍵を持って出たとの情報を得ました。ですから明日、すぐにでも出発することになると思います。準備をしておいてください。…………用事はそれだけです。ではこれで。おやすみなさい」
「待って!」
気が付いたら 扉を開けていた
アンジェリークは驚いた顔をしたエルンストの前に姿を現す
久しぶりに見るエルンスト
といっても 会えなかったのはたった3日間のことであったが それまで毎日行動を共にしていたアンジェリークにとっては長かった日々
すごい速さで高鳴る胸の鼓動
「待ってください……あの……」
驚いた顔をするエルンストに アンジェリークは一歩 近づいた
彼は黙って その場に立っている
やはり その声と同様 エルンストは疲れているように見えた
暗い廊下で 開け放した部屋から漏れる光のみで 見ているからだろうか
また一歩 そしてもう一歩 引き寄せられるままにアンジェリークは歩を進めた
エルンストの目の前に立ち 彼を見上げる
と同時に アンジェリークはエルンストに抱き締められた
彼の体は 外の匂いがした
「本当に……無事だったのですね。良かった……」
囁くようにかすれた声が アンジェリークの胸を射抜く
今日一日 ずっと苦しんでいたことが嘘のように溶け出していく
「ロキシーは、私の親友なんです。その彼がずっと行方不明だったことを、私はまだお話していませんでしたね」
「行方不明?」
アンジェリークは驚いて顔を上げた
「ええ」
答えて エルンストはもう一度 アンジェリークを腕の中に抱いた
「私はずっと、ロキシーの行方を捜していました。そしてあの日、あなたが鍵を取りに行くことになった直前に、私はロキシーに関する有力な情報を得ました」
エルンストは更にぎゅっと力を込めてアンジェリークを抱き締める
「……あの時、できることならあなたと共に行きたかった。しかし」
短いため息をひとつつき エルンストは続けた
「今更何を言っても言い訳になるのでしょうが、事態は一刻を争っていました。それで、アリオスにあなたのことを頼んだのです」
「アリオスに……」
エルンストはアンジェリークの両肩をつかんで 彼女の体をおこす
「その日一日、あなたのことを頼むと、私は彼に言いました」
「そうだったんですか……」
「彼なら腕が立つ。彼になら任せても大丈夫だと、あの時の私は判断してしまったのです。アリオスとあなたが二人きりになるということも知らず」
その時 アリオスとのキスが頭をかすめたアンジェリークは エルンストの告白に耐え切れず 下を向いた
胸が痛んだ と同時に エルンストの後悔が何を意味するかに気がつき 心がざわめいた
……エルンストさんは 私のことを……
しかし アンジェリークの期待をよそに その場を包むムードが突然変わった
エルンストはうつむいた茶色の頭に軽く右手を置く
「それでも、こうしてまた元気なあなたにお会いできて嬉しく思います。さあ、今日はもうお休みください」
そう言って アンジェリークの肩を抱き 部屋へ連れて行こうとした
その瞬間 アンジェリークはエルンストの腕に逆らった
力を込めて エルンストを きっ と見据える
エルンストはアリオスと何があったか知らない それはわかっている
それでも こちらの気持ちの昂ぶりに反して健全な言い方でその場をおさめようとしたことが なぜかひどくアンジェリークの癇に障った
会えて良かったと抱き締めておいて そのまま帰ろうとするなんてひどいと思った
「エルンストさん」
名前を口にしただけで 瞳が潤む
声を出したことによって 震えがはっきりと唇に出た
「エルンストさんは、私のことをどう思ってるんですか? 好きなの? 愛してる? それともなんとも思ってない? 私は女王でしかないの?」
対するエルンストは 拒絶された腕をそのままの形で放り出したまま 硬直していた
エルンストが驚いていると思いながら 興奮が止められない
アンジェリークの目からは涙がこぼれ 顎をつたい ぽたりと床に落ちた
みっともないと思いつつ 顔が歪んでしまう きっと今 すごくブスな顔をしていると思う
「エルンストさん……」
「……はい」
「私のことが好きなら、キスしてください」
アンジェリークは もう耐えられないと思った 何もかも 壊してしまいたかった
「あなたは……」
言いかけて エルンストは口をつぐんだ
驚きに見開かれた瞳は狭められ 宙に浮いていた腕は体の両脇に戻された
それを見て アンジェリークはびくりと両肩を上げた
怒られる と思った
女王試験中 幾度となくエルンストのこのような顔を見ていたアンジェリークは 身を縮めて彼の言葉を待った
冷えた緑のまなざしは 今一度確認したいと思えるものでは決してなかった
