この木の下で
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ここは……どこだ……?
俺は…… 俺は 誰なんだ……? っつ……痛え 頭が痛い 割れるようだ 思い出そうとすると頭がガンガンしやがる 一体何だってんだ くっくっくっ……笑えるぜ 俺は捨て子か? こんな大きな木の下に転がってたなんてな しかもえらくファンシーな眺めじゃねぇか 花畑と これはクローバーか ……なんでこんなもんの名前がわかるのに てめえのことが一切わかんねぇんだよ ふざけんな……ちくしょう…… とにかく こうしていてもらちが明かねぇな 誰か 人間のいる場所へ行こう 何かわかるかもしれねぇからな…… ◆◆◆
もう一ヶ月だ 俺がこのでかい木の側で目を覚ましたあの日から あれから街へ行ってみたが 誰も俺のことを知らないようだった とりあえず食っていかなきゃなんねぇから 仕事を見つけてなんとかやっちゃあいるが しかしな 記憶喪失の俺が言うことじゃないかもしれないが ここの奴らはみんな人が良すぎねぇか? 見ず知らずの俺を家に泊めたり 面接らしいこともまったくしないで仕事くれたり 俺だったらごめんだね 「お前、俺のことを知ってるか?」 なんて聞いてまわる 胡散臭い男を雇うのは まあ そいつらのお陰で俺は助かっちゃいるがな そして俺は今日も野垂れ死ぬことなく 俺を産み落としたかもしれねぇこの木の下に来ちまうんだ なんてな どうやらここから見えるこの景色に毒されたらしい こんな風景を作ったやつに文句を言いたいくらいだ 俺がこんなことを考えるなんて きっと 記憶を失う前の俺でもこんなことは言わなかっただろう 俺は何かを忘れている 恐らく ものすごく大事なことを これは確実だ だけど思い出せない 努力はしてみるが その度に俺の頭がギシリと痛むんだ 俺のことは この大きな木だけが知っている だから俺は 暇さえあればここで眠る 目覚めれば もしかしたら 前の俺に戻れるかもしれねぇから ◆◆◆
今日 茶色の髪をした女に会った その女は俺を見て驚いていた どうやら俺のことを知っているらしい そいつの話によれば 俺はアリオスという名だそうだ それを聞いてもなんにも思い出せねぇ だが そいつ……アンジェリークって名の女は それ以上のことは何も教えちゃくれなかった 何を聞いても「あなたはアリオスよ」の一点張りだった しかも「それしか言えねえのか」と言ったら 「それしか知らないの」と抜かしやがる どう考えても 最初に俺を見たときのあの女の顔は 俺のことをよく知ってるやつのものだ そして なぜ俺が記憶喪失なのかも きっと 絶対知っている 言わないってことは どうせろくでもねぇ過去があるんだろう アンジェリークは この木の下に また来ると言って帰っていった アイツの背中を見送ったとき 俺は なぜか妙な寂しさを覚えた 初めて 俺を知る人間に会ったからだろうか 俺らしくもねぇ こんな感情 消えちまえ…… ◆◆◆
あいつを アンジェリークを泣かせてしまった どうやら あいつと俺は昔色々とあったらしい 今日は少しだけ聞き出すことができた 昔 アンジェリークと俺は一緒に旅をしていたそうだ だが 訳あって途中で離れ離れになってしまったと あいつはそう言っていた だが 俺は信じちゃいねぇ 旅をしていたのは本当のことかもしれないが もっと何かある あいつとの間に もっと何か それまで ずっと笑っていたんだ なのに俺が「バーカ」と言った途端 「懐かしい」とあいつは言った 「やっぱりアリオスなのね」と言って 俺の胸の中でずっと泣いていた 俺は……俺は アンジェリークを抱き締めた 驚くあいつを腕の中に強く閉じ込めた後 顔を上げさせた 涙でぐちゃぐちゃだった 「ブスな顔」と言ったのに あいつはうれしそうで 指で唇に触ると 柔らかな感触で 思わず 口付けてしまった 俺が何者でもかまわねぇ 俺はきっとあいつが好きで 昔の俺も あいつが好きだったんだと思う 俺は待つつもりだ アンジェリークが話してくれるのを そのときが来たら しっかりと受け止めよう 何があっても あいつを離しはしない どんな過去があろうとも アンジェリークを…… |