提案>一緒に帰ろう



「それでな。あー、皆に言っておくことがある」
朝礼の場で本田は面倒くさそうに告げた。
「軍で捕獲していたゴブリンが逃げ出したそうだ。まだ市内に潜伏している」
生徒たちにざわめきが起こる。
「戦場じゃあなんてことはないザコだが、生身で相手にするにはちときつい。
これから別命あるまでは、夜10時以降に帰宅する場合、必ず2名以上とすること」
「はーい。ののみはたかちゃんといっしょにかえります!」
東原ののみは嬉しそうに宣言した。

3番機は着々と戦果を挙げている。
しかしその半面、無理な動きの結果、整備や補修が欠かせないのも事実だった。
芝村舞と速水厚志は時を忘れて整備にいそしんでいる。
「やっぱり。まだ残っていたのね」
階段から声がかけられた。原素子である。
「厚志くん、一緒に帰らない? 整備班はみんな帰っちゃったのよ」
「え? あ、は、はい…」
厚志は舞に視線を送る。舞はむっつりした表情で応じた。
「私のことは気にするな。まだ調整に時間がかかる。原と一緒に帰るがいい」
「そ、そう? じゃあ、ごめん」
軍手を外すと厚志は素子のもとへ歩み寄っていった。
舞はちらりと横目で見ると、ため息をついて作業に戻った。

運動力の訓練を終えると、壬生屋未央は時計を見た。10時をとうに回っている。
(指示された時間は過ぎてしまったけど…仕方ないわね)
汗を拭いて歩を進め始めると、校舎裏にたたずんでいる人影があった。
「よお」
「瀬戸口…くん?」
「これから帰りだろ? たまたまなんだが、おまえさんの家の方に用事があるんだ」
壬生屋はキッとしてにらみ返した。
「東原さんと共に帰ったのではないんですか?」
「忘れ物」と言って<週刊トレンディー>を瀬戸口は掲げてみせた。
「わたくしは生身ひとりでも幻獣とわたりあえます」
「ま、そう言うなよ。旅は道連れって言うじゃないか」

暗い夜道をふたりの影が並んで歩いていた。厚志と素子である。
「やっぱり夜は怖いわね」
素子は厚志と組んでいる腕に力をこめた。
「早く平和になるといいのに。厚志くんは、戦争が終わったら何をしたいと思う?」
「そうですね…よく分からないけど。料理が好きだから、そっちの道もいいかも」
「素敵! 和風割烹なんかどう? あなたが板前さんで、私が女将なの」
「それもいいかもですね。素子さん、和服が似合いそう」厚志は笑って応じた。
女子寮に着いた。
素子はありがとう、と礼を言ってからも厚志の手を離さない。
「も、素子さん…?」
「おやすみのキス。そうでないと眠れないわ」
「ええっ?!」
「誰も見ていないわよ」

すべての電源を落とすと、ハンガーは静寂に包まれた。
舞は懐中電灯の明かりをたよりに歩き出した。
深夜の校舎は不気味な影を投げかけている。
舞はひとりでいることには慣れていたが、やはり暗闇は気分の落ち着かないものだと思う。
ふと、校門への道を駆け上がってくるものがいる。
反射的に身構えると誰何した。
「何者だ!」
「…僕だよ、舞」
「厚志?」
厚志は息を切らせていた。ここまで走ってきたのだろう。
「何をしに戻ってきた」
「何って、舞を迎えに」
「たわけ。私はひとりで十分だ」
「先生が言ってたじゃない。夜道は危ないよ。送っていく」
舞はやれやれとかぶりを振った。
「このことを原が知ったらどうする? 気分を害するであろ」
「関係ないよ」

「では尋ねるが」舞はすうっと深呼吸してから訊いた。
「私と原の、どちらが大切なのか」
「比べられない。どっちも大切だと思ってる」
厚志は真剣なまなざしで舞を見つめた。
舞は急に心臓の鼓動が高まるのを感じた。
「戯言を。…まあ、私の後をついてきたいというのであれば、勝手にするがよい」
「勝手に送らせてもらうよ。お姫様」
「私は姫ではない。舞だ」
「はいはい」

ひとの話し声がするので、素子はカーテンを少し開けて戸外を見下ろした。
整備主任の立場だけに、女子寮の管理人の役目も負わされているのだ。
彼女が目にしたのはふたりの人影。
(芝村さんと…あれは、厚志くん?)
寮の入り口で何やら話し合っている。
(どうして…?)
素子はカーテンを閉めると窓に背を向けた。
猜疑心がむくむくと頭をもたげるのを彼女は感じていた。

翌朝。
学校の女子トイレで舞は髪を整えていた。
「ゆうべは遅くまでお疲れ様」
ふと見ると、隣の流しで素子が手を洗っている。
舞は露骨に嫌な表情をして応じた。
「芝村の悪い噂は聞いてたけど。他人の男まで横取りするなんて、ずるいと思わない?」
「昨夜のことならば、あの者が勝手についてきただけだ」
「あら、言い訳は下手なのね」素子はくすくすと笑った。
「どんな手管をつかってカレを呼びつけたのかしら。怖い、怖い。油断も隙もないわね」
「…くッ!」
舞は素子をにらみつける。素子は平然とその視線を受け止めた。

出席の確認がとられたあと、本田は全員に告げた。
「あー、昨日のゴブリンの件だがな。憲兵隊がゆうべのうちに捕えたそうだ」
生徒の間でざわめきが起きる。本田は咳払いをして続けた。
「しかしな、市街地に小型幻獣が入り込むことは十分に考えられる。
いつも遅くまで残業しているものは、とくに注意するように。以上だ」
「一緒に帰るのは楽しいのよ。ののみ、今日はあっちゃんとかえります!」
ののみはにっこりして宣言した。
厚志は困り顔で舞を見つめた。
舞は我知らず、といった風にそっぽを向いた。





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