その先にあるもの 7


その人物は 異様な雰囲気をたたえて立ちはだかっていた
黒い髪をなびかせ 不敵に笑う男
アンジェリークたちにとって初めて会う人物であり また
よく知る人物でもあるその男

「アリオス……!」

アンジェリークは小さく叫んだ
そのまま倒れこみそうになるその身体を エルンストが後ろから両手で支える


アンジェリークの魔法の力を再び戻すべく 一行はエリシアが産出されるという洞窟に入った
しかし エリシアを手に入れる前にアリオスが姿を消し
懸命に捜すも見つからず 宿に戻ったところで「彼」が現れたのだ


「我はレヴィアス・ラグナ・アルヴィース。我は皇帝。お前たちの知るアリオスなど、どこにもいない」

空中に浮き マントをなびかせながら レヴィアスは宣言した
その背後では雷が轟き渡る

皇帝
アンジェリークが倒さなければならぬ敵

銀の髪をかきあげ 常に皮肉げな笑みを見せていたアリオス
戦いでは仲間を庇い 率先して敵を倒していたアリオス
その彼が実は皇帝の仮の姿だったという事実に アンジェリークたちは立ちすくむ

「やはり……な」

オスカーがレヴィアスであるアリオスを強く睨みつけた


動揺を隠し切れないかつての”仲間”に向かって レヴィアスはそのような過去など露ほども見せない眼差しを送る

「愚か者ども。我の正体に最後まで気づかぬとは、よほど『聖地』は生ぬるい場所と見えるな」

ハッハッハッハッハ!

レヴィアスは高らかに笑う


「アリオス!」

エルンストに支えられながら アンジェリークは懸命に声を張り上げた

「どうして? なぜなの? なぜこんなことを? なぜあなたが皇帝なの!?」

一方 レヴィアスは動じる様子もなく 黒い髪の隙間から静かにアンジェリークを見つめる

「なぜ……か。そのようなことに答えなどいらぬ。我は皇帝だ。失われた地位を取り戻すため、お前の宇宙を利用した。……これで満足か?」
「嘘よ! 嘘でしょ? あなたが私たちを騙していたなんて、そんなわけない! そんなの絶対……っ」

エルンストの腕から飛び出さんばかりの勢いで アンジェリークは叫んだ
それを 側にいたオリヴィエが制止する

「アンジェ、何言っても無駄だよ。諦めな」

そして 厳しい眼差しをレヴィアスに向けた

「あんたの言うことはよくわかったよ。前にジュリアスの偽者が現れたのはこういうわけだったんだね。だったら……あんたを倒すまでさ」

オリヴィエは腰にさしてあった小剣を取り出して構えた
それに続くようにしてオスカーやヴィクトールも剣を手にして前へ進み出る

「やめて! みんなやめて!」

アンジェリークはついにエルンストの元から飛び出し 一行を振り返った
オリヴィエたちは一瞬怯み その隙に アンジェリークはレヴィアスの方へ駆け出していった
レヴィアスの右手が高く上がる

「アンジェリーク!!」

エルンストがそれを追う
途端 閃光が走った

ドーンという音と共に 光がアンジェリークめがけて駆け抜けていった


光が止むと そこにはうずくまったアンジェリークと 彼女に覆い被さったエルンストが残っていた
少し先には大きな穴が空いており その衝撃の強さを物語っていた

「レヴィアス!」

エルンストは立ち上がって レヴィアスを睨みつけた
レヴィアスはその視線を受け止め だが 変わらぬ調子で言う

「……次は容赦はしない」


「貴様!」

二人が睨み合う中 エルンストの背後で オスカーが剣を振り上げた
しかし オスカーが技を放つ前にレヴィアスの右手が上がった

続けざまに走る閃光
それは オスカーの前だけでなく その少し後ろにいるオリヴィエやヴィクトール
そして その更に奥に控えていた全員の目の前に正確に落とされていった


