Beautiful Sunset(後編)
「舞をスカウトに…?」
言葉を失う速水厚志。
「そうや。司令も同意したし、明日にも辞令が出るんちゃう?」
加藤祭は小声で告げた。
とっぷり日も暮れた校舎裏。
灯火に蛾がたかってぱちぱち不吉な音を立てている。
「でもどうして、素子さんがそんな陳情を」
「ついに最後の手段に訴えた、ちゅうところやろね。ああ、怖い怖い」
「意味が分からない」厚志は肩を落とした。
祭は腕を組むと、のぞきこむように彼を見た。
「あんなあ。言っちゃ悪いけど、あんたの優柔不断な態度にも、問題ありと思うで」
「優柔…不断?」
「いっつも『舞、舞、舞』ってワンコのように追いかけまわしとったやろ。
原さんにとっちゃ、えらい目障りだったんちゃいまっか」
「だって、舞は3番機のパートナーだし。同じクラスの友達だし」
「それは理屈や」祭は断じた。
「けどな、惚れたハレたは理屈の世界やない。考えてみ。逆の立場だったらどう思う?」
「え? う、うんと…分からない…かな」
「ま、あんたに理解しろ言うても無理か。けどな、よくよく自分と自分の周りを見とき」
今回は特別に情報料サービスにしといたるわ、と言って祭は立ち去った。
残された厚志は呆然として立ちすくんだ。
「芝村さんには、今後スカウトとして働いてもらいます」
早朝の小隊司令室。
呼び出された芝村舞は無言でうなずいた。
善行は顔も上げずに続けた。
「もう教室に戻っていただいて結構ですよ」
「3番機には誰が」
「遠坂くんです」
「そうか。わかった」
淡々と答えると、舞は司令室を後にした。
待っていたかのように厚志が駆け寄ってきた。
「舞!」
「なんだ」
「スカウトになるって…本当にいいの?」
「いいも悪いもない。命令だ」
泰然と答える舞。うろたえたのは厚志のほうだった。
「経験もないんだし、絶対に危ないよ。今からでも変更の陳情を…」
「醜態はさらしたくない。これが何者かの意思であるならば、それに乗るまでだ」
日曜日の夕暮れ時。
1台のバイク登山道を疾走していた。乗っているのは厚志と原素子。
分岐点を迎えスピードが落ちる。
「左よ」後部から素子が命じる。
「はい」厚志はカーブを切ると、ふたたびアクセルを開いた。
「素子さん、すごいですね。こんなバイクを手配するなんて」
「コネは、あるところにはあるのよ。それより、あなたがバイクを運転できるなんてね」
「瀬戸口くんにちょっと教わったんです」
「ふうん」素子は興味なさげに答えた。
小高い山頂には仏舎利塔があり、その手前に展望広場があった。
夕陽に照らされた熊本市街が眼下に広がっていた。
バイクは広場に停まった。
素子はさっさとヘルメットを脱ぐと、髪を整えフェンスに向かう。
急いで追いかける厚志。
オレンジ色に染まる建物の群れを眺めて、素子はぽつりと言った。
「きれい」
「きれいですね」横に並んだ厚志も同意する。
しばらく沈黙が続いた。
ひと気のない展望広場。素子は厚志の手を握った。
そして身をかがめて口唇を重ねた。戸惑いながらも応じる厚志。
長い、長いキスだった。
「どうして、なんです?」
「なにが?」素子は前を向いたまま答えた。
「舞を、その…スカウトにするなんて」
「最適な配置だと思わない?」
「思いません。ぼくは」
素子は厚志に目を向けた。
「そんなに芝村さんのことが好き?」
「えっ」
「好きなんでしょ。芝村さんのこと」
「問題が違います」
「違わないわ」素子は微笑する。
「あなたが彼女を大切に思う限り、わたしは苦しい。だからどいてもらったの」
「そ、そんな…」
「あなたの隣はわたしの指定席なのよ。それを彼女にも理解してほしかったの」
「…なんだか」厚志は言葉をしぼり出した。
「なんだか、おかしいですよ。これで舞に何かあったら」
「何かあったら?」
素子はフェンスに寄りかかりながら楽しそうに言った。
「ねえ。わたしがどんな気持ちであなたの出撃を見送ってるか、考えたことある?」
「はい?」
「怪我ひとつしないで無事に戻ってきてほしい。死なないでほしいって」
「…ありがとうございます」
「それは、あなたの芝村さんに対する気持ちと同じよ」
「…」厚志は下を向いた。
取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。
「見て。太陽がまん丸」素子は指差した。
「きれいな夕陽だわ。そう思わない?」
グラウンドを走りこんでいた来須は、白い人影が校舎の前に立っているのに気付いた。
体操着姿の舞だった。腰に手をあてて彼を見ている。
来須は足を止めた。
「…なんの用だ」
「舞だ。芝村をやっている。今日からスカウトとして、そなたと共に戦うことになった」
「…」
帽子をかぶりなおすと、来須は無言でランニングを再開した。
舞は、その後について走り出した。