星の記憶


俺たちは
俺の故郷の星に降り立った


いくつもの異様に高い建物が天に向けて乱立している
ほこりと汚れた空気の中 民たちが早足で通り過ぎていく
塗り固められた地面の上 しばし呆然と グレーの街を眺めた


別に期待していたわけじゃなかった
この星を この宇宙を懐かしがるようなそんなものたちが
今でもこの地にその面影を留めているかもしれないなどと

むしろ あの頃とは違っていて欲しいと願っていた
そしてそれは 叶えられたのだ


サングラス越しに見るこの街は なおのこと薄暗く俺の目に映る

俺は用心のために この星に降りたときに黒いサングラスをかけていた
この星で俺の瞳の色は特別な意味を持つ


俺はここに アンジェリークを連れてきた
こことは別の宇宙の女王 アンジェリーク
俺が生きている 理由の全て
俺の 全て

今 そいつは 強い風に栗色の髪が煽られて
顔にかかったそれをしかめ面して直している



その時 すぐ側で俺の名を呼ぶ声がした
俺は耳を疑った
それは 遠い記憶の彼方に葬り去った名であった

「レヴィアス」

俺にはそう聞こえた


俺は振り返った

だが そこには それまでと変わらぬ人波があふれているばかりだった

(気のせいか……)

そう思ったにもかかわらず
頭の中で何度も何度も繰り返される声

(レヴィアス……レヴィアス……)

それは まぎれもなく エリスのものだった



「アリオス!」

アンジェリークが俺を呼んだ
アンジェリークは 何回も それこそ何百回も俺の名を呼んだのにと
えらくぷりぷりと怒っていた

こいつはいつもそうだ
いつも大げさにものを言う
何百回も呼ぶ前にこいつなら先に手が出ているはずだ

「うるせぇな、で、なんだよ」

少し不機嫌な振りをして 睨みつけた
何百回 などと言ったこいつに軽く仕返しをするつもりだった


驚くほど しゅんとしてしまった
「ごめんなさい……」と 肩を落とし その場に立ち止まってしまった

しかし最初は 俺を騙しているのかと思った
そう考えてしまったほど あまりにも落胆の度合いが大きすぎた
俺達はよく こうやって互いをからかっていたから
そのうち「嘘だよ〜」と 舌を出すのだと思った

「そんな芝居は俺には通用しねぇんだよ? な?」

肩を叩き 顔を覗きこんだ

「アンジェ……」

芝居じゃなかった 珍しく気弱な瞳にぶつかってしまった



こいつと一緒に暮らし始めて3年
どんな神のいたずらか 俺にサクリアと呼ばれるものが宿ってからというもの
俺の生活はがらりと変わった

守護聖として 宇宙のためにサクリアを放出し
聖地警備隊の隊長として 女王のために聖地を守り
アリオスとして アンジェリークのことを愛し続けた

その毎日の中で こいつのこんな顔を見た記憶はなかった


「悪い。そんなつもりじゃなかったんだ」

すがるような目 その頬に手を添えた
すると彼女がぽつりと言った

「不安なのよ」
「不安?」
「アリオス……行かないで」
「どうしたんだ? お前」

アンジェリークが突然こんなことを言い出した理由がつかめない

「わかんないならいいの」
「なんだよそれ」

もう笑顔に戻っていた

「いいってば。さっきはごめんね。怒ったりして」
「いいんならいいけどよ……」



今回この星に来た目的は 俺がかつて住んでいた城跡を訪れることだった
長い年月が経ち そこは今では観光地になっているという

アンジェリークの育てる新宇宙が安定している今
俺はここに来て確かめたかった
かつて この星で この宇宙で 俺がしてきたこと
そして この地に立った俺が 何を思うのか



城に近づくにつれ 案内板の数が増えてきた
様々な髪の色をした人々が通り過ぎる

俺達は黙って歩き続けた
アンジェリークが俺の左手に指を絡ませる
それに対して 軽く握り返した

無口だったのは 少しばかり恐れていたからなのかもしれない
だが ついに辿り着いたここは あまりにも変わり果てていた


城は 半分崩れかけていた
この場所では 権力を求めて幾度も戦いが繰り広げられていたと
親切だかおせっかいだかわからない通りすがりの観光客に教わった

その人物はこの城の歴史をこと細かに説明していった
しかしその中で 皇帝だった叔父の名は何度も語られたが
俺の父と母 そして俺の名は一度も聞かれず
俺のしてきたことも 最後までこの人物の口から出てくることはなかった