「アリオス! やめて! 私たち、仲間だったじゃない。忘れたの? ねえ!」

アンジェリークの全身は熱をもって震え 必死に訴える

「忘れた……な……」

強い風で その小さな声は届かなかった


「アリオス、答えて! 私、こんなの信じない。絶対に信じない!!」

その時 それまでアンジェリークを守るように抱きしめていたエルンストが立ち上がった

「私はあなたを許しません! 私たちを、アンジェリークを欺き、この宇宙に害をなそうとするあなたを許すことなどできません」

手をかざし レヴィアスを見つめ 己の知る限り最強の魔法を唱えようとした
しかし

「エルンストさん!」

口を開いたエルンストから声は発せられなかった
アンジェリークがエルンストの腕にすがりつき懸命に首を横に振っていた


「心優しき女王よ」

レヴィアスはマントを翻した

「そのように甘いことでこの宇宙を守ろうなどとよくも言えたものだ。
金の髪の女王と藍の髪の補佐官はこちらの手の内にある。そのことをよく覚えておくのだな。取り戻したくば全力でかかってこい。こちらも容赦はせぬ。楽しみにしているぞ……」

瞬間 オスカーの放った魔法がレヴィアスの体を貫いた
だがそれは 手ごたえのないまま空間に吸い込まれ
わずかほどのダメージも受けないレヴィアスは 笑みを浮かべたままその場から消えた


「本体ではなかったのか……」

オスカーは歯を食いしばり レヴィアスがいた方向を睨みつけた

「ええ。ですが、意識をこちらに飛ばすだけでも相当な力を必要とするのに、あれだけの攻撃力があるとは……」

エルンストも空を見据える
その手の中にはアンジェリークの身体がしかと抱きしめられていたが
ふいに そのアンジェリークの腕の力が抜けた

「アンジェリーク!」

ぐんにゃりとした身体をエルンストがかろうじて支えたため 地面に倒れこみはしなかった

「ごめんなさい……大丈夫……」
「何を言っているのですか。とにかく戻りましょう。アンジェリーク」

エルンストはアンジェリークを横抱きに さっと抱きかかえた
最初のうち 降りようと試みたアンジェリークだったが それを眉を吊り上げたエルンストに拒まれると 諦めておとなしくエルンストに身体を預け
やがて その口からは小さくぽろりと言葉が流れ出た

「アリオス……」


エルンストには聞こえていた
そして 聞こえていてもどうすることもできない己を歯がゆく思った
と同時に
今 この瞬間 彼女の心の全てを奪い去ったアリオスに対して 憎悪に似た 今まで知ることのなかった感情を自覚していた

しかしそれは この宇宙の侵略者を憎む気持ちに上手にすりかえられた
親友のロキシーに対してレヴィアスが行った行為を憎む気持ちのせいだと

そのことに エルンストは気がついていなかった

まったくといっていいほど 完全に気づかぬまま
腕の中の愛する人の重みを ただひたすらに感じていた



◆◇◆◇◆



「アリオス! もう止めて。お願い……!!」

アンジェリークはロッドを握り締め 叫んだ



アリオスが正体を現してからというもの
今までとは比べるべくもない数の敵により
アンジェリークたちの命は幾度となく危険に晒された
敵の戦闘能力はこれまでと変わらなかったが
それまで先頭に立って敵の攻撃を防いできたアリオスはもういない

日を追うごとに仲間の中に負傷者が増える
そのことにアンジェリークがどれほど胸を痛めたか知れなかった
しかもそれが全てレヴィアス いや
アンジェリークにとってはアリオスの手によるものだということが
より一層 心を締め付けていた

それでも 留まるわけにはいかない



ここに 皇帝レヴィアスのいるこの城に辿り着くまでに
様々な人々と出会い 多くの敵を倒してきた
魔法の力を取り戻し 囚われた金の髪の女王アンジェリークとその補佐官であるロザリアを救出した

怪我をしていない者は誰一人としていなかった
美を司るオリヴィエでさえも その頬に切り傷をつくっていた
むろん アンジェリークの体にも敵の攻撃を受けた痕があった
その 二の腕にできた傷を見るエルンストの目には 怒りの炎が湧き上がっていた


そして今 アンジェリークたちは たった一人玉座の前に立つレヴィアスを前にしていた
長い長い階段の向こうで 黒髪のレヴィアスがアンジェリークたち一行を
かつて仲間として共に行動していた者たちを 静かに見下ろしていた


