森精華



喫茶店で男に水をかける女なんて、最低だと思っていた。

でも、自分がそれをやってしまうなんて、わたしは思ってもいなかった。



善行さんはメガネを外すと黙って拭いていた。

その目には何の表情もなかった(ように思う。違ったかもしれないけど)

「最低ですね。一度もちゃんとウチのこと、見てくれなかったじゃないですか!」

あのひとは何も答えなかった。それが答え。



でも、最初から分かっていたこと。

あのひとは先輩のことがずっと好きで。

先輩のことだけを見ていた。

分かっていたのに、スキになってしまった。

告白したのもわたし。別れ話を切り出したのもわたし。

最低なのは空回りしていたわたし自身だ。



ふらふらと寮の前にたどりついたとき。

何故だろう、先輩にばったり会ってしまった。

そこから先のことは、あまり覚えていない。

先輩の部屋でぐしゃぐしゃに泣いていたから。



先輩はやさしかった。

「内緒よ」と言って梅酒のボトルを出してくれた。

うんと薄めたお酒でも、わたしには目が回るような気がして。

そして、また泣いた。

体中の水分が全部でてしまいそうだった。

「すいません」

「ばかね。いま泣かないで、いつ泣くの?」



先輩は幸せですね。

スタイルも抜群で頭も良くて。大人でお洒落でセンスも良くて。

誰からも愛されて。

だから、つい訊いてしまった。



善行さんのこと、どう思ってるんですか?

あのひとのことを忘れるために、速水くんと付き合ってるんですか?



その返事は覚えていない。

酔いが回って、いつの間にか寝ていたから。

でも、覚えていなくてよかったと思う。

どんな返事でも、傷つくのはわたしだから。






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