アンジェリークが隣で物問いたげに見ている
その観光客に簡単に礼を言い その場から離れた


「俺はどうやら、この宇宙の歴史から抹消されたらしいな」

心配そうな目で見上げるそのほっぺたをぴたぴたと叩き 俺は言った

「そんな変な顔すんな。俺はこれで良かったと思っているんだから」


時の皇帝に反旗を翻しておいて それがなかったことになっている
こちらに来る前は予想しなかった事実だった

それがどのような理由によるものなのかはわからない
数百年という時の流れの中で自然に消えていったのか
または 誰かが意図して歴史に残さないようにしたのか


調べようという気はおきなかった
忘れられたのならそれでいい
どちらにせよ この星 そしてこの宇宙は
皇帝 がいなくても立派にその命を未来へと繋いでいる
俺のしてきたことも 無数にある砂粒のうちのひとつなのかもしれない


ここですべきことは終わった
予定より早いが これ以上この場所にいる必要はない

「さて、帰るか」

アンジェリークの背中を押し 俺たちは城を後にした





小さな路地を曲がったところでいきなり呼びとめられた

「ちょっと、そこの兄さん」

最初 俺のことではないと思い そのまま行こうとした

「あんただよ、あんた、銀髪の兄さん」

振り向くと 見知らぬ年配の女がにこにこして立っていた

「なんだ?」
「あたしゃそこでね、占いをしてるんだけど……」
「そういうのはお断りだぜ」
「いいからいいから、話は最後まで聞くもんだよ。
何もお金をとろうなんて言ってやしないさ。ちょっとあたしに付いて来てくれないかい?」

誘う言葉に俺は警戒し 素早くこの女の全身に目を走らせた


肩までの黒い髪は少し縮れていて 小太りで丸い眼鏡をかけている
背丈はアンジェリークと同じ位
服装も 普通のセーターに普通のスカート としか形容できず
占いをやっているにしては神秘的な雰囲気というものを全て放棄していた

庶民のおばさん
怪しいとすれば 普通に見えすぎるということぐらいだろうか

自称”占い師”の女性はこちらに向かってしきりにおいでおいでと手招きしている
横にいるアンジェリークをちらりと見た
もう既に好奇心いっぱいの目が俺に行こうと訴えていた

「仕方ねぇな……」

俺は 大喜びで腕をひっぱるアンジェリークに引きずられ
辺りを警戒しながら後をついていった



前を行く占い師は大通りに出てまっすぐに歩いていく
偶然か必然か それは先ほど 俺たちが通ってきた道だった

「城へ行くのか?」
「違うよ」

返ってきた答えは たったひとことだけのものだった
違う と言っておきながら 彼女の足はどんどん城へと近づいていく

不思議に思っていたとき ふいに進行方向が変わった
すうっと横道に入り その曲がりくねった道をやけに早足で進んでいる
なのに 俺たちがついてきているかどうか振り返りもしない
アンジェリークは横で小走りになっていた


20分ほど歩いただろうか
道幅は狭くなっていき 建物ばかりだった周りの景色が木々にとってかわり
いつの間にか緩い坂道が続いている
それでも女性の足は止まらず 一定の速さを維持していた

(どこまで行きやがるんだ……)

俺は苛立ち始めた

(騙されてんじゃねぇだろうな)

懸命に付いてくるアンジェリークが 息を乱しながら俺に話しかけた

「いつになったら、ふぅ……着くんだろ……はぁ」
「さあな」
「占い師さんって……体力が、いるのねぇ……すごい、ねぇ……」
「そんなもんいるわけねぇだろ、カーバ」
「カバ……」

それっきり反論は返ってこなかった よっぽど疲れているらしい
謝る代わりにアンジェリークの手を取り 前を向いたその時だった
急に 視界が開けた



(ここは……!)

