永遠の隣 5


棚の中にずらりと並んだお茶の缶
今では紅茶を中心に お茶類を集めるのが趣味のようになっていて
それを知るレイチェルやエルンスト 時にはリモージュの宇宙からも
土産としてやってきた珍しいお茶が 棚の中から溢れんばかりにひきめきあっていた

「そろそろ新しい棚に変えないとね」

「いつの間にこんなに増えたのかな……」
そうつぶやきながら ひとつひとつ手にとってラベルを眺める
今の気分に合うお茶を探して 床一面に缶が散らばった


(あ………………!)

手の届く範囲に缶が置けなくなってきた頃
上の棚の右隅奥に隠れていたものがアンジェリークの目に飛び込んできた
それを見た瞬間 胸にツンと痛みが駆け抜けていく

「ア…………リオス……。こんなとこにいたのね……」

オレンジダージリンを手に取り 目の前に引き寄せた
丸くて平たい缶
すぐにあの光景が脳裏によみがえる

アリオスはあの時 綺麗にラッピングされたこの缶を
アンジェリークに向けて突然投げてよこした


「ちょ、ちょっと何? これ」
「やるよ。うまいって言ってただろ?」
「開けていい?」
「ああ」



アンジェリークは過去に思考を彷徨わせる


そう答えたときのアリオスはどんな顔をしていただろう
それだけじゃない
喫茶店にいた時からこの紅茶をもらうまでの間のアリオスの表情が
あまり思い出せないのはどうしてなのだろう

唯一覚えているといえば 缶を投げてよこした時だけだ
それすらも 少しずつぼんやりと霞がかってきている

覚えていないのは 多分…………
自分のことしか考えていなかったからだ

あの時は アリオスがそんな深い事情を抱えていたとは知らなかった
知らないまま 彼に接していた
彼といると 楽しかった
体にのしかかる女王としての責任も
エルンストとの恋も
彼と話すことでなんとかなると思えるようになったのに

なのに
アリオスは……
アリオスのほうは…………ダメだった

何の力にもなれなかった
それどころか 最後の戦いのあの日 突き放してしまった


「……ならば……お前がこちらに来い。
我と共に、いや……俺と一緒に生きると言うのなら、考えてやろう」
「それは…………出来ないわ」
「……なぜだ?」
「愛しているからよ。私はエルンストさんを愛しているから、
アリオスのところには行けない。……それに
あなたが欲しいのは私じゃない。エリスさんでしょう?」


息をのむアリオス 無防備な顔をした アリオス
怒りに震えた……アリオス

「それを知っていて……俺に生きろというのか。
エリスのいないこの世界で、俺に生きろと、そう言うのか!?」



あの時 初めてアリオスは見せてくれたのだ
アンジェリークに アリオス自身を

そして たった一瞬だけ見せて 彼は消えた
間際に見せた笑顔は いつものアリオスのものだった



「アリオス……」

アンジェリークの 缶を持つ指に力が篭る


もし もしも アリオスの言葉に従っていたならば
もしかしたら 彼は思いとどまってくれただろうか

自らの生を 自らの手で葬り去ることを


再び あの場面が戻ることはない
考えたところで 今更どうすることもできない
アリオスはもうこの世界のどこにもいない
他の宇宙を探しても どこにも彼は存在しない

もう あの笑顔を見ることはない
からかわれることも
「バーカ」と言われることも
その言葉に対して怒りたくても それは独り言になって
なにもない空間に吸い込まれていくだけだ


彼とアンジェリークが共にいた期間はたった数ヶ月だった
たったそれだけの時間で アンジェリークは急激にアリオスと親しくなり
友情と呼べるであろう絆を結んだ

アリオスがそうと認めるならば

少なくとも アンジェリークはアリオスを友人として大切に思っていた
彼が宇宙の侵略者 皇帝レヴィアスであるという告白を受けた時ですら
その気持ちが変わることはなかった

だが 最後の場面で アンジェリークは首を横に振った
そこに逡巡や戸惑いなど一切無く
きっぱり「否」と 彼女は告げた

それはひとえにエルンストへの揺ぎ無き愛ゆえであり
その時 アンジェリークにとってエルンストとのことは
犯すことのできない神聖な誓いだったのだ


それを 今になってあの時の選択が
もしかすると間違いであったのかもしれないと思い始めていた

人 ひとりの命がかかっていたのだから

……そうではない

命の重さに貴賎はない
そして彼女は平等に民を愛すべき立場の者



アリオスがそれまでどんな酷いことをしてきたかをアンジェリークはよく知っている

人々の意識を魔導の力を使って思うさま操り 彼らの安穏としていたはずの生活を破壊しただけでなく 戦いにまで駆り立て そのさなかに命を落とした者がいた

また 宇宙の女王アンジェリーク・リモージュとその補佐官ロザリアを監禁し
彼女達の持っている力を吸い出し 我が物とした

そして 最後にはその力でもってアンジェリークと守護聖全てを亡き者とし
宇宙の最高権力者に成り代ろうとしていた 彼 アリオスは……
アリオスは……


あの日の決断が女王としての考えのもとであったならば まだ己を慰めることもできたであろう
それを振り切り 一度は彼を助けると決めたはずだったのだ

だからこそ アンジェリークはずっと後悔をし続けていた
彼女にとってかけがえのない友の命を 自分の感情の行方によって目の前で失わせてしまったことを


いつの日か エルンストが言った言葉を アンジェリークはよく覚えていた
とうてい信じることができないと思ったそれを
今 再びアンジェリークは思い出してみる

「最後の日、彼が戦ったのは死ぬためだったのです。 潔くこの地から、あなたから、身を引くために」

もし それが本当ならば
アリオスを止めることができたかもしれないのだ

しかしそう考えるのは思い上がり過ぎているかもしれない
それに それほどの覚悟をしているのなら
何を言ったとて 結果は変わらないかもしれない
でも でも……!


でも……

「終わっちゃった…………んだよね……」

周りの皆は これでよかったのだと言った
むしろ こうであるべきだと言った者もいた
それが極真っ当な意見であることは アンジェリークもよくわかっているつもりだった
それぞれ大なり小なり 苦い思いを飲み込みつつであろうその口調に
アンジェリークも頷くしかなかった



この夜 選んだお茶は
懐かしい香りと共に 胸苦しさを覚える味をしていた




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