粉雪




 ミュートシティ、今やその人口は十億人を超え、全宇宙より集まった知的生命体達が生活している巨大都市。
 ミュートシティはかつてニューヨークと呼ばれる街だった。二十一世紀初頭、まだ地球が地球人類しか知的生命体を知らなかった頃の事だ。
 それからおよそ百五十年という短い時間で何故この街が急速な発展をしたか、それは古い街が徐々に生まれ変わっていくという従来通りの都市の成長する過程を踏まなかったからである。二十世紀に形作られた街並みを持つ旧市街、その街の上空を覆い尽くしたのは人工の空と新たな土地、その上に新都市は作られた。
 都市の廃熱と粉塵によって絶え間なく発生する雷雲すらも都市のエネルギー元とし、今までの都市機能を備えたまま新たに広大な土地を獲得した都市は最大の加速度をもって成長と繁栄を続け今や宇宙連盟最大の都市となった、全宇宙への情報発信基地として。
 宇宙港に近接する広大な土地に作られたサーキットを持つこの都市はF−ZEROレースの開催地としても名高い。道にはレースの日を心待ちにするファン達が行き交い、街角では次のレースについて語る人々が見られる。だからごく自然にそんな人々が集う店も存在する。
 そのうちの一つがファルコンハウス、旧市街の一角に立つ小さな喫茶店。ここのマスターは賞金稼ぎのパイロット、キャプテンファルコンを贔屓にしているとの事でこの名前なのだという。尤も、最近ずっとドアに掛かっているのは「close」のプレート。訪れた人々はこれを見ては残念そうに立ち去っていた。


 ミュートシティの別名はミュータント・シティ、地球の外からやって来た者達が住まう街への呼び名だ。地球生まれの人類はこの都市の住人のうちどれほどの割合なのか、それを考える事にすら現在はあまり意味が感じられなくなっている。
 そんな異邦人達の街だが十二月二十四日の天気予報は一日中雪。いや、予報というより天気予告、月間予定によると、が正しい。旧市街の空は全て天を覆うスクリーンに映った作り物だ。よって急な雨など基本的には無い。
 二二〇二年ももうすぐ終ろうとしている。多くの人が家族と過ごすクリスマス休暇を前にして街は賑やかにざわめく。
 雪のクリスマスとはありがたいものらしい。人々は雪の予定に顔をほころばせその日を心待ちにしている。
 華やかさや新しさでは上層都市に負ける旧市街。だが雷雲に覆われることが多い上層都市に対し、天候も予告できる利点を生かし旧市街はここぞとばかりに「ホワイトクリスマス」というイメージ戦略で休暇を迎える人々にアピールしている。よって街には色とりどりのイルミネーションが溢れ、一月も前から夜を明るく彩っていた。
 しかし今の時間は昼、イルミネーションも今は只の電線や看板だ。その上に薄らと積もり始めた雪は銀白に街を染め始めていた。
 そんな街の灰色の道を一人行く黒髪の少年の姿、両手には食料品。名前をクランク・ヒューズという。
 クランクは紙袋からはみ出したバケットに落ちた雪を手で払った。
「濡れたら堪らないなぁ……」
 折角買って来たパン、湿ってしまっては台無しだ。
「予定だともう三十分位は大丈夫だって言ってたのに、当てにならないよなぁ…」
 誰に言うでもないが恨み言が口にのぼる。
 所詮万能や正確無比はありえないということだ、人間のやる事には。そもそも天気を自在に操るなどまだまだ人の手に余るということだろう。
「…………」
 雪にはあまりいい感情は無かった。寒い、冷たい、それだけ。雪が奇麗だと思えるのは食べ物にも住む場所にも困ったことが無い奴だと、そう思っていた。
 一人で空を見上げるのが嫌いだった。
「…………いけねっ」
 再び荷物に落ちた雪を払う。
 自分が食べるのだったら別に平気だがこの沢山の荷物は皆の為の物だ。
 クランクはクリスマスパーティの準備のための買出しに出ていた。
 高機動小隊の。

