永遠の隣 7


なんだかんだと言いつつも レイチェルは結構楽しそうにしている
それはこれからの出来事に対して大いに期待しているからだろうと
アンジェリークは 彼女の鼻歌を聞きながら思っていた

本来なら 未知の場所に行く場合は警戒してしかるべきであろうが
この広い宇宙を把握し尽しているレイチェルは その自信からか
まるで自分の庭を散歩しているかのような気楽さで隣にいる

女王であるアンジェリークが育み
補佐官であるレイチェルと共に抱きしめるこの宇宙
二人はこれから愛しい我が子とも呼ぶべき者に会いに行く

だから アンジェリークは自分の足で歩いて側に行きたかった
その者が生きるこの地を肌で感じながら 出会いたかった


「最初はピクニックくらいの気持ちでいたんだけど」

登り続けて約30分
最初 それほど高くないと思われた目の前の丘は
いざ登ってみるとその先に実はもうひとつ頂があったのだった

レイチェルの鼻歌はだいぶ前に演奏を終え
その代わりに荒い息と「ねー、マダー?!」という遠慮の無い不満の声が アンジェリークをちくりちくりと責めていた

しかし アンジェリークはその攻撃に対してそれほど気にすることもなく
適当に相槌をうったり 励ましたりしながら歩みを進めていた
レイチェルの機嫌が本当に悪くなったら うんともすんとも言わないことをよく知っていたから

それでも しまいにはレイチェルと同じように息は乱れ
やっとのこと 自分の選んだ方法がちょっと無茶だったと気が付いてきたところだった


「ちょっと休憩しよー?」

なので レイチェルの提案はアンジェリークにとって心底ありがたいものだった
いちもにもなく同意を示すと 二人は斜面の上 草の柔らかそうな場所に並んで座った
すぐにレイチェルは上半身を倒すと「疲れちゃったヨー!」と言って伸びをする

「ごめんね、こんなとこまで……」

ぽつりとつぶやくアンジェリークを レイチェルは両の眉を上げてちらっと見て
すぐに視線を上に移し 眩しそうに目を細めた

「いいけどさ。うわ、いい天気ぃー! 平和そのものってカンジ」

明るい声と笑い顔にほっとしつつ アンジェリークも真似して空を見上げた


こうして見ると どこも同じような色をしているのだなと思う

女王候補に選ばれる前 なにげなく見ていた青い空
女王になるために懸命だったあの頃 聖地で見上げた清らかな青
エルンストに会いに行った その先で見つめた 愛しい人と同じ青……

こうして言葉にすれば違う けれど どの空も等しく青かった
今は遠く離れた愛しい人たち
同じ空の下とは言えなくても
同じ青い空の下 みな生きている
生きていてくれる


その思いは アンジェリークの瞼を震わせた
ひとりではない
隣にはレイチェルがいてくれる

嬉しい気持ちで胸をいっぱいにして アンジェリークは両腕を万歳にした格好でぱたっと寝転んだ

「服、汚れるよー。いいのー?」
「そっちだって」

互いにくすくす笑いあうと 黙ってまた空を見る


ひとつだけ 知らない空があった
アリオスが育った宇宙の空だ

そういったことを彼から聞くことはなかったと アンジェリークは思った


新宇宙での生活が落ち着いてきた今でも
アンジェリークがアリオスのことを思い出さない日はなかった
彼が自ら命を絶ったあの頃ほど頻繁ではないにしろ
目に付いたものが ふとした瞬間に彼の思い出とイコールで繋がれていく

そして 無意識の世界での彼は まだ過去の人となり得ていなかった

夢の中ではいつも アリオスは当たり前のように生きて目の前に立っていた
会いたかったと泣きながら抱きついたアンジェリークは
「変なヤツ」
と言われて そういえばどうして私は泣いているんだろうと思い
そのうちぼんやりと目が覚め その理由を知るのだ

そんな時は再び目を閉じる
彼が生きていた記憶の残骸が 甘く自分をとりまき
ばらばらに千切れていたそれが集まって 彼 アリオスの姿が甦るから


アリオスを失ったことによる衝撃は 思いのほか アンジェリークを苦しめた
遠く離れたエルンストを思う激しい痛みとは違い
ちくりちくりと しくりしくりと 胸を締め付ける
どうあがいたところで取り戻せないという現実は 切なさへと移行する


アリオスの見ていた空はどんな色だったのだろう



「アンジェ!」

突然ゆさゆさと揺すられて アンジェリークはぎょっとしてレイチェルを見た

「誰か来る! 近づいてくるよ!」

その足音のようなものは斜面の下のほうから聞こえてきた
その瞬間 アンジェリークの心臓ははっきり音をたてて加速した
その胸の中に最初に巻き起こったのは期待 その次に恐れ

聞き覚えのある
まさか
違う
そんなはずはない

ぶるぶると力の入らない両腕でゆっくりと起き上がる



銀色の髪が 風に靡くのが見えた




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