クローバー



 ある晴れた午後。
 東原ののみはブータを連れて河原に出かけた。
 歌をうたいながら、上機嫌で草むらのなかで何かを探している。
「わあ、あったのよ!」
 ののみは嬉しそうに駆け寄った。
 だが、それはちょっとした急斜面のふちにあった。見るからに危険そうである。
「ふえ…」
 ブータが心配そうに見上げる。
ののみはにっこり笑うと、しゃがんだ姿勢のままうーと手を伸ばした。
 取れた、と思った瞬間。
「きゃああ!」
 足をすべらせたののみは斜面を転がり落ちていった。

「まったく、なんで僕がこんなこと…」
 茜大介はぶつぶつ文句を言いながら河原の道を歩いていた。
 滝川・速水とのじゃんけんに負けて、新発売のゲームセルを買いに隣町まで往復することになってしまったのである。
 陽は沈みかけており、あたりは薄暗い。吹き付ける風が短いズボンの肌に冷たかった。
 でも今に見てろ、と茜は思った。
ポケットに忍ばせた新品の士魂徽章に手を触れる。
 エースパイロットになった暁には、あいつらを顎でこき使ってやる。

 ふと、茜は猫の鳴き声を耳にした。
通り過ぎようとしたが、ただならぬ調子の声に誘われ草むらへ足を踏み入れた。
そこには、心配そうなブータの横にうずくまる、ののみの姿があった。
「おい、東原じゃないか!」
「あ、だいちゃん…」
 ののみの制服は土で汚れ、目は泣きはらして赤くなっていた。
「こんなところで何やってるんだ?」
「えっとね、探し物をしてたの。そしたらね、がけの下に落ちちゃったの。
ねこちゃんが押してくれたから、ここまで上がれたのよ」
「なんて馬鹿なやつだ。立てるか?」
「痛ぁい!」
 茜が手を引いて立たせようとすると、ののみは悲鳴をあげた。
 足を挫いているようだ。
痛がりようを見ると、とても歩けそうにない。
「くそっ、もう…仕方ないな。ほら」
「ふえ?」
 かがんで背を向ける茜。ののみは喜んで彼におぶわれた。
「僕に面倒をかけるな」
「えへへ、ごめんなさぁい」

 ふたりが尚敬高校にたどり着いたときには、とっぷりと日が暮れていた。
「よかった! みんなで心配してたんだよ」
 速水や瀬戸口が安堵とともに彼らを出迎えた。
 手当てを受けベッドで寝息を立てているののみを見て、茜はフンと鼻を鳴らした。
「まったく、困ったやつだよ。僕が見つけなかったらどうなっていたことか」
「…おまえさん、何も知らないんだな」
 脇にいた瀬戸口が怖い顔でにらみつけた。
「な、なんだよ」
「今度、パイロットになるんだろ?」
「それがどうした」
 瀬戸口はしなびたクローバーの葉を差し出した。
「このお嬢さんはな、一生懸命こいつを探してたんだ」
「四つ葉の…クローバー?」
「ああ。だいちゃんのためにお守りを探してくるって、朝から出かけていたんだぜ」
「えっ?」
茜は言葉をなくした。
「どうして、こいつはそんなこと…するんだ?」
「さあ。それは自分で考えるんだな。じゃ、おれは外すよ」
 瀬戸口は出て行った。
残された茜は、少女の安らかな寝顔とクローバーを黙って見くらべた。

 小さな松葉杖をついて、ののみがえっちらおっちらと歩いてくる。
 どぶ川べりの道の角には茜が待っていた。
「だいちゃん、おはよ」
「ああ。もう大丈夫なのか?」
 茜は落ち着かなげな様子でたずねる。
「うん! でもね、歩くとまだ痛いのよ。早くみんなと遊びたいな」
「そうか。…あ、あのさ」
「ふえ?」
ののみはきょとんとする。
茜は頬を赤らめてそっぽを向いた。
「おまえの足が治るまで、僕が一緒に学校に行ってやる。もちろん、治るまでだぞ」
「本当、本当? えへへ、嬉しいなぁ」
 茜はののみのカバンを持ってあげた。
 ふたりは並んで歩き出す。
「ねえ、だいちゃん。いっしょに学校に行くと、なんだかふーふみたいだね」
「ばか!」
 ののみは茜の顔を見上げて楽しそうに笑った。



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