空色の


空港内に足を踏み入れた時 懐かしさのあまり立ちすくんだ
同じ茶色の髪をした人々がせわしなく行きかっている

すれ違う人は皆 同じような風貌をしていて
それに少々物足りないと感じたのが二番目の感想
それもそのはず
ここは単一民族の国なのだから


聖地では 瞳の色 髪の色 なんでもありだった

最初の謁見の日 扉を開けた途端 そんな様々な特徴を持つ皆さまがずらりと並んでいて とても華やかだったことを覚えている

謁見の間に行くまでの間 世話をしてくれた女性は 薄い紫の瞳をしていて銀に近い金色の髪を編みこみ後ろで小さくまとめていたし
もう一人の女王候補レイチェルも金髪
だからここには金髪の人もいるのだというぐらいにしか思っていなかったところに 水色やら赤やらが目に飛び込んできたのだから とても驚いたものだ

あの時は その色とりどりの豪華さを前にして用意してきた挨拶の言葉など全て吹き飛び
「よろしくお願いします」
としか言えなかったというのに

それでも いつの間にかそれに慣れてしまっていた


空港内をゆっくりと歩く
ざわめきと自分自身が切り離されているような気分
そして実際 この星の運命とは違う ずっと遠い場所で私は生きることを決めたのだった

新しい宇宙には まだ生命は誕生していない
レイチェルと この宇宙から派遣されたスタッフ数名
極少数の人数で 新宇宙の歴史はスタートした
その中に 彼はいない……


エルンストさん…………今頃どうしているだろう


即位して3日目
この宇宙の女王 アンジェリーク・リモージュの勧めでこうして里帰りを果たした
ただし 一人ではない
隣に一人 後ろを振り返れば 離れた場所に二人の護衛の人を確認することができる
誰も自分が新宇宙の女王だとわからないだろうと思うのだが
万が一何かあっては ということだそうだ

こんなことなら飛行機に乗っていく などと言い出さなければ良かった
家の側に次元回廊を通せばあっという間だったのに
それでも 最低誰か一人はついてくることになっただろうが



空港には 家族と友達が来てくれていた
まるでここを出たときと同じ顔ぶれで 時が戻ったのかと一瞬錯覚をおこした

約半年ぶりの再会
「ただいま」と言い「お帰り」と返ってくるこの関係
その場にいる誰も 泣いたりはしなかった
それはまるで留学先から帰ってきたかのように平和な景色だった


実家には12日間滞在する予定だった
しかし 一週間経った頃
私はずっと考えていたことを母に打ちあけた
最初はそのつもりがなかったこと
だけど この地にいるうちに抑えきれなくなった感情

私には どうしても どうしても 会いたい人がいた

「お母さん。……私、あさってにはここを出ようと思う」

やっとのことで切り出せた言葉に 母は思い切り眉根を寄せた

「だって、アンジェ、あと5日あるじゃないの。何を言ってるのよ」

その衝撃は 手にとるようにわかる だからこそとてもためらった
ピシャリと言い放たれた言葉に 私に対する思いを痛いほど感じる
それでも 会いたいと思う気持ちを止められない

「どうしてもしておきたいことがあるの」
「それは家族と一緒にいることより大事なことなの?」
「…………ごめん」

わがままだとわかっていた
これ以上悲しませるなんて 甘えるにも程があると思う

母は黙って寝室へと行ってしまった
理由を言おうともせずガンとして譲らない私に 最後には顔を歪ませていたのが見ていて苦しかった


それでも 次の日には 許してくれた
話し合いの末 私はしあさってにここを出ることにした

話が決まった途端 娘に持たせる荷物を慌てて選別し始めたせっかちな母の
その丸まった背中を見ながら慰めるように言う

「また来るよ……。これで最後というわけじゃないし……」
「当たり前よ」

母は仕度を続けながら強い口調で返してきた

(でも、ここでは何年先になってしまうんだろう…………)

女王になった途端に 言えない言葉が増えてしまった
言えない代わりに 私は黙って母の背中を見つめ続けた



あの人が住んでいる国まではここから半日かかる
飛行機に乗り込んで 窓から外を眺めた

(お父さん、お母さん、ごめんなさい)

