アナタノタメニ



ジャイアントアサルトが最後の弾丸を発射した。
「舞、予備の機関銃弾帯は?」厚志が叫ぶ。
「もう1個もないぞ!」舞が悔しそうに怒鳴り返す。
待ち伏せに遭った3番機は幻獣の大群の中に取り残される形になった。
ミサイルも打ちつくした今、彼らの武器はキックとパンチのみ。
相手は小型幻獣ばかりだが、いかんせん数が多すぎる。
3番機はじりじりと耐久力を削られていった。

補給車で通信に耳を傾けていた原素子は、おもむろに運転席の遠坂に命じた。
「前進して」
「なっ…いま何ておっしゃいました?」遠坂は耳を疑った。
「この車を出してちょうだい。3番機に弾薬を補給する必要があるわ」
「し、しかし! この補給車は非武装です」
「これは命令よ。出しなさい」
「ど…どうなっても知りませんよ?」
遠坂は意を決してアクセルを踏み込む。タイヤが軋んで補給車が動き出した。

「…結果、予備弾帯を補給。3番機は計15匹の幻獣を撃破して窮地を脱す」
翌日の小隊司令室。
素子は善行の前に呼び出されていた。
「しかし、原百翼長。あなたのとった行動は規則違反です」
善行は眼鏡をかけ直した。
「補給車は撤退ラインで待機すること。これは私の別命があるまで厳守すべきルールです」
「ええ、承知しています」
素子は無表情でうなずいた。善行は咳払いをひとつして続ける。
「罰として、あなたには明日から3日間の自宅謹慎を与えます。…いいですね?」
「覚悟の上のことです。了解いたしました」
さっと敬礼すると、素子は踵を返して司令室を立ち去った。

「いやあ、あの時は生きた心地がしませんでした」
ハンガーでは整備班の面々が遠坂を取り巻いていた。
「遠坂さん…」涙を浮かべた田辺真紀がハンカチで目を拭く。
皆が皆、遠坂への同情を述べた。
そこへ素子が戻ってくる。全員が一斉に口をつぐんだ。
冷ややかな空気の中、素子はデスクを整理すると森精華を呼び出した。
「3日間の謹慎処分を受けました。その間の整備班はあなたに一任します」
「先輩、どうして…」
「私が軽率だったわ」
にっこり微笑むと、素子はうーんと伸びをした。
再び出て行く時、班員の前で彼女は振り向いた。
「遠坂くんには怖い目に遭わせてしまったわね。ごめんなさい」

速水厚志は女子寮の前を何度も行ったり来たりしていた。
時刻は夕方。長い影が道路に落ちていた。
ため息をつくと、厚志はある部屋の呼び鈴を押した。
しばらくして明るい返事が聞こえた。
「はーい」
「僕です。あの…速水です」
「速水くん?」
ドアが開き、驚いた顔の素子が現れた。

Tシャツにジーパンというラフな出で立ちの素子は厚志を招き入れた。
「どうしたの? 急に」
「お礼を言おうと思って。本当は舞も一緒に来るはずだったんですけど…」
「それはご丁寧に。座って。お茶でもいれるわ」
厚志が持参したシュークリームをはさんでふたりは向き合った。
「今回のことは残念です。あのとき弾帯をいただけなかったら駄目だったかも」
「ありがと」素子は微笑んだ。
「でもね、自宅謹慎っていうのも悪くないわ。たまった洗濯物を片付けて、部屋の掃除もできたし。
ダイエットのエクササイズも始めたのよ」
「お元気そうで安心しました」
厚志は、素子がいれてくれたハーブティーをひとくち飲んだ。
「でも、あの…どうして、あんな無茶なことをしたんですか」
「さあ、どうしてかしら?」
はぐらかした素子はシュークリームを手に取った。
「あら美味しい。でも、この分のカロリーを減らす運動をしなくちゃね」

30分ほど滞在したあと、厚志は辞去することにした。
靴をはいてドアの前に立った厚志は、不意に背後から抱きしめられた。
素子の温もりが背中に伝わる。厚志はうろたえた。
「あ、あの、原さん…!?」
「今日はありがとう。来てくれて本当に嬉しかった」
厚志の耳元で素子が告げた。
「私がどうしてあんな強引なことをしたのか、知りたい?」
「え、えっと…はい」
「3番機に、あなたが乗っていたからよ」
「えっ?」
素子は彼に頬を寄せた。

「馬鹿な女でしょう。部下の命を危険にさらしても、自分のエゴを優先したのね」
「そ、そんな…」
「あなたが好きなの」
素子は抱きしめる手に力をこめた。
厚志は振り向いて素子から身を引き離した。混乱して大きく息をしている。
「し、失礼します!」
震える手でドアを開けて、逃げるように厚志は立ち去った。

大きな音をたててドアが閉まる。
裸足で玄関に出た素子は、ドアを背に寄りかかった。
そのまましゃがみこむ。
最初は微笑んで、続いて声を立てて笑い出した。
そして両手で顔を覆った。あふれ出した涙を抑えるために。



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