懐かしい……場所だった
懐かしすぎて 息をするのも忘れそうだった
俺はかけていたサングラスを外し ゆっくりと近づいていった


なぜここが 今でも残っているのだろう
とっくになくなってしまったとばかり思っていた

遠くまで見渡せる小さな丘の上
あの頃 俺とエリスはよくここで会っていた

頂上にぽつんと立っていたこの木 あの頃はひどくちっぽけで寂しげに見えたもんだが
それが今は こんなにも大きく 立派になっている

俺はいつも この木の下に座り あいつを待っていた
あいつが先に来て 俺に手を振っていたこともあった
その笑顔に あの頃の俺がどれだけ救われただろうか

(エリス……)


思わずまぶたを閉じた
目の中にありありと浮かぶ あの頃の情景


ゆっくりと目を開け もう一度あの場所を見つめた

(なっ……!!)

驚きに目を見張った


そこに…………エリスがいた


そして エリスだけじゃない
隣にいるのは 俺
レヴィアスであった頃の 黒い髪

俺が木にもたれて座っている
エリスは立ったまま 何ごとか俺に向かって話しかけていた


これは……なんだ……?

心臓が早鐘を打ったようにドクドクと音をたてる


エリスはその場に座って俺の腕を掴み
懸命に何か説得しようとしているようだった
それを俺は レヴィアスは 平然とした顔でやり過ごしている


信じがたかった
俺は この場面に覚えがある

あの日 そう 城での大事な式典があったあの日
それをすっぽかした俺を エリスは捜しに来た
常になく 激しく俺に詰め寄ってきたエリスの顔は
走ってきたためもあるのだろう 真っ赤に紅潮していた


「どうかお戻りくださいませ、レヴィアス様」
「やだね」
「そんな……」
「よくここがわかったな」
「街中どこをお捜ししても見つかりませんでしたから……きっとここだと……」
「俺はこの場所が好きだからな。誰も来なくてせいせいする」


そうだ 俺はこの星のどこにいても 後ろ指を指されていた
民たちの金で酒ばかり飲んでのうのうと生きていると思われていた
そんな人々の蔑んだ視線から逃れて
俺は一人きりになりに 度々この木の下まで来ていた

この木の下……


ふいに 何かが横切ったような気がした



(ちょっと待て。そうだ、アンジェ……アンジェリーク!!)


”この木の下”

この言葉に 俺は我に返った
夢から覚めたような思いだった
この言葉から連想されるイメージで もっと強烈なものがあったはずだ

俺は素早く辺りに視線を走らせた


ほどなく そのイメージそのものを視界に捕らえることができた
アンジェリークは すぐ側にいた
俺から一歩下がった所に立ち あの場所を見ていた

「お前……見えるのか?」

問いかけると こくっと小さく頷いた

「あの人が、エリスさんなのね?」
「……ああ」


アンジェリークは 無表情だった
ただ その瞳は感情の揺らぎを押さえきれずにいるように見えた

何か話しかけようとしたが 語る言葉がみつからず 俺は再び前を向いた
木の下の二人はまだ そこにいる
少しのことで消える幻ではないらしい


不思議な光景だった
ここには俺が二人いる
過去の俺 今の俺

あれが過去の俺たちだとするならば
この後きっと なかなか動こうとしない俺を見てエリスは泣き出すはずだ

そして そう思っている側からエリスが両手で顔を覆った

(やはりそうか……)


これは現実なのだろうか
なぜ今更になってこんなものを見せられなければならないのだろうか


エリスを失った後 何度ここに来ても会えなかった
来ないとわかっていて 俺は待ち続けた
幻でもいい ひと目会いたかった
ただ ただ もう一度 会いたかった


俺の手が エリスの頭の上に乗せられている
そのまま引き寄せて 胸の中に閉じ込めた
この後 俺がどうしたか よく覚えている
はっとした
見せてはいけない 俺のアンジェリークにだけは



「アンジェリーク!」

振り返り 恋人の名を呼び その手首を掴んだ
しかしアンジェリークはこちらを見ようとしない
視線を木の下の二人に固定したまま

俺は焦った
焦って 強引にアンジェリークを抱きしめた

「いやっ!」

小さな両手が俺の胸を押して 抱きしめられまいと抵抗した
俺はそれに構わず ますます強い力で抱きしめた

「見るな!」

俺は言った

「おとなしくしてくれ」

それでも アンジェリークは力を緩めない

「お願いだ……アンジェ……」

動きが止まった
そのまま無理やり顔を近づけ くちづけた

唇を強く吸い 軽く噛んだ後 すぐに舌を入れた
あのシーンを見せて こいつを傷つけたくなかった
逃げないように頭を押さえつけ 触れた唇を離さぬまま
今までめったなことでは口にしなかった言葉を言った

