アンジェリークはカタカタと慣れた手つきでキーボードを叩いていた
エルンストと新宇宙で生活するようになってから 主星にいる彼とこうしてメールで最低でも一日に一回連絡をとっているのだ
とはいっても アンジェリークのいる新宇宙と エルンストのいる主星では時間の進み方が違うため エルンストから10通ほど届いた頃にやっと1通返すことができる程度だったが
最初の頃は人差し指でポチポチ押していたアンジェリークも
練習に練習を重ねて今ではかなり速く打てるようになっていた
日々 感じたり思ったりしたことを少しでもたくさん伝えたい
そして エルンストから届く 驚きや喜びに満ちたメールに対して 側にいるような気持ちで分かち合いたい
その一心で まどろっこしい指の動きがスムーズに 頭で考えたことをそのまま文字に出来るまでになったのだ
軽快な音はしばらく続いた
言いたいことがたくさんあり もつれた指先がまた違うキーを叩いてしまって
アンジェリークは「もうっ」と唇を突き出した
タイピングが早く出来るようになったらなったで こういうミスを連発してしまう
変換ミスも多く これまで気付かずに送ってしまったものに対して エルンストに指摘されたことが何度かあった
しかもご丁寧に 受け取った側が思わずふきだしてしまうような返し方を彼がしてくるため 言われたことを悔しく思いながらも しばらくの間 思い出しては顔をニマニマと緩めるアンジェリークなのだった
しかし 今回は間違いにすぐ気付き 慌てて消して打ち直す
突然 パタ とアンジェリークの手が止まった
画面上にはこう残されている
それからね、今日はエルンストさんに聞いて欲しいビッグニュースがあるんですよ。
とうとうこちらにも守護聖が誕生しました!
まさか、って思うかもしれないけど本当なんです。
驚きましたか? 私はすっごく驚きました。
まさかこんなに早く誕生してくれるとは思っていなかったんですもん。
それで、その初めての守護聖様というのが
「どうしよう……」
ここまで打った後 アンジェリークはつぶやいて 俯いた
アリオスのことをどうやって説明すればいいだろうか
アリオスに再会したのはほんの数時間前
彼は記憶を失ってアンジェリークたちの前に現れた
今でもわからない
彼がどうしてここにいるのか
それでもとにかく 彼ともう一度会えたことが嬉しい
奇跡でもなんでもいい
「チョット、なんて顔してるの?」
アリオスを連れて聖地に戻る途中
研究院職員が運転するエアカーの後部座席で 鼻にたくさん皺をよせて思い切りしかめ面しているアンジェリークに レイチェルは目を丸くした
「いたい……」
「痛いって、どーしたの!? あ、アンタ何やってんの!」
アンジェリークは左の手の甲を右の親指と人差し指でぎゅうぅっとひねっていた
「そんなコトして痛いの当たり前じゃん……。またアナタ変なコトして。もう私は止めないからねっ」
アンジェリークが時折する奇行にすっかり慣れているレイチェルは 肘をついて手の平に顎を乗せ ぷいっと外を眺めた
アンジェリークと最初に会った時はどこといって特徴の無い普通の子だと思っていた
試験の中盤にきて 意外と骨のある候補だとやる気をかきたてられ
終盤で人生初めての敗北に泣かされた後…………ちょっとだけ好きになった
その頃の彼女はむしろ今より女王らしかった
レイチェルはそう思い 遠くの景色を見るともなく見つめて軽く息を吐く
こちらの調子が狂うほど優しくて 大地を眺めるその横顔は それよりももっともっと優しくて
「慈愛」という言葉を 文字ではなく映像で見せられ 少なからずショックを受けたものだった
そんなアンジェリークが変わったのは リモージュ陛下がおわす神鳥の宇宙が 皇帝と名乗る者に侵略された事件後のこと
本来いるべき場所である聖獣の宇宙に帰ってきた慈愛の女神は その表情からして以前の彼女と違っていた
まるで原色を身にまとったような そんな笑顔で手を振っていた
アンジェリークがこの地に無事に戻ってくるまで レイチェルがたった一人で抱え続けたもの
不安と心配と恐れと希望
口では「あの子は大丈夫!」と研究院のメンバーには言いつつも
こんな時 真っ先に相談しているはずの神鳥の宇宙の人々が そもそも誰もいない中で アンジェリークの帰りをひたすらに待ちわびたレイチェル
けなげに待っていた彼女の所に やっと帰ってきた女王はなんと
男連れだった
(あ、それはベツに構わないんだケド)
考えが違うところに逸れて レイチェルは顔をしかめた
彼女が変わったのは多分にその オトコ のせいだ と再びレイチェルはこの問題について考察を進める
しかもそれが あのエルンストだときたら 驚かずにはいられない
女王試験中 二人が親しくしていたことは知っていた
途中でいざこざがあったことも
しかしまさか そんな仲になっているとは露ほども思わなかった
親しいのは単なる師弟関係で いざこざは彼女が候補を降りると言ったからだと聞いている
傍から見てもそうだったし なんといってもあの相手じゃそんなピンクい関係にはなりえないと思っていた
あの真面目堅物敬語勤勉怠惰は敵宇宙万歳! のあのエルンストでは……