既に決着はついていた
互いにその身に受けたダメージは大きかったが

負けを自覚したレヴィアスは 最後の力を振り絞り ひらりと消えた
そしてこの玉座の前に再びその姿を見せたのだ


「我は……玉座に、我の生まれしあの宇宙の、あの星の、あの玉座を我のものにするために、お前たちの宇宙を欲した。……だがそれも、叶わぬ夢か……」

レヴィアスの声は 瀕死の重傷を負っているとは思えないほど はっきりとアンジェリークたちの耳に届いた

「さあ、我にとどめを刺すのだな。この、我のものではないこの玉座の前で果ててみせよう」

レヴィアスの 死を覚悟しているその言葉を聞き アンジェリークは痛む身体をものともせず叫ぶ

「嫌よ! アリオス! もういいじゃない。あなたは充分苦しんだわ。
あなたの宇宙のことも、あなたのお父さんお母さんのことも、エリスさんのことも!
全部、全部他の誰かのせいでしょう? こうするしかなかった。仕方なかったんでしょう!?」

遥か上から レヴィアスはアンジェリークを見下ろし 忌々しげに笑った

「甘いな……俺はな、お前のそんなところが……憎くて堪らぬ」
「……!!」

静かに言い放たれたその言葉は 重く アンジェリークの上にのしかかった

「上がって来い! アンジェリーク。俺を殺せ!!」
「出来ないっ!!」

アンジェリークはその場にうずくまった
どうしたらいいのかわからなかった
アリオスを助けたいのに 死なせたくなんてないのに


「ならば……」

レヴィアスは視線を アンジェリークを庇うように抱いている人物へと移した

「エルンスト、お前が来い。その手にあるナイフでもって、我を刺し貫け」
「なっ……!」

エルンストは左手をアンジェリークの肩にかけたまま レヴィアスを見上げた
アンジェリークは恐怖のあまり目を見開き 覆われた両手の中から徐々に顔を上げた

「エルンスト。我を生かしておけば、いつまたこの宇宙に危害を加えるかも知れぬ。お前の隣にいるその女は、宇宙の女王であるにもかかわらず、その甘ったるい同情心とやらで俺を生かしておくつもりだ。
お前にならわかるだろう、それがどんなに危険なことか」

エルンストは立ち上がった

「アンジェリークを侮辱することは私が許しません。ですが……
あなたを生かしてはおけない、という点では、私はあなたと同意見ですね」

「エルンストさん!」

アンジェリークがエルンストの服の袖を掴んだ
強くしがみつくその手にエルンストはそっと触れ 優しく握り ぐっと力を込めて腕から外した

「邪魔をしないでください」

エルンストの薄いグリーンの瞳が冷たく光り アンジェリークを縛り付けた
皆が見守る中 エルンストは右手に持つナイフに視線を落とした後
遠くにいるレヴィアスを見上げる

踏み出した一歩が 床の上で カツン とやけに大きく音をたてた



靴の音はカツンカツンと響き
彼は確実にレヴィアスのいる方へと進んでいく


アンジェリークは 恐ろしいほどゆっくりと歩くエルンストの背中を
何もできぬまま 呆然と見送っていた


術が無い
何も 何も


やはり自分は甘かったのかと アリオスの声 エルンストの瞳
それらを思い浮かべながら 目の前の光景を見つめる


覚悟はしていた
どんなに辛いことがおきても 耐えていこうと
この宇宙に平和を取り戻すため
いわれなき圧力 暴力から民たちを守るために 戦い抜こうと

なのに
どうしても
レヴィアスを
アリオスを
この手で殺すことができない


レヴィアスという存在によって
この宇宙に住むたくさんの人々の未来が奪われた
もう 取り戻すことの出来ない 大切な命

そのことをよくわかっているのに なのに





「待って!!」

エルンストの足が階段に差し掛かったときだった
アンジェリークの声がエルンストの動きを止めた

「私が行くわ」


踏み出した足に 迷いはなかった
背後のざわめきを気にする様子もなく
すっと伸びた足が 幾分早足気味に階段まで辿り着く
そしてエルンストの隣で一瞬だけぴたりと止まると 昇り始めた

「アンジェリーク」

エルンストが後から追いかけてきて アンジェリークの横に並んだ
少しばかり驚いた顔を見せたアンジェリークの背中に手を添えて エルンストは先を促し 二人は共に玉座の前へと上がっていった