 高機動小隊と呼ばれる組織の仕事は主にF-ZEROレースに関わる犯罪の取締りと防止。犯罪組織の資金源となっている賭博屋の思い通りにさせないこと、賞金稼ぎに賞金を与えないこと、つまりは自分達が優勝することがメンバーの主な役目だ。
 旧市街が静かなホワイトクリスマスなら新都市は火花散るクリスマスカップだ。今年はここミュートシティで行われる。
 トップの賞金稼ぎ、キャプテンファルコンのエントリーは今回も無い。
 今回も、とはクリスマスカップへの参加にではなく、ここ最近全く姿を見せないという意味だ。
 全く姿を見せないキャプテンファルコンに関しては様々な憶測が流れている。最後に姿を見せる前もしばらく姿を消していた事からマシンや体の不調説をはじめとして、引退、事故、話題作り、何処かの草の根レースで見かけた、今は何も言えないという本人のコメントがあった、など。ファンの間では根も葉もない噂が一時激しく飛び交っていたがそれも下火になりつつある。
 だが賞金を目的としたパイロット達にとっての認識は一番の邪魔者が消えたということ。F-ZEROレースの裏の面を取り仕切っていると囁かれていたダークミリオンが壊滅したとの噂も手伝い、今までなりをひそめていた小悪党達がレースに次々と参戦していた。優勝は無理でも二位三位なら、という輩である。

 クランクは今高機動小隊で働いていた。勿論パイロットとしてではなく、自分の特技を生かした情報分析が主な役目だ。だから主に裏方や下準備が多い。今も荷物をファルコンハウスに入れたら本部にもう一度戻る予定だ。
 パーティが決まったのは数日前。
「世の中は折角の休みだってのに俺達はお仕事ですよー」
 ムードメーカーであるジャックがそんなぼやきを漏らした事から端を発し、だったらクリスマスカップの後にささやかな打ち上げをしようと話が纏まった。
「勿論リュウ君も出席ですよねー?」
「あ………ああ…………」
 複雑な顔で答えたリュウに気が付かないフリをしてジャックは『全員出席』と本部長に打ち上げの回覧を提出。こういうときだけ妙に古臭い方法を使うのは逃げられなくするための嫌がらせの一環か。
「まぁ別に打ちあげったってクランクだのルーシーだのいるし、深夜まで飲む訳じゃないんだから付き合えよ!」
 からから笑うジャックに恨みがましい視線を向けてリュウは大きく肩を落とした。
「ごめんハルカ……なるべく早く帰るよ…………」
 家で待つ恋人の姿を思い浮かべながらリュウは呟いた。
 そしてこの後ジャックはルーシーに今のはどういう意味ですかとか、もっとリュウさんに気を使ってあげてくださいとか絡まれたのは言うまでも無い。企画段階で気が付かないのが彼女の彼女たるゆえんだが。
「ほら、ルーシーもか弱い女の子だから夜の一人歩きは危ないって事さ!」
 オホン。
 そう言ったジャックの背後で小隊長であるジョディが咳払いをした事でその場の空気は更に悪くなった。
 クランクはとりあえず何も見ていない聞いていないといった調子で仕事をしているフリをした。
 そしてパーティは明日の夕方。クランクは買い出しで街に来ていた。仕事が終ってからだと遅すぎるのでひと段落着いた時点で出てきたのだ。
 場所はファルコンハウスにしよう、そう言い出したのはクランクだった。
「ずっと明かりが落ちてると……寂しいから」
 時間が流れていた。
 あの日、砕けた惑星の破片の中に浮かぶキャプテンファルコンのヘルメットを拾ってから。

