納豆戦線
ある晴れた日曜日。
芝村舞は食料品の買出しにでかけた。
お供は東原ののみである。
戦況が安定してきたせいか、スーパーにも物資が増えるようになっていた。
「おかいもの楽しいねえ。ののみ、牛乳プリンかってもいい?」
るんるんと歌をうたいながら先行していたののみは、とつぜん大声で指差した。
「わあ、あっちゃんだぁ!」
リボンを揺らしながらてこてこ走っていく。
その先にいたのは、たしかに速水厚志だった。
「やあ、ののちゃん。あれ、舞も一緒なんだ」
厚志はにっこり笑ってののみを抱きとめた。
デニムのシャツにジーパンという普段着姿の舞は、急に恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「そ、そなたも来ていたのか」
「あら、芝村さん」
厚志の背後から現れたのは原素子だった。
ノースリーブのカットソーにパンツスタイルの素子は華やかだった。
「これから厚志くんの家でランチなの」
勝ち誇ったような素子の微笑に、舞の不快指数が一気に上がる。
「勝手にするがいい」
「インスタント食品ばかりね。少しは生鮮品もとって自分で料理してみたらいかが?」
「余計なお世話だ」
ふと素子のカゴを見る。納豆が4〜5個入っている。
「ぬ…納豆は人類最後の食料というぞ。そんなに買ってどうする」
「納豆はお肌や美容にとってもいいのよ。冷凍保存すれば毎日食べられるわ」
「僕も最初はダメだったけど、素子さんと付き合ううちに、美味しいと思うようになったよ」
ぽややんと厚志は言う。それが舞の癪に障ることだとも気付かずに。
それじゃ、といって別れたあと。
舞は納豆売り場に直行した。
「納豆さん、たくさんあるねえ。ののみ、食べたことないのよ」
「私もだ。ひとつ試してみるか」
おそるおそるパックを手に取る舞。しげしげと眺めるとカゴに放り込んだ。
舞の部屋のリビング。
納豆のパックを前に舞とののみは途方に暮れていた。
「さて、どうしたものか」
舞は自動情報収集セルを使ってみる。
よくかき混ぜて温かいご飯にかけて食べるものらしい。
パックを開けてみる。
独特の臭気が部屋中に広がった。パックの中には豆がひしめいている。
「ぬ。こ、これは…」
「なんだか気持ち悪いね」ののみも顔をしかめる。
しかし、あの優越感に満ちた素子の顔を思い出すと、むきになってしまう舞だった。
ラップを外すと箸を使ってかき混ぜはじめた。
「ののみ、なんだか気持ち悪くなったのよ。すこし離れてもいい?」
「下がっているがいい。これとの対決は私の宿命だ」
ぷくぷくと泡だったところにタレと辛子を混ぜてみる。
いざ実食となった。
舞は普通のお茶碗。ののみはウサギの描かれた小さなマイ茶碗である。
残り物のご飯をそれぞれよそい、上に納豆をかけてみる。
ふたりは、無言でちゃぶ台の前で硬直した。
「まいちゃん、納豆さんねばねばしているねぇ。これ、食べられるの?」
「そのはずだ。参るぞ」
不安そうなののみの肩を叩くと、舞は深呼吸をして箸をとった。
翌日。
どぶ川べりの道で、舞は素子とばったり会った。
「おはよ、芝村さん。昨日はどうも。…どうしたの? 顔色が悪いわね」
「気にするな」
ふと、舞は思い出して素子に告げた。
「ただ、そなたの勇気には敬意を表する」
「なんなの?」
「やはりだ」舞はやつれ気味の顔で腕組みをした。
「納豆は人類最後の食料だと再認識した。毎日食べるというそなたの行為。賞賛に値する」
「はあ?」
きょとんとした顔の素子を置き去りにして、舞は校門への道を先に進んだ。
生ごみとなってしまった納豆を、ほろ苦く思い出しながら。