「やっと、来たか」

レヴィアスは 王たるものが座る場所に深くその身を沈め
両手を肘掛に 足が尊大に組まれた状態で二人を迎えた
そして やってきた者たちをじろりと眺め回し こう言った

「エルンスト。お前はここから去れ。我はこの女と二人で話したいことがある」
「……いいえ。私はここを動くつもりはありません」

引き結ばれた口元 投げつける視線は鋭くレヴィアスを射抜いた

「我の最後の頼みと承知していて……か?」
「ええ」

アンジェリークが驚き 口を挟む

「エルンストさん、私は大丈……」
「貴方は黙っていてください」

激することのない冷酷な口調に アンジェリークは怯んだ
しかし それくらいのことで負けるアンジェリークではなかった

「わかりました。でも、アリオスと話をさせて。お願い」
「…………いいでしょう」

エルンストの肩が少し 下がった



「アリオス」

アンジェリークは黒髪の侵略者であるレヴィアスに向かって
未だに アンジェリークたちの前では認めようとしない名前で 彼を呼んだ

「私はあなたを信じているわ」
「まだそんなことを言っているのか……」


悩んだ末のアンジェリークの答えは やはり アリオスを助けたい ということだった
彼をアリオスと呼び 接したこの数ヶ月
彼の見せてくれた姿は 全てではないにしろ
アンジェリークが友人として 仲間として 愛した人のものだった
いや それよりももっと 特別なものかもしれなかった

本当はアリオスの手をとって 生と死の狭間にある彼を引き止めたかった
しかし彼は拒むだろう しかもそのようなことをしたら
隣にいるエルンストがどのような行動をとるかわからない
そして 彼が心配する理由もわからなくはないのだ
だから アンジェリークはぐっと手を握り締め 思いのありったけを瞳に込めた


「私は、あなたに死んでもらいたくないの。
私が、あなたを死なせたくないの。
そして私は信じてるの。アリオスには明日があるってことを。
もう二度と、アリオスはこんなことをしない。賭けてもいい。
だから私とこっちに来て。私を信じて。お願い、アリオス」


エルンストがこちらを見ているのがわかる
どんな顔をしているのか…… 裏切られたと思っているのかもしれない

アンジェリークはそれでも アリオスから視線を外すことはしなかった
彼はもうこれ以上 動くことはできないだろう
あれだけの傷を受けて 今も彼の足元の血溜りは範囲を広げている
そしてそれを 彼はもう 流れるままに任せているのだ
早く 早くしなければ 彼はこのまま命の火を消してしまう


「……ならば……お前がこちらに来い。
我と共に、いや……俺と一緒に生きると言うのなら、考えてやろう」

レヴィアスがここにきて 初めて笑みを見せた

「それは…………出来ないわ」
「……なぜだ?」


問われて アンジェリークは横を見上げた
困惑の色を見せるエルンストの瞳とぶつかる

「愛しているからよ。私はエルンストさんを愛しているから、
アリオスのところには行けない。……それに」

視線をレヴィアスに戻した

「あなたが欲しいのは私じゃない。エリスさんでしょう?」


レヴィアスが息を飲んだのがわかった
彼の顔から 余裕の表情が剥がれていくのも 目の当たりにした
このような状況でなければ けして見ることのなかったその顔
アンジェリークは初めて アリオスの奥に潜む 彼と言う人物に触れつつあった

レヴィアスの金色の瞳が 怒りに燃え盛る

「それを知っていて……俺に生きろというのか。
エリスのいないこの世界で、俺に生きろと、そう言うのか!?」


アンジェリークは 初めて アリオスの本当の声を聞いたと思った
冗談に紛れて 口にはされなかった思いの数々
あの 遭難した時の アリオスからのキス
あれはカモフラージュされた 彼の本音

今更になって知る 彼の叫び

なぜ もっと早く
なぜ 彼の声を聞かなかった?
後悔の思いが渦を巻き アンジェリークを翻弄していく

「あなたは結局、エリスさんを蘇らせる力を持ちながら、それをしなかった。
それはなぜ? 私を殺したくなかったからじゃないの?
いつだってあなたは私を殺せたわ! そうでしょ?
だったら今の私の気持ちもわかるはずよ。あなたは選べなかったのよ。
エリスさんのために戦いながら、エリスさんを……エリスさんを……」