 両親を亡くし、一人で生きていくために色々なことをやった。真っ当でない仕事、人に話せない生き方。
 親切めかして近づいてくる大人全てを疑わなくてはいけなかった時があった。それに嫌気がさしても自分だけの力では抜け出せなかったあの頃、キャプテンファルコンという人物に出会った。
『―――君の父親は立派な人だった。いいかクランク、この惑星にいつまでも居るな、ミュートシティに行け!そして何かを掴め―――』
 惑星ヘル、この星を離れて遠い場所へ向かえという声は普通に考えたら取り合うこともしなかっただろう。だけど自分もきっと抜け出したかったのだろう、そして信じたかったのだろう。大人とか、世界とか、何処か自分が居られる場所があるということを。
 ミュートシティ旧市街、喫茶店のファルコンハウス。とりあえずのねぐらと思い、いつもの軽口で取り入った、こんな所で何が出来るだろうと思った。
 だけどこの店の主人、バートのおっちゃんが笑顔で自分を迎え入れてくれた時。
 自分はとても嬉しかった。
 この人は自分の過去を知ったらいつもの大人のように嫌な顔をして、そして自分を追い出すのだろうかと思ったりもした。だけどそんな事はなかった。
 ある日小さく呟いた言葉を、バートのおっちゃんは黙って聞いてくれた。
「クランクが自分のした事を悪いことだったと後悔しているのなら、繰り返さないように一生懸命これから努力する。クランク、今の君ならこれからどうやって生きていけばいいか分かるでしょう」
 緩やかに流れていく日々に忘れていた事を思い出した。父が生きていた時のこと、仕事で家をずっと空けていたけれど、それでも僅かな時間でも一緒に遊んだ時は嬉しかった。空は高くて、雨はシャワーで、光はまぶしくて、夕焼けは明日に続いていて、夜は安らかな夢の時間だった。
 そしていつしかこの街で仕事を手にして、自分ひとりでもやっていけるんじゃないだろうかと小さな自信も持ち始めた頃。
 キャプテンファルコンの正体がバートであることを知った。
 驚きと秘密とを胸に秘めたまま過ごしていたが、キャプテンファルコンの突然の行方不明。
 しばらくは我慢していた。だがある日突然耐え切れなくなって胸がつぶれそうな思いでバートを探した。些細な手がかりでもなんでもいいと。何も考えられずドン・ジーニーの城にまで忍び込んだ。
 やがてファルコンハウスに帰ってきたバート。心配をかけた、もう何処にも行かないと約束したはずだった。
 だがダークミリオンとの決戦の為に旅立ったキャプテンファルコンは。
 もうここへは帰ってこなかった。

 一人じゃなかったのは短い間だったのに、また元に戻っただけなのに。
 それに慣れない自分がいる。
「…………」
 早く帰ろう、荷物が濡れてしまう。一人歩く道は味気ない。
 だが彼はふと立ち止まって空を見上げる。
 灰色の空に舞う雪。冬の寒さに沈む街は白く染まっていく。
 目を細め、しばしクランクはその風景に見惚れた。



「…………また誰か、来てたんだ」
 ファルコンハウスの入り口、うっすらと積もった雪の上に足跡が残っていた。大きい靴跡だ、多分男性、一人だろう。クリスマスで街を訪れたついでに寄ってくれたのかもしれない。
 立ち去る前に扉の前で何度か往復しガラス越しに中を覗き込んだのだろうか。足跡はまるで中から出てきたようにも見えた。
 懐かしい気持ちになった。雨の日に店の前を掃除した時にこんな足跡が残っていて、泥くらい落としてくればいいのにと言いながら掃除をする自分、笑っていたこの店の主人、バート・レミング。
 あれから沢山の人が来ては去っていった。数人連れ、男性、女性、親子、子供。多くの人が来ては閉まったままの扉を見て立ち去っていった。
 バートという人はみんなに好かれていた、それをこんな形で理解するのは辛かった。
 レースが好きな者、珈琲とそれを飲む時間を楽しみたい者、この場所を愛していた者、様々な客がいた。
 クランクは扉の鍵を開け中に入ると扉に下がったベルが鳴る。この音も暫く忘れていた気がする。
 暗いままの店内。掃除は続けているがそれでも人気の失せた場所は何と無く寂しい。
 一人ここにいる自分。今は一人で暮らせているが、何かのきっかけでまた明日の生活が怪しくなるかもしれない。子供一人、住む場所ももしかしたらそのうち追われるかもしれない。
 周りに居てくれる人はいるのに、心の何処かが不安定なままの今。
 それでも空から降りてくる白い結晶が、一人立つ自分に音無く触れる氷が。
 奇麗だと思った。
 夜に浮かぶイルミネーション、光を受けて輝く空からの粉雪。
 銀色の世界。
 こんな心をくれたのはあの人だったんだろう。
『クリスマスになったら、ファルコンハウスの外側を毎年飾っているんですよ』
 ―――冬が楽しみですね、クランク。
 店の主人はそう言って棚の上の箱を指差していた。
「………………」
 あの箱は、何処だったっけ。
 自分の為というより、クリスマスにここを訪れた人の為にイルミネーションが要るだろうと思った。尋ねてきてくれた人たちが暗いこの店を見たら寂しくなるのではないだろうか。
 探そう、それくらいの時間はあるだろう。今から飾れば夜までには間に合うだろう。
 ふとそう思ってクランクは倉庫へと向かった。


