追試



「…どうして職員室に呼ばれたか、お前ら分かってるな?」
本田は鋭い目でふたりをにらみつけた。
ふたり、というのは速水厚志と芝村舞。
「戦場で幻獣を倒すのはいい。だがな、この点数は何だ? 俺をなめてんのか?」
先日のテストの回答用紙を振りかざして本田は吼えた。
舞は平然と言ってのける。
「ここのところの出撃回数は知っているであろ。試験勉強など二の次だ」
「学兵ってのはな、学業と軍務の両方を満たして一人前なんだよ。両名とも追試!」
どん、と机が叩かれた。

「聞いたわよ。来週、追試なんですって?」
原素子は楽しげに言う。
彼女の手作り弁当を食べる箸を止め、厚志はため息をついた。
「そうなんですよ。だけど、矛盾してませんか? 戦果は上げろ、成績も上げろって」
「いつも遅くまで3番機の修理をしているものね。でも…」
素子は厚志の頬についた米粒を取ると、吐き捨てるように言う。
「乱暴な扱いをする芝村さんが悪いんじゃなくて? 士魂号はデリケートな兵器なのよ」
「舞のせいじゃありません。操縦手は僕なんだし」
「無線で聞こえるわ。ああしろ、こうしろって芝村さんが指図してるの。何様なのかしら」
「でも、戦術的には正しいと思います。そのおかげで勲章ももらえたし」
「そのおかげで、追試でしょ?」
「え、ええ…まあ」
しゅんとなる厚志。素子は彼の肩に優しく触れた。
「試験勉強、頑張ってね。応援してるから」
「ありがとうございます」

書類の束を片付けると、素子は制服を整えデスクを後にした。
「先輩、珍しいですね。いつも最後まで残業してるのに」
部品箱を抱えた森精華がきょとんと見つめる。素子は意味ありげに微笑んだ。
「ちょっと、ね。後は頼んだわ」
新市街で食料品を買い込み、彼女はいそいそと自宅へ向かった。
(勉強している彼に夜食の差し入れ…か)
ふっと口元が緩む。
(なんか『彼女』って感じ。悪くないわね)
メニューを考える間も幸せいっぱいの素子だった。

厚志の住まいは一戸建ての民家である。
男子寮がいっぱいなので、疎開した空き家にひとりで暮らしているのだ。
夜半、素子は紙袋を抱えてその家を訪れた。
少し緊張しながら呼び鈴を鳴らす。
「はーい」
部屋着の厚志が顔を出した。その顔がぱっと明るくなる。
「素子さん!」
「差し入れ、持って来ちゃった。勉強はかどってる?」
「うん、舞も一緒に」
厚志はにっこりとうなずいた。

「…えっ?」
素子の表情が一変した。
見れば、玄関に舞のローファーが並んでいる。
「芝村さん…どうして…」絶句する素子。
「別々にやるより効率的でしょ。同じテストを受けるんだし」
無邪気に答える厚志。
すうっと息を吸うと、素子は夜食の詰まった紙袋を彼に押し付けた。
「お邪魔さま。どうぞ頑張ってね。お・ふ・た・り・で」
「え、ええ…」
足早に去っていく素子の後ろ姿を、厚志はただ見送るばかりだった。

「何の騒ぎだ」
教科書をめくりながら舞は言った。
「素子さん。夜食を持ってきてくれたんだよ。あ、おにぎりだ」
「原…?」思わず顔を上げる舞。
「うん。一緒に食べよ。お腹すいたよね」
「私はいい」
「なんで?」
ため息をつくと、舞はシャーペンで頭をかいた。
「そなたへの贈り物だ。私が食べるいわれはない」
「そんなこと言わずに食べようよ」
「くどい」
「うん。じゃあ…ひとりで食べちゃうけど」

素子は鼻息も荒く夜道を歩いていた。
(なんで芝村さんが彼の家に上がりこんでいるの? 本当に図々しい)
先ほどまでの幸福感はすっかり消し飛んでいた。
代わって、舞に対する黒い感情がむくむくと持ち上がってくる。
(許さない。絶対に、許さないわ…!)

職員室を出た厚志と舞。
待ち構えていた小隊の仲間がどやどやと彼らを取り囲む。
「おい、どうだったんだよ。落第コンビ」
滝川が陽気に問いただす。
厚志はにっこりして手でVサインを作った。
「ふたりとも、合格!」
「当然だ」そっけなく言う舞。
「よかったな!」「おめでとうなのよ」「よかったでス!」
拍手がふたりを包んだ。
厚志は、廊下の先で腕組みをしている素子を発見した。
「素子さん!」
子犬のように駆け寄る厚志をついと無視して、彼女は舞の方へ向かった。
「芝村さん、ちょっといい?」

素子は倉庫に入ると、舞を壁際に追い詰めた。
「…何の真似だ」
「合格おめでとう。よかったわね」
「それで?」
「怖い顔しないで。謝りたいのよ。この前は、お楽しみのところを邪魔しちゃって」
あくまでも優しい口調だが、その声には剣呑な響きがあった。
「我らは勉強をしていただけだ」
「あら、本当かしら? 真夜中までふたりっきり。何も無いほうが不思議だわ」
「たわけたことを。その思考回路を換装したほうが身のためだな」
素子は舞の顎に指先をあてると、強引に自分のほうへ向けさせた。
「いいこと? 厚志くんは私のカレなの。これは最後の警告よ」
「ふざけるな!」
舞は素子の手を乱暴に振り払った。
そのまま倉庫の出口へ向かう。立ち止まると、振り向きざまに言い放った。
「厚志は厚志。私は私だ。行動にいちいち口を挟まれる筋合いはない」
「後悔するわよ、芝村さん。…覚悟しておくことね」
舞は素子をにらみつけると、靴音も高らかに立ち去った。






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