星の降る夜
「そういうわけで」
善行は書類をとんとんと揃えると、3人を見上げて告げた。
「説明したとおり、みなさんには軍主催のパーティーに出席していただきます」
左から順に、原素子、速水厚志、芝村舞と並んでいる。
「なぜ我らなのだ? 戦線は膠着しているとはいえ、パーティーなど時間の無駄であろ」
「これは命令なんですよ、芝村さん」
やれやれと善行は首を振った。
「小隊司令に副司令。そして、部隊で最も撃墜数の多いパイロット2名が出席すること。
その功労をねぎらい、もって軍全体の士気高揚を目的とする…ということです」
「いいじゃない、舞。楽しそうだよ。美味しいものも食べられるかもしれないし」
「そなたは気楽だな」舞はつんとそっぽを向く。
その向こうで、素子が嬉しそうに手を合わせた。
「素敵! 何を着ていこうかしら。速水くん、あとで付き合ってくれない?」
「え? あ…は、はい」
素子に見つめられて、厚志はたちまち赤くなった。
舞の頬は違う意味で紅に燃え上がった。
「話は終わりだな? ハンガーに戻るぞ」
「さっきはごめんなさい、ね」
「何がです?」
新市街の雑踏を歩きながら、素子は微笑んだ。
「速水くん、なんて他人行儀な呼び方しちゃって。本当は厚志くんって呼びたかったのよ」
「そ、そんな…恥ずかしいです」
「照れちゃって。かわいい!」
素子は組んだ腕を引き寄せた。
「あなたも私を素子って呼んでもいいのよ。ふたりきりのときはね」
「も、素子…さん?」
「あはっ、も・と・こ。さあ、アクセサリーを探しに行きましょ」
「ふむ」
舞は姿見の前で腕を組んだ。真紅のドレスに身を包んでいる。
「どうもこう、なんだ。この手の衣装は私には似合わないのではないか?」
ののみは「ふああ」と感嘆の声を上げて手を叩いた。
「そんなことないのよ。まいちゃん、とってもきれい!」
「そ、そうか?」
ああでもない、こうでもないとコサージュの位置を直し、チョーカーを着ける。
「こんなものか」
「すてき、すてき。おひめさまみたい」ののみはニコニコして褒めた。
「あっちゃんもね、きっとね、まいはきれいだよって言ってくれるのよ」
「たっ、たわけ! あ…あ…厚志は関係ない!」
舞は自室の床をどんどんと踏みつけた。
パーティーの当日。
会場の市庁舎には小隊の軽トラックで向かうことになった。
運転は厚志。助手席には善行が座り、女子は荷台に収まることになった。
「迎えのリムジンでも来ないの? 嫌ね、これじゃせっかくのドレスが汚れちゃうわ」
素子はぼろぼろのクッションの上で文句を言った。
向かいの舞は横を向いたままだ。
「芝村さん。かわいいわよ、そのお召し物」
「…知らん」
「『馬子にも衣装』って昔の人は言ったみたいだけど…ふふ」
舞は聞こえないふりをしてクッションの位置を直した。
「ね、聞いて。このイヤリング、厚志くんとふたりで選んだの。素敵でしょ」
「それがどうした」
「あらぁ、怖い顔! 私は事実を言っただけなのに。悔しい? 嫉妬?」
くすくす笑う素子に、舞はぎりぎりと歯を食いしばって屈辱に耐えた。
ハンドルを握りながら、厚志は背後を振り返った。運転席からは荷台の様子は見えない。
「女の子たち、気の毒ですね。文句を言ってるみたいです」
「やむをえません。自力で参集するようにとの通達ですから」
善行は何かを悟ったような顔で前方を見つめていた。
熊本市長をはじめ、軍の幹部がつぎつぎに挨拶をしていく。
とってつけたような表彰式の後、ようやく歓談となった。
善行はさっそく準竜師と密談を始めている。
お仕着せの儀礼服をまとった厚志の手をとって、素子ははしゃいでいた。
「せっかくのパーティーですもの。楽しまなくっちゃ」
「ぼく、食べ物を取ってきます」
「あなた、食べることしか頭にないの? 乾杯のグラスを持ってきてあげるわ」
そっと厚志の耳元にささやく。
「司令部にちょっとしたコネがあってね、シャンパンを用意してもらっているの」
「ぼ、ぼく、帰りも運転が…」
「お固いことは言いっこなし。待ってて」
素子は人ごみの中に消えた。
ふう、とため息をつくと厚志は気が付いた。
舞の姿が見えない。
きょろきょろと探すと、テラスに向かって進んでいく紅のドレスが見えた。
舞はベランダの手すりにもたれると夜空をあおいだ。
(まったく茶番だな。くだらぬ…)
「舞、やっぱりここにいた」
「…厚志?」
「危うく見失うところだったよ。どうしてこんなところに?」
「私は混雑は嫌いだ」
「ぼくも苦手。実はね」
厚志はネクタイをゆるめるとにっこり笑った。
彼の儀礼服姿を見て、ほのかに頬が熱くなるのを舞は感じた。
シャンパングラスを2つ手にした素子は厚志の姿を見失った。
「あら…厚志くん?」
あたりを見回していた彼女は、別の部隊の副司令に声をかけられた。
「5121さんですね。その節はお世話になりました」
「あら、3413さん。パーツの余剰ストックは常識ですわ。よかったら、これ…」
「すごい、シャンパンですね!」
愛想笑いをしながら、素子は目で厚志の姿を探し続けた。
「その…原は、いいのか」
「色々つきあいもあるだろうし、ぼくが一緒にいても迷惑かなって」
「そうか。うん、そうだな」
何故か愉快な気分がして、舞は微笑んだ。
「外は涼しくていいね」
「中が暑いのだ」
会話が途切れる。
服装のせいか、いつもと違うぎこちなさがそこにはあった。
そこに一陣の風が吹く。
舞の艶やかな髪が文字通り風に舞った。
「ねえ、舞」
「なんだ」
髪を押さえながら、ぶっきらぼうに舞は応じた。
「すっごくきれいだよ、今日のドレス姿」
「…!」
厚志はぽややんと笑っている。
舞はぷいっと横を向いて鼻を鳴らした。
「『馬子にも衣装』であろ?」
「そんなことない。そんなこと言う人なんて、おかしいよ」
「…ふ、ふん。たわけ」
空を指さして舞は言った。
「今日は星がきれいだぞ。私よりもそっちを見るがいい」
灯火管制の下、降るような星々がふたりの頭上にあった。
舞は黙って夜空を見上げていた。
それは、潤みはじめた瞳を厚志に見られたくなかったからだった。