後ろ髪ならたくさんひかれている それなのに私は彼に会いたいという気持ちを優先させてしまった
会ってどうしようとかは何も考えていなかった
ほんの一瞬でもいいから会いたかった
たったそれだけの為に 私はここにいる


飛行機を降り タクシーを待つ間 見上げるときれいな青空が広がっていた
聖地にも負けないような澄みきった青
それは女王試験の日々と大好きな人の髪の色を思い出させた
飛行機の中では鬱々としていたが これから会うその人のことを考えると
我知らず 気分が高揚していくのがわかった

会いに行ったらびっくりする びっくりさせたい
なんでこんな所にいるのかって 叱られるかもしれない
それでもいい それだけでも ひと目会って話がしたい



彼の勤める主星の王立研究院は 都会の喧騒から離れた静かな場所にあった
荷物は護衛の二人に任せて 残りの一人と研究院の門をくぐった

敷地内は思ったより広く どこがどこだかさっぱりわからない
案内役も兼ねている彼の言うままに歩いていく

ちょうどお昼時なのだろうか
そこかしこで弁当を広げる人々を見かけた そして
なにげなく横を向いたその場所 小さな公園のような所に 彼がいた


ベンチに座るあの人物 間違いない あれはエルンストさんだ
水色の髪の毛といい 姿勢の良いあの背中といい
遠目でもはっきりとわかる ずっと見てきたのだから

急速に打つ鼓動に支配されながら 彼に近づこうと一歩足を踏み入れた
その時 新たな事実に気がついた


急に止まった私を 付いてきてくれた人は不信に思ったのだろう

「どうされましたか?」
「………………」

エルンストさんに隠れてさっきは見えなかったが
彼の隣には 女性がいた
エルンストさんとちょうど同い年くらいの 大人の女性
ゆるくウェーブをかけて胸の真ん中あたりまで垂らしているその髪は 彼と同じ水色だ

硬直して見つめていたその時 その彼女の隣で エルンストさんが声を出して笑った
彼女は持っていた何かを 笑っているエルンストさんの口に強引に押し込んでいる
エルンストさんはそれを拒みながらなおも笑い転げていた


ショックだった
こんなエルンストさんは見たことがない
自分と一緒にいたときに 彼がこんなにくつろいだ表情を見せてくれたことはなかった
まるで別人かと思うようなその姿

聖地で いったい彼の何を見てきたのだろう
心が通じていると思っていたのはこちらだけだったのか
エルンストさんは ここにいて とても楽しそうだ
彼は幸せへの道を確実に歩んでいる


今度二人 出会うことがあったなら 一生側にいてくれと言ったあの日
本気でもう一度会えるとは思っていなかった 会う気もなかった
だから あんな無茶とも言えることを願った

なのに そんなの強がりだ
だってこんなにも 胸が痛い
架空の約束事で この先を生きてゆく糧を得たかっただけだ
夢を見たかっただけなのだ
キスをした次の日に拒まれたあの傷は それでも癒えていないというのに


エルンストさんがこの先幸せでいてくれるならそれでいい
そう思いもした そう言うつもりだった
今日会って きれいに別れようとしていた
あんな約束などおくびにも出さずに

私はずるい
エルンストさんには 自分の側で笑っていて欲しかったんだ


「……帰りましょう……」

音を立てないように そっと公園を出た

「よろしいのですか?」

その言葉に無言で頷き 出口へ向かって歩き出した

来なければ良かった でも 来て良かったのかもしれない


強くなろう
どのみちエルンストさんとは同じ時間を生きることはできない



歩けば歩くほど エルンストさんとの距離がどんどん遠くなる
ついこの前まで 手を伸ばせば届く所にいたのが嘘のようだ
それでも歩く 止まらずに 振り返らずに進み続ける

考えてはいけない
一度足を止めたら もうどちらへも動けないだろうから


門の前 タクシーの側に立つ二人の姿が見えてきた
そう 私の進むべき道はこちら側にしかない

車に乗り込む直前 上を見上げた
美しい青が目に飛び込む
瞳を奪われていたのは一瞬だった

間もなく タクシーは空港へ向けて走り出した 




エル万歳