強い意志を持って説得していたはずだった
なのに最後まで話を続けることができなかった
涙がぼろぼろと滝のように流れ 喉が痛み なにかしゃべろうとするも
ひっくひっくとしゃくりあげることしかできない

「アリ、オ、ス……お願い、よぅ…………」

ついに俯き 顔を覆ったアンジェリークの肩を エルンストがそっと抱く


「クッ……ぶっさいくな顔、しやがって……」

一瞬 レヴィアスの顔に表れたのは泣き笑いの表情
だが それもすぐ 長年つけた仮面の下に姿を消した
それを見ていたのは エルンストだけだった



「クックックッ……油断していられるのも今のうちだな……」

いつの間にか レヴィアスの右の掌には黒い塊を浮かんでいた
それを ゆっくりと目の前に差し出す

「レヴィアス!!」

いち早くその存在を認めたエルンストが その大きな声に驚き顔を上げたアンジェリークを後ろに庇った

「これはな……我が師匠から授かった最後の切り札だ。
だがその男は、この俺がこれで……葬ってやったがな……。
これならば、どんな力を持つ者も、無にすることができる。
わかるか、『無』だ。全てが消え失せる。跡形もなく……な」

差し出されたそれは じわりじわりとレヴィアスの手の上で成長を続ける
右腕が徐々に上がり 大きく膨れ上がったそれを彼は頭上に掲げた


「アンジェリーク! 危ない! 下がりなさい!!」
「嫌! エルンストさん!!」

アンジェリークはエルンストに正面から抱きついた

「く……っ」

エルンストはそのまま アンジェリークを床に押し倒した


「この世から…………消え失せろ……!!」

レヴィアスが 高らかに宣言した





来るはずの衝撃が 来なかった
顔を上げて 二人が見たものは
黒い靄の中に消えていこうとする レヴィアスの姿だった


「アリオ、ス……アリオス!!」

アンジェリークは玉座の前に駆け寄り まだ残っているアリオスの手を掴んだ

「どうして! どうしてよーっ!!」


右手を胸の辺りに置いたレヴィアス……アリオスは
すがりつくアンジェリークを見 次にその傍らに呆然と立つエルンストを見た

「エルンスト……今日のお前はすごかったぜ……いいか……
何があってもこいつから離れるな……そうしないと、俺みたいになっちまうからな」
「……わかった」

アリオスはその短い返答に口の端を上げることで答え
再び 足元にうずくまるアンジェリークを見下ろした

「お前は、最後までバカだったな……」

そして 左手を掴まれているため 右手でアンジェリークの頭を撫ぜようとして
それがもうないということに気がつき 片頬で笑った



黒い塊は アリオスの胸元と右手から侵食を始め その範囲を広げていった
その消え行く体を アンジェリークとエルンストは見ていることしかできなかった

アンジェリークが ぎゅっと握りしめたその暖かな手
それも すうっと消え 急に掴むものをなくした爪が掌に食い込んだ

「アリオスッ!! 嫌!!」

アンジェリークは玉座によじ登り 今度はアリオスの頬を両手で挟んだ
彼を生涯縛り付けた皇帝の証 金色の瞳がアンジェリークをじっと見返している


しかし どんなに強く願っても 彼をこの場所に留めておけるはずもなく


ふいに 彼が笑った

金と緑 色違いの瞳 黒い髪のまま レヴィアスの姿のまま アリオスは笑い


やがて

目の前で 嘘のように すうっと―――――消えてしまった





アンジェリークの
触れるものを無くした両の手が ぶるぶると痙攣する
その目が更に見開かれた


「いやあああぁーーーーー!!!」


エルンストは駆け寄った そして
玉座の背もたれに向かい 座り込んだまま背を丸めたアンジェリークを 背後から抱きしめた
腕の中の体は震え続け
彼の名前と 嫌という言葉と 交互に吐き続けている

エルンストは更にその腕に力を込めた
強く 瞼を閉じ
いつまでも 抱きしめていた
いつまでも 抱きしめ続けていた


それしか彼には できることはなかった




エル万歳     BACK     NEXT