Beautiful Sunset(前編)



善行は準竜師に戦況報告を終えると、通信切断の旨を伝えた。
「…ああ、そうだ。待て」とモニター越しに芝村準竜師。
「はい?」
「貴様のところの整備主任。原…とかいったな。妙な陳情をしてきたぞ」
「はあ」善行は曖昧な返事をした。
「3番機パイロットの入れ替えと、我が末姫をスカウトにしたい、とな。承知しておるか?」
「いいえ。初耳です」
「急な陳情ゆえ保留にしたが。貴様の意見はどうだ」
「検討してみます。また、本人に事情聴取してみたいと思います」
「よろしい。以上だ」
モニターが暗転した。

小隊司令室に呼び出された原素子は涼しい顔をしていた。
善行は尋ねた。
「人事異動の陳情の件です。その趣旨を聞かせてもらえますか」
「ええ」
素子はまるで、その質問を予期していたかのようにすらすらと答えた。
「ひとつ、整備班の隊員にも士魂号による実戦経験を積ませたいこと。
ふたつ、芝村さんには、その攻撃的な性格からスカウトが最適な配置だと考えたからです」
「整備班からは、誰を?」
「遠坂くんです」

「悪いわね。でも、貴重な実戦データを蓄積する絶好の機会なの」
「は、はい…」遠坂は当惑を隠しきれない様子で答える。
素子はデスクに肘をついて苦笑した。
「芝村さんがスカウトに転属を希望しているから、仕方ない措置でもあるんだけど」
「そうなんですか?」
「お姫様の気まぐれには本当に困っちゃう。でも戦線はこう着状態だし、危険は少ないわ」
「私は布団を干している方が性に合ってるんですが…痛恨です」
「あなたには期待しているの。頼んだわよ」

善行は質問を続けた。
「芝村さんをスカウトにすると、若宮くんが無職になる結果になりますが」
「そうですね」素子はうなずいた。
「でも、彼は初陣以来ずっと前線にいます。そろそろ休息を与えた方がよろしいかと」
「彼がですか?」
「ええ。あのハイテンションには戦争神経症の疑いもあります。本人も同意済みです」

昼休みの屋上。
素子は若宮を呼び出していた。
喜んで駆けつける若宮。いきなり抱きしめられた彼はすっかり骨抜きになっていた。
「…急なお願いで、悪いんだけど」素子は甘い声でささやいた。
「よろこんで、素子さん!」
「しばらく休養をとってほしいの。だって素子、あなたのことが心配なんだもの」
細い指先を、若宮の厚い胸板にゆっくりとなぞらせる。
「きょ、きょ、恐縮であります!」
「後のことは心配しないで。わたしが何とか手配するから」
「はいっ。この若宮康光、素子さんのため、全力で無職に励みます!」

「…そうですか」善行はメガネを直してため息をついた。
「私としては、速水・芝村コンビはいい成果を上げていると思うのですがね」
「表面的な戦果に目を奪われては、いけないわ。小隊の将来的な成長を考えないと」
善行はあごひげをなで、少し考えてから言った。
「趣旨は分かりました。明日、準竜師に連絡しましょう。戻ってください」
「善処ねがいます。では」
司令室のドアを閉めた素子は、満足げな表情を浮かべていた。

ハンガーに足を進めながら、素子は舞に思いをめぐらせた。
芝村のお姫様には、悪いけど身体ひとつで前線に立ってもらうわ。
スカウトの損耗率は50%を超えている。
たまたま優れたスカウトが配置されているため、5121小隊では損害がない。
でも、配置が換われば?
素子は氷のように冷ややかな微笑を浮かべた。
重傷を負って再起不能。あるいは最悪の場合…

「顔に全面ヤケドでも負ってくれたら、一番いいんだけど」
「…はい?」
デスクの前を通りかかった田辺真紀が振り向いた。
素子は書類をめくりながら、しれっと取り繕う。
「ちょっとね、独り言。マンガの話」
「主任もマンガを読むんですか?」
「当たり前よ。気分転換にちょうどいいもの」
「ふふっ」田辺は笑った。
「何か、おかしい?」
「いいえ。原さんも、私たちと同じくマンガを読むんだなって…ちょっと嬉しいです」
「それ、ひどい言い方じゃなくて?」
「すいません! すいません!」
「嘘よ。仕事に戻りなさい」くすくす笑いながら素子は指図した。

ごめんなさい、田辺さん。
あなたの遠坂くんは士魂号で出陣するの。
もしかしたら、危ない目に遭うかもしれない。
でもね。
このわたしのために、犠牲になってもらうしかないの。そう、犠牲。
わたしと厚志くんのために。

日の暮れた校舎裏に、速水厚志は息を切らせて走りこんだ。
待っていたのは加藤祭。
「な、なに? 大事な話って」
「やっと来はったか」
祭は灯火の下で手を後ろに組んで立っていた。
「…陳情」
「えっ?」
「あんたのカノジョ、えらい陳情してまっせ」






戻る