だから アンジェリークは視線をはずした
数秒後 アンジェリークはエルンストに強く左腕をつかまれた
そのままぐいっと引っ張られ 部屋に押し込まれる
「やだっ、やめ……!」
わずかに抵抗するも エルンストにはまったく効き目がなく
アンジェリークは 本気で彼を怖いと思った
つかまれた腕が離れ 扉が閉まる
その内側に エルンストもいた
エルンストは言った
「あなたは、今のご自分の立場をよくおわかりでないようですね」
アンジェリークは 冷水を浴びせられた思いだった
彼の言うことはもっともだ
今 自分達は宇宙の存続をかけた戦いをしている
好きだとか嫌いだとか そんなことにこだわっている暇など どこにも無いはずだ
しかも 中心に立ち 皆を率いていかなけらばならない立場である自らがこれでは エルンストが怒るのも無理はない
女王の資格 女王の心構え
かつて何度も目の前の人の口から出された言葉 それがぐるぐるとアンジェリークの頭の中を巡った
だが エルンストの考えは アンジェリークの考えたそれとは まったく違う所にあった
入口の扉から離れ ゆっくりとアンジェリークに近づいていく
エルンストは思った
何度も 何度も何度も
数え切れないほど 自分は彼女のうつむくうなじを目の前にした と
その度に感じる衝動を 彼女は知らない
そして その度にどんな思いで抑えてきたかを 彼女は 知らない
エルンストは心を落ち着かせようと 眼鏡の位置を人差し指で直した
それでも アンジェリークの視線に晒されていない今 冷静さを装うことはできても 熱をもった心と体はいっこうに冷める気配をみせない
「仮にも男である私の前で、そのような無防備な格好をし、あのようなことを言うとは、油断するにもほどがありますね」
エルンストの声は部屋の中 冷たく響いた
アンジェリークの身体は 更に固くなる
しかし そのとき 思い切ってエルンストの顔を見ていたとしたら その必要はないことが彼女にも知れただろう
なぜなら そのときのエルンストの顔には愛おしむような色があったからだ
けれども アンジェリークは怖さと惨めさのあまり 微動だにできない状態だった
それまでずっと握りしめていたパジャマの袖が 余計に皺になるようなことにはなっていたであろうが
「この先私以外の男性に、今のあなたのその姿を見せないと、誓ってくださいますか?」
続いた言葉は アンジェリークに対するエルンストの現在の熱を伝えていた
アンジェリークは 信じがたいといった顔でエルンストを見上げる
二人の視線がぶつかり
「誓いますか」
もう一度 エルンストは言った
「……誓います」
その返事を聞いて エルンストはアンジェリークに笑いかけた
アンジェリークがそれに答えようと笑顔を作ろうとしたが それが完全なものになる前に 彼の胸の中に閉じこめられた
やがて エルンストは手でアンジェリークの顎を持ち上げると その唇に貪るように口づけた
エルンストとアンジェリークの それは二度目の口づけだった
エルンストの腕の中で アンジェリークはただ呆然と されるがままになっていた
まるで嵐にでも遭ってるかのような激しい動き
たとえ二度目でも 彼の唇を楽しむ余裕などまったくなく
相手にしがみつき 立っているだけで精一杯だった
エルンストはそんなアンジェリークを腕に抱きながら 合わせた唇を離そうとはしなかった
顎に添えていた手を頭にまわし なおも彼女の唇を吸い ねぶり 挟み込んだ
そして 舌を差し入れようと 彼女の硬い入り口をノックする
付け根をぐるりと舐め 上唇をもう一度吸ってこう言った
「口を、開けてください……」
その言葉に素直に反応するアンジェリークが可愛かった
おずおずと開かれた唇を割って するりと舌を差し入れた
エルンストは もう既に 狂おしいほどの想いに囚われていた
(アンジェリークが、欲しい)
腕に感じる柔らかい身体は エルンストにそのような考えをおこさせるのに充分だった
唇に感じる溶けそうなほどの甘さも 欲望を刺激するのに拍車をかけている
求めに応じる従順な舌 その裏側を刺激すると彼女はくぐもった声で鳴く
(このまま……いっそこのまま……)
それでも この場で遂げてしまうのはアンジェリークのためにも良くないと自分に言い聞かせる
(まだ、だめだ。落ち着かなくては。自分勝手にそんなことをしていいはずがない)
しかし エルンストの行動は自制の気持ちを裏切っていく
アンジェリークは 今まで感じたことのない感覚に体が硬直した
今まで背中にあった手が すっとパジャマの裾の中へ入ってきたのだ
エルンストの手が肌の上を わき腹から背中へとすべっていく
(うわ、うそ、ええ……!)