 倉庫の中も店と同じように珈琲の香りで満ちている。
 バートが指差していた箱は随分と高いところにあった。年に一度しか使わない物だ、不便なところにあって当然だろう。
 脚立を使ってその箱を下ろそうとしたが意外と大きかったそれにクランクはバランスを崩す。
「うわっ……ととっ!」
 パサッ。
 辛うじて転倒は避けられたが箱の上に置かれていた何かが床に落ちた。
 ツリー飾りらしい靴下、そして二つの薄い紙片。
 拾い上げてみるとそれは封筒だった。先に拾った封筒の表書きには『Jody Summer』と書かれていた。
 そして二つ目の封筒に書かれていたのは。
「俺……宛てだ」
『Dear Crank Hughes』
 見覚えのある文字で書かれた自分の名前。
 薄暗い倉庫の中、手で封を切ろうかとも思ったが思い留まり、クランクは急いで店のカウンターに向かった。バートが使っていたペーパーナイフがカウンターの引き出しに入っていた筈だ。
 震える手で封を切ると中から丁寧に折られた数枚の便箋が現われた。
「バートの…………おっちゃん…………」
 クランクは震える手で便箋を開いた。

『クランク、この手紙を読んでいるということは、いま私はそこに居ないのだろう』

 心臓が痛んだ。
 だが読むのを止めるという選択は無い。

『沢山伝えたいことや話をしたかったことがあった。
 だけどいざこうやって手紙にしようとすると思い出せないものだね。
 クランクと過ごした楽しい毎日ばかりが思い出されて私を笑顔にさせてくれる。
 ありがとう、クランク。

 私はキャプテンファルコンであるという秘密を持っていた以上、親しく付き合っている人は随分少なかった。
 クランクと一緒に暮らすことになった時、いつか本当のことを知られてしまうだろうと思っていた。

 私とクランクのお父さん、ロイと親友だったこと、そして私の為に死なせてしまったことは話をした通りだ。私はいつか君に真実を伝えなくてはと思うのと同時に、ずっと君に嫌われることを怖いとも思っていた。
 クランク。しかし君は本当のことを聞いたその時、過去の出来事よりも、今ここに居る私に感謝していると言い、ロイもいつかは元の身体に戻れるだろうと言って私を見て笑顔で伝えてくれた。
 いま幸せだよ、と。

 私には君がロイを亡くした事で一人で過ごした時間は償えない。
 だけどクランクが言ってくれたことが、私が原因で心を痛めた君が私を許してくれたことが、私にとってどれだけの救いになったか。
 クランクはその強さと優しさを忘れないで欲しい。

 クランクは私を許してくれたというのに、私は君を悲しませてばかりだ。
 嘘を言わなくてはならなかった。黙っていなくてはいけないことが多かった。
 行方をくらまし、ドン・ジーニーの城まで探しに来たクランクを振り払った。そうしなければいけなかった。
 この手紙を読む時クランクは私の事を怒っているだろうか、恨んでいるだろうか。
 少し怖くもあるよ。
 だけど私は自分の信念変えることはしないだろうし、変えてしまったとき、それは死んでしまうのと同じだと思う。
 その結果が大切な人達こそ泣かせてしまう事になったとしても、私は大切な人たちのために戦いたい。
 だからクランク、君には笑っていて欲しい。例え私が帰らなかったとしても。