「愛してる……」
「…………」

俺の背でシャツが掴まれ 引き攣れた生地がこの胸を締め付けた



顔を上げたときは既に 俺とエリスの姿はなかった
その代わり それまですっかりその存在を忘れていた あの占い師が声をかけてきた

「どうだい? 驚いただろ」
「…………ああ」
「あたしも驚いたね。あの二人の服装、最初は芝居の稽古かなんかだと思ったけど、
それにしちゃあ後ろに見える木が小さすぎる。あれは一体、何百年前の光景なんだろうね。
長い間この仕事してきたけど、あんなのを見たのは初めてさ」

そう言って 小さな目をおもしろそうに開いて抱き合う俺たち二人を見た


「仕事、ですか?」

決まり悪そうに俺から離れたアンジェリークが疑問を口にする
占い師の女性は両手を腰に当ててにっこりと笑った
その肉付きのよい腕を見ると さっき見たものが嘘だったような気持ちになる
だが この女性は平気な顔をして いまだに信じきれないあの映像を肯定した

「ああ、仕事といってもボランティアみたいなもんさ。今、見ただろ?
過去にこの地であったことを。あんたたちが見たいと思ったから見せたんだよ」
「ちょっと待て」

俺は言った

「あんたの言ってることがよくわからねぇ。わかるように説明してくれないか?
なんでその『過去にこの地であったこと』とやらを見ることができるんだ?
それに『見たいと思った』ってなんだ? そんなこと俺はひとことも言ってねぇだろ?」

「ああ、そうだったねえ、これじゃわかんないよねえ、あはははは!」と女性は笑い
その後 すっと顔を引き締めた

「”星の記憶”って知ってるかい?」
「星の……記憶?」





「星の記憶……。そんなものは知らねぇな」


さっきからわからないことだらけで 正直頭が混乱していた
間抜け面して俺はまたも疑問符を口にし アンジェリークと顔を見合わせた
「そうだろうね」という顔をして女性は続ける

「あたしたち人間と同じくね、この星は生きているんだ。それはわかるかい?」

それなら! とばかりにアンジェリークが大きく首を縦に振った
女性はそれに大きく頷き返す

「あたしたちは生まれてから今まで、いろんなことを経験して大きくなってる。
それと同じくね、星も、あたしたちを育てながら年を重ねているんだよ。
あたしたちが泣いたり笑ったり怒ったりしているのを、ちゃーんと見ているんだ」

俺は 俺一人 話についていけなくて少々おもしろくなかった
だから思い切りしかめ面してやった

「おい、それって気味悪いぜ?」
「アリオス……!」

アンジェリークは俺を咎めたが
女性の方は俺の失礼な物言いにも まったく気分を害していないようだった

「そうかもねえ。でも今日みたいなのは年に1回あるかないかなんだよ。
この星はね、忘れないんだ。悲しいことにね。
たった一人きりで、ここでおきたこと全てを命に刻み続けてるんだ。
そして時折、こうやって自らの懐の中で育てた私たちのことを思い出すのさ。
一人じゃ寂しいから、縁の人を呼んでね…………。
どうだい兄ちゃん、ロマンチックだと思わないかい?」


からかわれているのかと思うような口ぶりだった
現に女性の口元には笑みが浮かべられていた
だが 眼鏡の奥でちかりと光る目がおれに「嘘だ」と言わせなかった
やはり俺は 質問責めにするしか術がないらしい

「いつそれがおきるってわかるんだ? なんで今回は俺たちなんだ?
そもそも、星が昔を懐かしんだりするもんなのか? 寂しがることがあるのか?」

女性は 一瞬だけ目を伏せた

「信じないならそれでもいいよ。
今日はあたしの水晶球が街を歩くあんたたちとこの景色を映した。
だから呼びに行った。それだけさ。
この星がなんであんたたちを選んだかなんてあたしゃ知らないよ。
……じゃ、これで帰らせてもらうから」

そう言って本当に帰ろうとした

「おい! ちょっと待てよ。まだわからないことがあるんだ」

アンジェリークも言った

「あの、お礼を! 何かお礼をさせてください!」

すると彼女はくるりと振り返った

「最初に言ったろ? なんにも要らないよ。ボランティアなんだから。
この星とそこに育つ私たちを結ぶ……ね。
この星の思い出に付き合ってくれただけでいいんだよ。
それに、今日はめずらしいものを見せてもらったしね……アリオスさん」