背中にまわったその手は あっという間にブラのホックを外してしまった
(え? 何? どうなってるの!?)
そう思っているうちに 今度はベッドの上に押し倒されてしまった
(ま、まって、ダメ、まってー!)
キスだけでも心臓が破裂しそうなのに
これ以上何かされたらどうなってしまうんだろう
怖い 心の準備がない どうしよう どうしよう どうしよう……!
気が付いたら アンジェリークは腕を力いっぱい伸ばして エルンストを押しのけていた
腕にかかる重みがやわらぎ 体が離れていく
肩で息をしながら上体を起こし
「お願い、待って……」
初めて声が出た
沈黙の後
「すみません……」
ベッドの上に正座のような格好で座り込み 力なくうなだれたエルンストが これまた力ない声でこう言った
(エルンストさん……)
その様は これまでアンジェリークが認識していたエルンスト像というものを大きく変えさせた
(こんなにしゅんとなっちゃうなんて……さっきのエルンストさんと全然違う。いつでもかっこいいわけじゃないんだ……)
だからといって気持ちが冷めたわけではない
むしろ 好きだ という気持ちが膨らんでいって どうしたらいいかわからないほどだった
何か声をかけたかった
だからこう言った
「エルンストさん、かわいい」
「は?」
言ってから しまった とアンジェリークは思った
いくらなんでも 10も年上の人に言う言葉ではない
しかも相手はあのエルンスト
彼はこのあまりのセリフに がばっと体を起こしてじーっとアンジェリークを見据えた
「かわいい……私が、ですか?」
「ごめんなさい……っ」
怒られるっ と頭を抱えたアンジェリークの耳に聞こえてきたのは あろうことか エルンストの笑い声だった
ハーッハッハッハッハ と笑い続けるその目に涙まで浮かべている
「まさかあなたに『かわいい』と言われるとは……」
「『怖い』ならよく聞きましたが……そうですか、『かわいい』。誰かに聞かせてやりたいものですね」
そう言い足して まだ笑いの余韻をひきずっているエルンストを 口をぽかんと開けてアンジェリークは見た
「私が笑うなんておかしいですか?」
エルンストの問いにアンジェリークは首を横に振ることで答える
そしてそのついでに 思い切ってある疑問をぶつけてみることにした
その疑問とは 以前 王立研究院で見た 水色の髪の彼女のことだった
エルンストの笑い声で 思い出したのだ
答えはあまりにも簡単なものだった
「あれは、私の姉です」
しかし以前 同じような質問をして答えを得られなかったアンジェリークが そのことを言うと
「あのときあなたは、『水色の人』とか『綺麗な人』とかって言っていましたよね。『水色』なら研究院にはたくさんいますし、『綺麗』の基準は私にはわかりかねますので深くは考えなかったのですが、あれは姉さんのことを言っていたのですか? 綺麗な人……ね。姉に伝えておきますよ」
「お姉さん……そうですか……」
穴があったら入りたい まさしく今の心境はそれだった
最初からきちんと説明すればよかったのに 勝手に解釈して勝手に落ち込んでいただけなのだ
なんてバカなのだろうと アンジェリークは自分にげんこつをお見舞いしたい気持ちになった
「でも……あなたがそれを見て嫉妬してくださったのなら、私はうれしいです」
エルンストはそっとアンジェリークを引き寄せる
「会えてよかった。あのまま、あなたに誤解されるところだった」
そしてもう一度 アンジェリークに唇を寄せた
エルンストの「また明日」という言葉が甘く感じられる
彼を見送ると アンジェリークは頬を紅潮させたままベッドに潜りこんだ
にんまりと表情を緩めたまま目をつぶる
良い夢が見られそうな気がした
◆◇◆◇◆
「アンジェリーク。私はあなたのことをなんとも思っていません。何を誤解なさっているのですか?」
