宣戦布告



原素子は、どぶ川べりの道を足早に歩いていた。
「…僕の家で子猫が生まれたんだ。可愛いよ」
速水厚志の言葉につい反応してしまったものの。
いきなり彼の家を訪れることになろうとは、じつは予想だにしていなかった。

日曜の午前中にたまっている仕事を片付け、大急ぎで帰宅し着替えてきた。
清楚なワンピースを選んで超特急で化粧直しをした。
それでも不安はつきまとう。
(…ちょっと化粧が濃すぎたかしら?)
路上駐車しているクルマのサイドミラーをのぞきこんでチェックする。
厚志の家はもう目と鼻の先だ。

ふと、目指すべき家の前に人影を見出した。
玄関の前を行ったり来たり不審な動きをしている。
怪訝な顔をして近づいた素子は、その正体に気がついて愕然とした。
「芝村…さん?」

厚志はいつものぽややんとした笑顔で2人を出迎えた。
「一緒に来てくれるとは思わなかったよ。どうぞ、上がって」
「素敵なお家ね」
素子は微笑んで靴を脱いだ。
その後にはむっつりとした表情の舞が続く。
「寮に空きがなかったから、疎開した人の一軒家を借りたんだ。結構気に入ってる」
縁側には母猫に見守られながら、5匹の子猫がじゃれあっていた。
「あら、可愛い!」
バッグを置くと、素子はさっそく一匹を手にとった。
「でしょ? いまお茶をいれてくるから遊んでて」

「あなたも触ったら? そんなところに座ってないで」
「…いい。私はここで見ている」
舞は柱に寄りかかって腕を組んだ。
地味なシャツにジーパンという出で立ちは、女性らしい装いの素子と対照的だった。
「図々しいのね、他人の約束に割り込むなんて。さすが芝村といったところかしら」
「私も招かれただけだ」
棘のある素子の言葉に舞はそっぽを向いた。

「芝村さん。…私ね」
「何だ。さっさと言うがいい」
「彼が好きよ」
両手で子猫をあやしながら、素子は宣言した。
「ならば、我らは敵同士ということだな」
「そういうことになるわね」
素子は舞をまっすぐ見据えて、にっこり笑った。
舞は黙ってその視線を受け止めた。

「お待たせ。紅茶でよかったかな。クッキーも焼いたんだよ」
お盆を持って厚志が現れた。
「また舞はそんな離れたところにいて。せっかくだから抱いてあげて」
「構わぬ。見ているだけで十分だ」
「いいじゃない。そういう楽しみ方もあるわ」
素子はお茶の用意を手伝いながら弁護した。
「私は違うけど」
さらりと言ってのける。
舞は紅茶をすすりながら、<敵>の姿をにらみつけていた。
芝村に敗北はない。
改めて心に刻み付ける舞だった。



戻る