ところがアンジェリークといるエルンストときたらどうだろう
さりげなく腕を貸す仕草とか 恋人を見つめる瞳の穏やかな甘さとか
かつての彼のイメージと合致しない部分が多くて レイチェルはしばらく目を白黒させた
第一 エルンストって笑うんだ! とまずそこからびっくりして こっそり盗み見ては 黙って何度もびっくりし続けた
後で二人きりになった時にアンジェリークに聞いたら
「最初は怖かったんだけどね。途中からね……えへへへへ」
と勝手に顔を赤くして でれでれし出したので バカバカしくなったレイチェルはそれ以上追求するのをヤメた
自分がそれまで研究院で共にしていた彼は仮面でも被ってたに違いないと 思考を強制終了させ 神鳥の宇宙のダレかさんにエルンストのスマートさを見習わせたい! と 恐らく叶うまでに何年もかかるだろう願いを まだにへら〜っと笑っている女王サマを眺めながら心の中で唱えてみたりしたのだった
今では 最初に自分達の宇宙に降り立った時の あの大人っぽいとも言える表情は影を潜め
替わって 年頃の少女らしい元気一杯の笑みが 彼女の日常を彩っていた
何が楽しいのかわからないけど 本当にいつもにこにこしている
エルンストがこちらの宇宙にいても いなくてもだ
信じているのだろう
相手も そして自分も
レイチェルは二人が乗り越えてきたであろう様々な障害のことを思った
恋は二人を変えた
たったひとりの存在だけでこんなにも
(デモ、ワタシもヒトのこと言えなくなっちゃったりして)
今まで射程距離圏外だった 超を100個お見舞いしたいほどサワヤカな青年を思い浮かべて ここにいる誰にもそうと思われない程度に ニマ と笑った
「ねー、アンジェ」
気分良くアンジェリークに声をかけたレイチェルは 目をひん剥いた
「まだやってたの!? ていうか今度は逆?」
アンジェリークは眉を八の字にして訴えた
「ねえ、こっちでやるとあんまり痛くないの。どうしてかな?」
「し、知らないワヨ! ……利き手と逆だから力無いんじゃないの?」
そっか! という顔をして 彼女はまた右手で左の甲をつまみ直した
「痛いならやめなヨ! もう着くから、ネ?」
とうとう我慢しきれなくなって レイチェルはアンジェリークの指を引き離した
ワタシはこんな変なヒトになりませんよーに と祈りながら
アンジェリークは アリオスの後ろ頭を見ながら これは夢かもしれない とふと思ったのだ
いつも夢の中では 彼は生きて 動いて 話しているから
今 目の前にいる銀色は それこそ 夢の中の彼と同じ色をしている
これが夢じゃない保障はない
だって彼はあの時 もう還らないつもりであの魔道を己が体に放ったのだから
だから 夢じゃない証拠をと 自分の体を力いっぱいつねってみたのだ
痛いと感じるのを信じられずに あちこちつねってみたのだ
ありがたいことに 夢はいつまでも覚めなかった
研究院に着いて 一通りの説明を受けたアリオスは
「なんのことやらさっぱりわからねぇが、とりあえずここにいりゃあいいんだろ。
とりあえず腹が減ったな。なにか食わせろ」
と 相変わらず偉そうで アンジェリークは ぷっ とふきだしてしまった
宇宙 女王 守護聖について等 簡単ではあったが 一通り説明されたアリオスは やはり何も思い出すことはなかった
今から貴方はこの宇宙の守護聖です と言われても その重みにピンときた様子も見受けられなかった
アンジェリークの顔を見て気がつかない位だから 記憶を取り戻す為には相当時間がかかるだろう
いや 思い出させないほうがよいのかもしれない
皆の前で平然とパンにかじりつくアリオスを見ながら アンジェリークはそう考えていた
結局のところ 計器が反応したのは 人類にではなく 突如現れた守護聖に対してであった
それにがっかりする気持ちはあれど アリオスの存在はそれ以上の喜びをアンジェリークに与えた
いや それ以上どころではない
言葉では到底言い表せないほどの感謝の気持ち
全員参加の会議を終えた後(アリオスは興味なさげに組んだ足をぶらぶらさせていた)
興奮をそのままに アンジェリークは自室の机に戻り
こうしてエルンストへのメールを打っている
エルンストなら 彼が誰なのか ひと目見ればわかってしまう
研究院の人たちには アリオスのことをまだ何も話していなかった
レイチェルにも言えないままでいる
もとより 彼女は新守護聖について調べると言って 会議の後すぐに部屋に籠もってしまった
今後の対応を話し合わなくてはいけない
それにはエルンストの力がいる
誰に対しても いらぬ誤解はさせたくない
そして 一番誤解してもらいたくない人へ これからメールを打つのだ
しばらく考えてから 彼女はキーを叩き始めた
初めての守護聖については、とてもこのメールでは伝えきれません。
今度エルンストさんが帰ってきた時に私の口から説明します。
エルンストさんに会える日を待ってます。
大好きな、大好きなエルンストさんへ。
Angelique Collet
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