いつもあなたが



東原ののみが2番機パイロットに就任する。
この人事は、5121小隊の全員に驚きをもって迎えられた。
最も激しく動揺したのは瀬戸口隆之。
彼は善行の襟首をつかむと真剣な表情で詰め寄った。
「どういうことなんだ、この配置は!」
「落ち着いてください、瀬戸口くん」善行は両手を挙げた。
「これは準竜師からの直接命令なんですよ」
「準…竜師?」
「何か思うことがあってのことかもしれません。
付け加えて言えば、東原さんは士魂徽章を授与されたばかりです。
彼女も戦力の一員だということを、忘れないで下さい」
ゲーム感覚でののみにシミュレーターを操らせたことを、瀬戸口は後悔した。

廊下をつかつかと歩く壬生屋未央は不意に呼び止められた。
「おい、壬生屋」
「何か御用ですか?」
つんとした顔で振り向く壬生屋。頭をかいている瀬戸口がそこにいた。
「今度の出撃で、東原が2番機で出る。お前さんにあの子のフォローを頼みたい」
「どうして、ですか?」
「委員長は『危険な真似はさせない』と言っていたが、戦場では何が起こるかわからん。その時は、東原を守ってあげてほしいんだ」
「嫌です」壬生屋はにべもなく拒否した。
「出撃したからには、東原さんも部隊の駒のひとつ。連携はしますが、かばうようなことは約束しかねます」
「なあ、そりゃあんまり冷たい言い草だろう。あの子はあんなに小さいんだぞ!」
壬生屋はきっとして言い放った。
「毎回出撃をしているわたくしのことを、一度でも心配してくれたことがありますか?」
「え…?」
「失礼します!」
長い黒髪を翻して、壬生屋は去っていった。

瀬戸口が心配していた出撃は3日後に現実のものとなった。
「えっとねぇ、2番機、ののみ、出まあす」
士魂号単座型がトレーラーからよっこらしょ、とぎこちなく立ち上がった。
「お嬢さん、気をつけてな。命令どおり、後方で待機してるんだぞ」
「えへへ、たかちゃん、ありがと。でも、ののみはだいじょーぶなのよ」
2番機の両足には整備班特製のロケットブースターもつけてある。
いざという時はすばやく戦場を離脱できるようにとの心づくしだ。

1番機・3番機を中心にした戦いは順調に進んだ。
幻獣たちは平地を捨てて廃墟の町に逃げ込みはじめる。
「壬生屋1番機、追撃します!」
「おい、あまり先走るな。深追いは危険だぞ」
「今がチャンスです。これは、わたくしの判断です」
瀬戸口の注意を壬生屋はばっさり切り捨てた。
3番機は周囲を走り回る小型幻獣の始末に追われて身動きが取れない。
1番機は超硬度太刀をふりかざし、単独で市街地につっこんでいった。

崩れかけたビルの間に入った壬生屋は拍子抜けした。
あれほどいたはずの幻獣が姿を消していたのだ。
用心深く足を進めていく。
がらっと背後で崩落する音が響いた。
振り返るとビルの廃墟の中からミノタウロスの巨体が現れた。
1匹だけではない。右からも、左からも…!
壬生屋機は完全に包囲された格好になってしまった。
「くッ…。罠にはめてくれましたね!」
「壬生屋、後退しろ。1機だけじゃ無理だ!」無線に瀬戸口の叫びが聞こえる。
「やれるだけ、やってみます!」

1番機は獅子奮迅のはたらきで太刀を振り回し、周囲のミノタウロスに斬りつけていく。
しかし、数の暴力の前には所詮わるあがきでしかなかった。
ついに膝を屈する士魂号。
「…限界です。壬生屋、脱出します!」
コクピット転がり落ちた壬生屋を容赦なくミノタウロスの鉄拳が襲う。
辛うじてかわしたものの、そのパンチによって崩れた柱が彼女に倒れかかった。
「きゃあ!」
足が挟まれてしまい、壬生屋は身動きがとれなくなってしまった。
勝ち誇ったミノタウロスは、なぶるように彼女のまわりのビルを壊していく。