エルンストの冷たい瞳に背筋が凍る
「だって……だって、じゃああのキスは……?」
声が震える 嘘だって言ってほしい
「それは、気まぐれです。あなたは女王候補なんですよ。あなたは女王になるべきなのです。それでは失礼します」
見る間に遠ざかるエルンストの背中
「待って! エルンストさん。待ってー!!」
泣きながら目を覚ました
アンジェリークは横たわったまま しばし呆然としていた
まだ 喉の辺りが興奮している
流れ出た涙がこめかみをだいぶ濡らしていた
ものすごく泣いていた記憶 確かに夢の中で号泣していた
苦しさが今でもこの胸に残っている
子供のように泣きじゃくるなど ここ数年はなかった
あの エルンストに叩かれたとき 拒まれたときでさえ こんな風には泣かなかった
突然 アンジェリークは怖くなった
もしかしたらまた エルンストの気が変わっているかもしれない
昨日のことを後悔し また離れていってしまうかもしれない
あの日 エルンストに初めてくちづけられた次の日 彼はあの寮のドアを叩いた
そして公園に連れ出し キスしたのは好きだからではないと言った
ひどく冷たい顔で 冷えた声で 彼は言い放った
エルンストは 思ったことを実行する
きっとどんなことにも惑わされずに やるべきことを確実にこなしていく
あのとき エルンストが何を考えていたのか 今でもそれはわからない
わかるのは 女王になれという意思だけだった
だから 一生懸命がんばった
女王になったことを後悔はしていない
エルンストには本当に感謝している
あのことがきっかけとなってここまでくることができたのだ
ただ 傷ついた記憶が消えることは無い
エルンストを好きでいる限り ざっくりと割れた部分が元の状態に戻ることはないのだろう
アンジェリークは起き上がり 窓のカーテンを少し開けた
まだ薄暗く もやのようなものが辺りを包んでいる
外の景色を眺めながら アンジェリークはエルンストのことを考えた
彼は自分のことを好きでいてくれている
今まで もしかして と思っていたことが現実になり 昨日はこれ以上ないというほどうれしかった
だが
この宇宙の侵略者を無事倒すことができたとして
その後はどうする?
この宇宙の しかも守護聖でもないエルンストと
こことは違う宇宙の女王である ほとんど永遠といっていい命を持つことになった自分との間に未来なんてあるのだろうか
そのことに エルンストが気がついていないはずはない
むしろ 知りすぎているくらいだ
この戦いが終わり それぞれの住む場所へ戻ったならば
もう 今度こそ 二度と会えないだろう
それをエルンストがどう考えているか
想いが通じた途端 襲われる現実
以前もそうだった
そして エルンストは離れていった
そこで アンジェリークははたと気が付いた
彼が既に この宿を出ているかもしれないということに
親友がいるというその場所に 先に行ってしまったかもしれない
そして追いついた時にはまた こう言われるのかもしれない
「忘れていただけませんか」と
アンジェリークは急いで着替え始めた
まだエルンストがいるならば 一緒についていくつもりだった
音をたてないように なおかつ急いで階段を降りる
エルンストがいるはずの部屋へ行こうとして 目がある一点で止まった
窓際に立ち 煙草を吸っている後ろ姿 かっちりとした王立研究院の制服
(エルンストさん……)
声をかけるのに躊躇した
彼が振り向いたとき どちらの表情を見せるのか 知るのがとても怖かった
笑顔か いつもの冷たい無表情か
また あの日の出来事を繰り返してしまうのか
アンジェリークはずっとその場に佇んでいた
近くて遠い その人を前にして
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