急に名前を呼ばれた

「あんたのその金色の目、それは皇族の証だ。
今はその血も途絶えてしまったがね。遥か昔の話さ。
それをあんたが持っているということの方がよっぽどあたしにはわからないことだよ。
でもね、世の中には不思議なことが山ほどあるのさ。
そんなこといちいち聞いていたら身が持たないからね、聞かないでおくよ」

それは俺にも聞くなということなのだろう
そう解釈し 俺はそれ以上問うのをやめた
 


彼女はゆっくりと去っていく
木々の中に消える間際のその背中に アンジェリークが声をかけた

「ありがとう! ここに連れてきてくれてありがとう!」

歩みを止め 振り返った彼女が小さく手を振るのが見えた
その表情は 遠くてわからなかった



女性の姿はすぐに見えなくなった

「ね、アリオス」

両手を後ろで組み おどけた調子でアンジェリークが続けた

「私たちのキスシーン、あの人に見られてたかな?」
「さあな、何も言わなかったな」

アンジェリークは再び木々の方に視線を移した

「……でもきっと、見たとしても驚かないだろうね。
きっと今まで、いろんな人、見てきてるんだろうね」
「ああ……」
「いろんな人が、いろんな形で、この星を、この宇宙を、支えてる。
もちろん、私たちが住んでるあの宇宙も」
「そうだな」


黙ったまま 俺たちは彼女の消えた方角 そしてその先に広がる景色を眺めた

この星があんな記憶を宿しているとは やはり信じられなかったが
アンジェリークにとっては納得のいく出来事なのだろうと思った
宇宙を育て 導く彼女なら……


そうしていると アンジェリークが急に後ろをくるりと振り返った
1本きり どっしりと立っているあの木を見つめている

「どうした?」
「エリスさんのこと……」

次に何を言うのか と身構えた
見なくてもいいものを見せてしまったという後悔がこの身をよぎったが
彼女の言いたいことはそういうことではなかった

「他の誰が忘れても、貴方が覚えてる。そうよね? アリオス」

かつてエリスによく似ていたその顔が
柔らかで穏やかな
それでいてこちらが思わず姿勢を正してしまうほどの真摯さで 俺を見た

「……ああ、そうだ」


忘れるはずがない
忘れられるはずがない

今でも
エリスのことを思い出す度 彼女の死を止められなかった不甲斐ない己を呪う
空虚な気持ちを持て余す
それがエリスの為にも俺の為にも もちろんアンジェリークの為にも
誰のためにもならないとわかっていて 繰り返さずにはいられない

「私も忘れないわ。それからね……」

そんな愚にもつかないことを考えている俺の前で アンジェリークが笑顔を見せた
目ん玉を大きくして 口をめいっぱい横に開いて


全ての思考が停止し 何もかもがじんわりと溶けていった


俺はこいつの こんな顔が 一番好きだ
こいつの笑顔を守るために 俺は生きていたい
そしてもちろん 自分のために
希望の香りがするこの笑顔の側で 俺は生きていく

そう考えて あらためて自分が平凡な男だと自嘲しながら
次に出る言葉を待った


「アリオスのことも、ずっとずっと、私が覚えててあげる」
「まるでそれじゃ俺が先に死ぬみたいじゃないか」
「安心して。絶対私の住む星と思い出を分かち合ってみせるから」

アンジェリークはここで腕をこちらに向かって真っ直ぐ伸ばしてきて
なぜか知らないが俺の鼻をつまんだ

「安心しろ。それをやるのは絶対俺だぜ」

鼻づまりの時の声しか出なかったが気にしなかった
こいつのやることはいつも訳がわからないんだ
俺は負けじと こいつのちっこい鼻をつまみ返してやった

直後 互いにぷっと吹き出し 俺たちはどちらからともなく抱き合った
遠い先に起こるかもしれない出来事を思う

それまで 俺は全力でこいつの命を守る
今度こそ 守り抜いてみせる


だから お願いだ
星と思い出を分かち合うのは俺であってくれ


そう神に祈り 強く 強く

そして俺は 瞳を閉じた





エル以外も万歳