「壬生屋、大丈夫か? 動けないのか?」
瀬戸口の声が響く。壬生屋は薄笑いを浮かべてマイクに告げた。
「…手榴弾は持っています。幻獣に辱めを受けるくらいなら、いっそのこと」
「馬鹿、早まるな! ええい、手間のかかるやつだ」
善行が振り向いたとき、すでに瀬戸口は指揮車を飛び出していた。
「ちょ…せ、瀬戸口くん!?」

小型幻獣はサブマシンガンで追い散らし、ミノタウロスの足の間をくぐりぬけ、瀬戸口は壬生屋のもとにたどり着いた。
「瀬戸口くん。ど、どうして…?」
「待ってろ、こんな柱ぐらい!」
顔を真っ赤にして壬生屋を押さえつけている柱を持ち上げにかかる。
ウォードレスの人工筋肉がばちん、ばちんと弾けていく。
しかし、ミノタウロスは黙って見ていなかった。
巨大な拳を振り下ろす。瀬戸口は反対側の壁に放り投げられてしまった。
「瀬戸口くん!」
「痛ぇ…畜生」
激しく咳き込んで瀬戸口は悪態をついた。
雄たけびをあげたミノタウロスは、とどめを刺すとばかりに瀬戸口に突進した。

と、その瞬間。
あたりは猛烈な煙に包まれた。
ロケットブースターを使った2番機が跳躍してきたのだ。
ミノタウロスの前に立ちふさがる。
「たかちゃん、だいじょーぶ?」
「何やってるんだ。そんな軽装甲じゃ、ミノタウロスは…」
しかし、ののみはひるむことなく幻獣に立ち向かった。
「めーだよ、げんじゅーさん。そんなことしたら、めーなのよ。ののみのおねがい」
驚いたことに、ミノタウロスは動きを止めると、両手をだらんと下げた。
ぼんやりしたように周囲を見回すと、くるりと踵を返す。
そして、彼らから遠ざかっていった。
他の幻獣たちもあたふたとその後を追って去っていく。
「ひ、東原…?」
瀬戸口は呆然として2番機を見上げるばかりだった。

「以上で戦況報告を終わります。詳細は追って文書で」
モニターの中の準竜師はふん、と鼻を鳴らした。
「2番機パイロットは疲労が激しく戦闘には耐えない、ということか」
「そうです。士魂号に乗っていること自体、彼女には負担だったようです」
善行は付け加えた。
事実、幻獣が撤退した後、ののみはコクピット内ですやすやと眠りに落ちていたのだ。
「彼女はオペレーターが適任です。配置を戻し、二度と士魂号には乗せないつもりです」
「任せる。今回の出撃で貴重なデータがとれたからな。以上だ」

病室のドアがノックされた。
どうぞ、と壬生屋が応じると瀬戸口が現れた。
「よお」彼も頭に包帯を巻いた痛々しい姿だ。
片手にもったリンゴをもてあそびながら壬生屋に向かって苦笑する。
「お互い、みっともない結果になっちまったな」
「わたくしは足の骨にひびがはいっただけです。もうじき退院できるそうですよ」
「そいつはよかった」
瀬戸口はため息をつくと、壬生屋に向かって頭を下げた。
「あのさあ…悪かったな」
「何が、です?」
「東原にかまいすぎて、おまえさんのことに頭が回らなかった」
壬生屋はくすくすと笑う。
「そのために、わざわざ?」
「悪いか」
「いいえ」壬生屋はかぶりを振った。
「柱を持ち上げようとする、みっともない顔を見させていただきましたもの」
「性格の悪いやつだ!」
瀬戸口は頭を抱えた。
「そのリンゴ、わたくしへのお見舞いですか」
「ん? …あ、ああ」
「では、むいて食べさせてください。手首を捻挫して不自由なのです」
瀬戸口はため息をついた。






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