 謝ってばかりだけれど、君の親代わりすら出来なかった私を許して欲しい。
 君が大人になる日を楽しみにしている。
 バート・レミング』


 書かれた文字は目の中で滲んで、まともに最後まで読めなかった。
「キャプテンファルコンは不死身って………言ってたじゃないか………」
 口をついて出る恨みの言葉。
 恨んでいるんじゃない、悲しくてどうしようもないからだ。
 いつか見つけるであろう手紙をこんなところに隠して、子供じゃあるまいし、言いたい事があったら自分の口で言えばいいのに。
「おっちゃん………バートのおっちゃん…………」
 父さん―――と、言いかけて止めた。
 親父と呼ぶ自分の父親、ロイ。
 父さんと呼ぶ日がいつか来るのではないかと思っていたバート。
 そう呼ぶのはまた出会った時にしよう。
 そして恨み言を言って脅かすんだ。
 出来もしない想像に、クランクはまた涙が溢れた。

 カランカラン

 はっ、とクランクは店の入り口を見る。
「―――クランク?」
 女性の声。
「…………ジョディ…………」
 クランクは呟いて、また大粒の涙をこぼした。
「どうしたの、クランク」
 ジョディはフロアに立ち尽くしているクランクに走り寄る。
 車で本部に戻る途中だったジョディに『雪が降り出したのでついでにクランクを拾っていってくれ』とドクターが頼んだのだそうだ。
「これ………ジョディに…………俺の分と……こっちは……」
 そう言いながらクランクはまだ封を切っていない手紙をジョディに渡した。
 封筒に書かれた字を見てはっと表情を変えるジョディ。
「これ……ナイフ………」
 ペーパーナイフを渡すクランク。ジョディはそれを受け取るがふと動きを止めた。
「………今はやめておくわ」
「どうして……?」
「いま読んだら、きっと私も泣いてしまうから」
 そう言ってジョディはクランクを抱き寄せた。
「……俺…………もう泣かないって…………決めてたのに………」
「………………………」
 窓の外では音も無く雪が降る。
 クランクがしゃくりあげる声が時々部屋に響いていたがやがて静かになる。
 傍に居てくれる人。背を優しく叩く手と胸のぬくもり。
 街は静かに銀色に染まって行った。



 クリスマスレースはリュウ・スザクのドラゴンバードが優勝して終った。二位三位も高機動小隊のメンバーが独占し、申し分の無い結果でパーティを迎えた。
「クランクもう大丈夫なの?冷えて風邪をひいたみたいだから今日はもう休ませるって昨日隊長から聞いたときにはびっくりしちゃったわ、午前中はそんな様子全然なかったのに」
 ルーシーが尋ねた。
「それで今日はもうピンピンしてるんだからいいねぇー子供!元気元気!」
「ジャック!ガキ扱いすんなって!」
 頭をわさわさと捕まれてクランクは暴れる。
 大騒ぎ。
 店内は賑やかに彩られていた。
 店の外には『貸切』の看板と共にクリスマスのイルミネーション。

