台風一夜



激しく吹き付ける雨の中、一軒の民家のドアを速水厚志が叩いていた。
「ごめんください! どなたかいらっしゃいませんか」
「この辺りは町ぐるみで避難しているから、誰もいない可能性が高いわね」
暗闇に包まれた周囲を見回して原素子が言う。
「仕方ないや。…ごめんなさい」
厚志は手にしたサブマシンガンを鍵穴に向けた。

士魂号が3機とも大破して帰ってきてから、整備班は大忙しとなった。
そういうときに限って予備のパーツが不足するものである。
ストックを出し渋る整備工廠と直談判しに、原素子が出発することになった。
1人でも整備士が必要な現在、軽トラックの運転手はパイロットから選ばれた。
善行が指名したのは速水厚志。芝村舞の大反対はあっさり退けられた。

折りしも、天気予報は大型台風の九州接近を告げていた。

「…遅い。遅すぎる。やつらは何をやっておるのだ!」
舞はいらいらとハンガー2階を行ったり来たりしていた。
「台風直撃だし、どっかで雨宿りしてるんじゃねえの?」
呑気に答えた滝川陽平を、舞はじろりとにらみつけた。滝川は慌てて口をつぐむ。
他の者ならここまで心配はしない。厚志と一緒なのは原素子なのである。
「まいちゃん」
振り向くと、黄色いレインコートを着た東原ののみがにこにこと傘を差し出した。
「あっちゃんならだいじょーぶなのよ。ののみには分かるのよ」
「ののみ…」
「ねえねえ、一緒に帰ろうよ!」

民家はやはり放棄されて無人であった。
厚志と素子はほこりっぽい階段を上り2階に泊まることにした。
無人地帯では、小型幻獣がいつどこに侵入してくるか分からない。
2人は交代で見張りをすることを決めた。最初の番は厚志。
「とんだことになっちゃったわね」
ひとつしかない寝袋にもぐりこみながら素子が愚痴る。
「仕方ないですよ。あのまま走ってたらトラックごと横転してましたから」
「そうね。あの時はもう駄目かと思ったわ」
素子はおかしそうに笑った。厚志も笑う。暗闇の中で2人の笑いが交錯した。

大粒の雨がガラス窓を叩いている部屋は、不思議な静寂に包まれていた。
「ねえ、速水くん」とつぜん素子が口を開いた。
「はい」
「あなた、好きな人はいる?」
「え…ええっ!?」
サブマシンガンの弾倉を確かめていた厚志は素っ頓狂な声を上げた。
「教えてくれないの?」
「いえ…あの…よく分からないです。そういう余裕がないっていうか」
真剣に困惑している厚志に素子はくすくす笑った。
「原さんにはいらっしゃるんですか? その…好きな人、とか」
「そろそろ交代の時間よ。速水くんが寝る番」
素子は寝袋から這い出るとサブマシンガンを受け取った。
今まで素子が入っていた寝袋には、ほのかに甘い香りがする。
厚志は思わず胸が高鳴るのを感じていた。
「…いるわ」
窓辺に寄りかかりながら素子が言った。
「何がです?」
「私の好きな人」

2人が無事に帰ってきた!
そのニュースはたちまち小隊中に広まった。
ハンガーの前に皆が集まってくる。
台風一過、青空の下に軽トラックが走りこんできた。
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません」
ドアを開けて笑顔で降りてきた厚志の前に、舞が駆け寄ってきた。
そして、何も言わずにいきなり彼の頬を張った。
「なっ何??」
「何とは何だ。私にここまで心配をさせて、よく平気な顔をしていられるものだ」
「心配って…あ、ありがとう…?」
厚志は頬をさすりながら複雑な表情を浮かべた。

舞は両手を腰にあてて、荷降ろしを指揮していた素子をにらみつける。
その視線に気が付いた素子は、意味ありげにニッコリ微笑んでみせた。
目をつりあげた舞はふたたび厚志の頬を打った。
「痛いよ、舞。わけがわからない」
「たわけ。この大たわけが!」
芝村舞は地震でも起こしかねない足音を響かせながら立ち去った。
目をぱちくりさせながら、厚志は彼女の後姿を見送っていた。



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