永遠の隣 4


辛いのは最初からわかっていた
右隣 ぽっかり開いたその部分にいるはずの人がいないこと
知らなければよかったのに 知ってしまったからこそ
アンジェリークはこうして苦しい夜を過ごしている

エルンストは今頃どうしているだろう
寝ているのか 起きているのか
別れてから主星ではもう何日過ぎてしまったのか


聖地はまだ 夜を迎えたばかりだ
今朝 このベッドで抱き合ったばかりだというのに
その夜には 彼は遠い場所 遠い時間(とき)へと行ってしまった

こうしてこれから何度取り残されていくのだろう
エルンストのことを思うたびに アンジェリークは暗い気持ちを覚えるのを止められなかった
特にこんな夜 エルンストと別れた日などは……

それは 恋の夢心地にいるアンジェリークの表情を瞬時に曇らせ
心の中をあっという間に真っ黒に塗り潰していく


次元回廊への道すがら 何度「行かないで」と言いそうになったことか

その言葉をぐっと飲み込み 扉の前でアンジェリークはエルンストを見上げる
すると必ず 彼は晴れやかな笑顔を向けてきた
そこに迷いや逡巡は一切無く
つられるように 彼女も笑顔で手を振り
……見送るのだ

わかっている 言っても仕方が無いということは

二人で決めたこの約束は 何があっても覆さないという誓いも含めていた
仮にそれを破り 1日でも多くエルンストが新宇宙に滞在してしまったならば
もうそこから歯止めは利かなくなるだろう
どこかで区切りをつけなければいけないのだ 互いの為に


アンジェリークの身体に満ち溢れるサクリア
この宇宙 アルフォンシアがアンジェリークを選び
アンジェリークがアルフォンシアを選んだ時から
女王のサクリアが 永遠ともいえる緩やか過ぎる時の流れに彼女の体を乗せてしまった
サクリアの無いエルンストとの間は この先も永久に開き続ける
再会するたびに 彼は少しずつ年をとっていく


エルンストはもう30になったとアンジェリークは聞いていた
出会ったときは27だった
そもそもスタートラインで10も年が離れていたのに
これからどんどん先へと彼はいってしまう
20日毎に31 32 33 と彼の身体は年を刻んでいく
その彼に会うたびに 外界の時の流れを意識し
聖地がまるで檻の中のように思えてしまう

そんな時 アンジェリークは瞬時にそれを否定するが
その考えは頭の隅にこびりつき けして消え去ってはくれなかった

アルフォンシアに出会っていなかったら
エルンストを好きにならなかったら
エルンストと共に歩むことを選ばなかったら

様々な仮定が胸中を巡る
そして必ず アンジェリークはそんな自分を嫌悪する
この中のどれが欠けても
自らの子ともいえるアルフォンシアを愛しむことはできず
エルンストを愛し続けることもできない

もう一度同じ立場になったとしたら 必ず
どれひとつとして間違うことなく この選択肢を選ぶと確信しているというのに

エルンストと離れて一人で眠る生活はこれで三度目
考えても仕方の無いことだとわかっていながら それを止めることもできず
こうして今も アンジェリークは涙で湿った枕を抱きしめていた



頭でわかっていることと感情は違う

アンジェリークはベッドに体を横たえたまま
悲しみの波が去っていくのをひたすら待っていた
放っておけばじきに泣くことに飽きるだろう
これまではこうしてなんとか この最悪の日を乗り越えてきたのだ

しかしこの日は
瞳からはらはらと零れるものが止まる気配を見せようとしなかった
このまま少しずつ 涙とともに体から力が失われていくのではないか

はんばうっとりした心地で アンジェリークは夢想した

ひっそりと枯れていく自分を


それでもいい……
起き上がれなくなっても
そしてこのままサクリアが失くなってしまえば……
そうすれば ここから解放される……!


ちらりと思ったそれは 女王である彼女を打ちのめした

今 なんてことを考えたのだろう!


とっさに顔を覆うその指の隙間 大きく見開かれた青緑色の瞳から大粒の涙が零れ落ちた
その雫が手の甲を伝った感触が 張り詰めていた最後の糸をプツリと切った

(もうダメ……もう私ダメだ…………)

言葉にして思った途端 アンジェリークの肩は嗚咽で震えた


こんなに弱い心のままで宇宙を導くことなんてできはしない
どうして女王になってしまったのだろう
エルンストが側にいないだけで いつもいつも こんなにも心が荒れてしまうというのに

生半可な気持ちで女王になったわけじゃない
宇宙に選ばれ 選び取ったこの道を なにがあっても投げ出さないと誓ったはずだった
それなのに今 それを捨てようとした

恋人の存在があるが故に

だから……女王は恋愛をしてはいけないのだろうか
恋というものは これほどに感情を揺らすのか

こんなことをこれから先 何度も繰り返すのだ
弱い心をこうして毎回見せ付けられるのは耐えられない
いや それよりも怖いのは その繰り返しに終わりがくること…………

終わり…………?


手のひらの中から徐々に 泣き濡れた顔が姿をあらわした
しかし その瞳から新たに零れ出るものはなかった


「そんなの嫌!」

アンジェリークが出した声は はっきりと部屋中に響いた
その瞳に力が戻る
勢いをつけて彼女はベッドから起き上がった

二度と会えないわけじゃない
エルンストは今も生きている
そして2週間後にはまた会える
会えないことより 会うことのできる今が どんなに大切なことか!

アンジェリークはタオルを取り出し 濡れた顔をゴシゴシと強く拭いた
気合を入れるために 両手で頬をパシンと叩いた

(私はまだ大丈夫!)


部屋の隅にある通信装置をちらりと見る
レイチェルの元気な顔 はりのある笑い声が心に浮かんだ
今 彼女と楽しくおしゃべりができたら きっともっとがんばれそうな気がした
しかし時計を見ると そろそろ3時になろうかという時刻
さすがに気が咎めたアンジェリークは 諦めてキッチンへと足を運んだ




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