ひとにやさしく
原素子は書類の束を整理すると、そっとデスクの引き出しを開けた。
陳情で手に入れたサッカーチケットが2枚。
日曜日のデートの行き先である。
二つ返事でOKしてくれた速水厚志の顔を思い出し、素子は軽く微笑んだ。
モニターが3番機の故障テスト結果を告げた。
「…ああ、まだ駄目だね。神経接続と耐G訓練が直らないや」
厚志が肩を落とすと、芝村舞もため息をついた。
土曜日の深夜、2人して3番機の修理を行っていたのである。
「今日はもう疲れた。そろそろ帰らなきゃ朝になっちゃうよ」
どぶ川べりの道を並んで歩いている。
しんと静まり返った真夜中の道。
「…すまぬ、厚志」
「なにが?」
「そなた、本来は2番機の担当であろ。毎晩手伝ってもらうのは心苦しい」
「あはっ、そんなこと気にしていたの。舞らしくないよ」
厚志が異変に気付いたのは、その時だった。
舞の足取りがおぼつかない。左右にふらふらと揺れている。
「ねえ、どうかした? まっすぐ歩いてないよ」
「私は…大丈夫…だ」
答えた直後、舞は電柱に衝突しそのまま座り込んでしまった。
「舞!?」
次に舞が意識を取り戻したとき、見慣れぬ天井がそこにあった。
ひんやりとした感覚が額に心地よい。
「ああ、目を覚ました」
「厚志か? どうして…」
「ここは僕の家。ひどい熱だったんだよ。無理しすぎ」
笑いながらタオルを絞って額にのせかえる。
「私は…1日も早く3番機を修理して…」
(そなたと共に、再び幻獣を狩るのだ)と続く言葉を舞は飲み込んだ。
「はいはい。その前に舞自身を修理しなくちゃね」
窓の外が明るくなってくる。
厚志はうつらうつらしながらも舞の側を離れなかった。
「厚志、私はもうよい。今日は約束があったのだろう…原と」
「うーん…。でも、こんな状態の舞を放っておけないよ」
舞は返事の代わりに布団を顔まで引き上げた。
「分かったわ。芝村さんが倒れたんじゃ仕方ないわね。また今度行きましょ」
朝早くから洋服を選んでいた素子は厚志との通信を切った。
もやもやした感情が胸にこみあげる。
何故あなたがそこまでしてあげなきゃいけないの?
本当は厚志を問い詰めたかった。
出来なかった自分を素子は悔やんでいた。
「舞、おかゆ作ったから起きて」
まだふらふらする頭を持ち上げて上体を起こす舞。
「はい、あーんして」
スプーンを差し出す厚志に彼女はぎょっとした。
「ちょっと待て! それぐらい自分で食べられる。人を病人扱いするでない」
「だって病人じゃない。ほら」
「ぬ…」
おそるおそる顔を突き出して、スプーンを口にする。
熱いおかゆの淡白な味わいが口いっぱいに広がった。
舞はついと顔をそむけた。
「どうしたの? あまり美味しくなかった?」
「熱い」
彼女は厚志に見られたくなかったのだ。
うっすらと目に浮かんだ熱いものを。