芝村に敗北はない



出動のサイレンが鳴り響き、ハンガーは慌しさの中に包まれた。
原素子は整備主任として監督しながらも、2番機に視線を送らずにいられなかった。
彼女の想い人、速水厚志がパイロットとして配属されたからである。

それは2番機パイロットの滝川が重傷を負ったための措置であった。
しかし、そのことは違う意味で素子に安堵をもたらした。
3番機・複座型では芝村の姫とコンビを組むことになる。
狭いコクピットの中で2人が命がけの時間を過ごす。
それは、素子にとって胸のざわめきを覚えざるをえないことだったのだ。

ウォードレスをまとい乗り込んだ厚志を確認すると、素子はコクピットに近づいた。
「速水くん、2番機は軽量型よ。今までの複座型と勝手が違うから気をつけて」
「あ…はい」
厚志はにっこりと微笑んだ。
どこまでも緊張感のない少年である。
だが、それこそが彼の魅力であることを素子は知っていた。

ヘルメットをかぶろうとする厚志を素子は制止した。
「待って」
「はい?」
ほんの一瞬、素子の口唇は厚志のそれと重なった。
目をぱちくりさせた彼は、やがて頬をぱあっと赤らめた。
「必ず生きて還ってきなさい。これは命令よ」
「はい…うん。必ず!」
力強くうなずく厚志に微笑みかけると、素子は勢いよくハッチを閉じた。

故障多発で出撃できない3番機の前で、芝村舞が腕を組んでたたずんでいた。
鋭い目で素子を見つめている。
その視線を正面から受け止めると、素子は彼女の前を通り過ぎようとした。
「…そなた、厚志に何をした?」
剣呑な声で素子を呼び止める。
「べつに。ただの諸注意です」
「それにしては時間が長かったように思えるが」
「気のせいよ。そんなことより、早く3番機の故障を修理しなさい」
舞は仁王立ちになって素子に宣言した。
「芝村に敗北はない。そのことを覚えているがいい」
「妬いてるの? 私も負けるつもりはないわ」
小声で言い放つと、素子は舞の脇をすりぬけて仕事に戻っていく。
舞は口唇を噛みしめ、その後ろ姿をにらみつけていた。



戻る