Shapes of LOVE
深夜のハンガー1階にはまだ明かりがついていた。
居残り仕事をしているのは原素子。
制服の上に薄手のカーディガンをはおった彼女は椅子に座りなおす。
誰もいなくなったのを確認すると、コンタクトレンズを外して眼鏡をかけた。
小隊の誰にも見せたことのない顔である。
(新しい補給品のチェックはもうすぐね。あとは皆の人事考課を片付けないと…)
ふうっとため息をつく。
素子の脳裏には日曜日の光景が思い出されていた。
速水厚志との約束が反故になった休日。
家でじっとしているのも気が滅入るので、新市街へと買物に出かけることにした。
そこで彼女は思いがけない顔ぶれと対面することになった。
善行忠孝と、並んで歩いている森精華。
ほとんど同時に両者は気が付いた。
「先輩…!」
精華が、それまでつないでいた手を離したのを素子は見逃さなかった。
彼女はにっこり微笑んでみせる。
「あら、奇遇ね」
「…私、あの…」
消え入りそうな声で精華が言いかける。
「今日の服、可愛いわよ。よく似合ってるわ」
善行は黙っていた。
眼鏡の奥の表情は読み取れなかった。
2人と別れた後、複雑な気持ちを抱えて素子は歩き出した。
買物をする気は失せていた。
大型の装甲車が立て続けに3台、轟音をたてて彼女の脇を通過する。
風にあおられて乱れた髪を整えながら素子は振り返った。
善行と精華は何かを語りながらアーケードの雑踏に消えていった。
ふと、素子の目の前に書類が差し出された。
驚いて顔を上げると、速水厚志がそこにいた。
「3番機の修理がやっと終わりました。サインをいただこうと思って」
「速水くん…まだ残っていたのね」
相変わらずのぽややんとした笑顔で厚志は言った。
「今夜は眼鏡なんですね。初めて見ました」
素子は急に恥ずかしくなって顔をそむけた。
「夜になると目が痛くなるの。誰にも言わないで」
「あはっ、秘密は守ります」
書類にサインを受け取った後も、厚志はデスクの前でもじもじしていた。
「何かしら?」
「あの…このまえは、すいませんでした」
(日曜のことは思い出させないでくれない?)
「舞はまだ休んでます。東原さんが面倒を見てくれているみたいで」
(芝村のことなんか聞いてないわ)
「それで、お詫びに埋め合わせをさせてください」
ポケットから2枚、紙切れを出してみせる。
「サッカーチケットを陳情したんです。よかったら、今度の日曜…」
「嫌よ」
にべもなく拒絶されると、厚志は情けないくらい悲しい表情を浮かべた。
思わず素子は吹き出した。
「そんな顔しないで」
「でも…」
「嘘。わかったわ、今度だけは許してあげる」
「本当ですか?」
厚志の顔がぱあっと明るくなる。
その素直な表情には笑いを誘われずにはいられない。
「よかった。じゃあ、校門の前に9時待ち合わせってことで」
「今度すっぽかしたら承知しないから」
「はい!」
大きくうなずいて厚志は立ち去った。
素子はもういちど微笑むと書類に目を戻した。
あの子がいてくれてよかった。
さっきよりは少し軽い気持ちで、素子は仕事に戻っていった。