 短くも密度の濃いパーティが終わり後片付けをするクランクとジョディ。
 奇妙な取り合わせだが二次会二次会と騒いでリュウを離さない酔っ払いのジャックを取り押さえて連行するのに男手が必要だったのと、ルーシーは遅い時間まで手伝わせられないとジョディが帰して、その他戻って残業の面子を抜かしたらこうなったという事だ。
 いや、ジョディも元の予定では戻るつもりだったらしいが、色々と思う所があったのか今日はファルコンハウスの片付けに専念することにしたようだった。
 床を掃き、ごみ袋をまとめる二人。
「………ジョディ、昨日はありがとう。一晩泣いたら結構スッキリした」
 ぽつり、クランクが言う。
「……そう」
 床を掃く音。
「ジョディは手紙読んだの…?」
 少し沈黙。
「………ええ、昨日の夜にね」
 静かな声だった。
「ジョディは……泣いた?」
「………ええ」
「どう……だった?」
 聞いていい事なのか分からなかった、それでも尋ねてみた。
「悲しかったり、嬉しかったり、それから………」
 ジョディはそこで言葉を切った。
「?」
「ねぇクランク、あの手紙。倉庫にあったって言っていたわよね」
「うん」
「ずっと?」
「うん、倉庫のあの箱俺はいじってなかったから、多分ドン・ジーニーの所からおっちゃんが戻ってきた後位からずっとあそこにあったんだと思うよ」
「………そう」
 床の上を箒が滑る音。
「さあ、これで片付いたかしら?」
 元通り奇麗な店内に戻ったのを確かめてジョディはコート掛けから自分のコートを取った。
「クランク、今夜も冷えるから身体には気をつけて?」
「はいっ、風邪には気をつけます!」
 クランクが妙に大げさに言うものだからジョディはくすりと笑った。
「おやすみなさい、クランク」
「おやすみ、ジョディ」
 扉に付いたベルが鳴りジョディは店外に出る。
 見上げる空には人工の星。冬の明るい星座は地上の光にも負けずに輝いている。
 吐く息が白く凍る。冬の冷たい大気と凍える雪のにおい。
 ………昨日、この店の中に居たときには気が付かなかったが。あの手紙、あまり匂いが染み付いていないのだ。
 自分の部屋でその事に気が付いた。
 紙には結構匂いが染み付くものだ。長時間倉庫に置かれていたのなら尚更、少し持ち歩いた程度で匂いが抜けるとは思いにくい。
 銀河連邦警察で囁かれている噂がある。未来から来た時空警察の刑事という人物がこの時代でも密かに活動している、そんな子供騙しのようなものだ。
 自分も聞いたときつまらない噂と聞き流したが、昨日いきなり思い出したのだ。
『私はジョディを、みんなを、いつでも見守っている』
 ただの願望だ、こんなものに縋ってしまう位今の自分は弱い、そう思いながらも、説明が付かない、そしていまだに何一つ謎が解けない数多くの出来事に答えを出すにはこんなありえないことくらいでしか説明が付かない。
 死んだはずの人が別人として甦ったこと。そして正体を明かすのとほぼ同時に自分達の前から消え去ったこと。
 自分達に届いた手紙。
 クリスマスの――――夢だ。
 そう思うことにしよう。
 忘れないし、大切だ。でももう人波の中に兄さんの姿を探さない。そして前を向いて、自分に、兄さんに、恥じない生き方をしよう。
 自分を信じて駆け抜けていった兄の姿を瞳に焼き付けて。
 ジョディは雪の上を歩く。
 隣にはまるで彼女と一緒に歩いているような足跡があった。



 明日からまた日々が始まる。日が昇れば積もっている雪も溶けるだろう。
 クランクはゴミの袋をまとめて店の裏口に積み上げる。
 店の正面にまわる。点滅しているイルミネーションにクランクは満足する。
「でも、片付けないとな」
 少し寂しそうにクランクは呟いた。
 今夜は一晩中点けておく予定の光。そして明日片付ける予定だ。
 まだ気持ちの整理は付ききっていないし、ふとしたはずみに思い出して泣いてしまうこともあるだろう。
 それでも、自分をとても大切に思ってくれた人が居た、守る為に戦ってくれた人が居た、悔やんで泣いてばかりではきっとあの人が悲しむ。
 前を向いて歩こう、そして誰にでも胸を張れる生き方をしよう。
 目指すなら、あの人のようになりたい。
 クランクは星空を見上げて呟いた。
「奇麗な星空だよな」
 スクリーンに映された人工物だということは分かっている。だけど思ったままの事を言った。
 明日もいい日だろうと思い、そして大きく欠伸をした。
「今日は働き通しだったよな……。寝よ………」
 そう言ってファルコンハウスの中を一通り見回って鍵をかけた。
「お休み……」
 誰かに言う訳ではないがクランクはそう呟く。
 雪の中、ファルコンハウスは静かに光に包まれていた。







バート・レミング

◆  F-ZERO PAGE TOP  ◆