約束
日曜日だというのに、今日もグランドはずれのサンドバッグが揺れていた。
鋭いパンチを繰り出しているのは若宮康光。
「ふぇぇ、やすちゃんすごいねえ」
脇で見ている東原ののみが感嘆の声を上げる。
「歩兵の基本は体力だからな。常に鍛錬は欠かせんのだ」
「ねえねえ」
ののみは手にした包みを差し出した。
「おべんと作ってきたの。食べてもらってもいい?」
「おう、ありがとな」
ののみの手作り弁当は若宮にはあまりにも少なすぎ、たちまち平らげてしまう。
若宮はののみに礼を言うと、彼女を片腕で軽々と抱き上げた。
「それっ」
「わあい!」
「これぐらいしかお返しができんからな」
「ううん、とってもうれしいのよ」
ののみはにっこり微笑んだ。
「ののみは思うのよ。何があっても、やすちゃんがみんなを守ってくれるって」
「うむ、約束しよう。俺は必ずみんなのことを守ってみせる」
「えへへ、約束なのよ」
出動を告げるサイレンが鳴り響いたのは、その直後だった。
「ごめん、脱出する!」
「俺もダメだぁ!」
「申し訳ありません、もう無理です!」
激しい戦いが続く中、士魂号が次々と撃破されていく。
パイロットたちは必死になって機体から脱出した。
「…善行、すまん。しんがりを頼む」
ついに準竜師からの連絡が入った。ただちに善行が命令を下す。
「分かりました。5121小隊、全員撤退ラインまで後退してください!」
士魂号が失われた今、最後尾を守るのはスカウトのみ。
そして、先頭に立って退却を援護しているのは若宮だった。
「うおおお!」
弾薬の切れた若宮はカトラスをふるって押し寄せる幻獣をなぎ倒していく。
彼のまわりには幻獣の死体が山のように築かれていった。
パイロットと指揮車は無事に撤退ラインまで退却することができた。
しかし。
「…若宮機、反応が消失」
瀬戸口がモニターを眺めて呆然と口にする。
「やすちゃん!」
ののみが悲鳴を上げる。
「嫌だよ、いなくなっちゃ嫌だよォ!」
逃げ延びて、疲れ果てた隊員たちに重苦しい空気が流れた。
彼らがいま生命を保っていられるのは、若宮が時間を稼いでくれたおかげなのである。
「遺体の回収を、行わなければなりませんね」
善行がやっと口を開く。
そのときだった。瀬戸口が叫ぶ。
「待ってください。生命反応あり!」
「何ですって?」
「若宮のやつ、生きてます。こっちに向かっていますよ!」
わあっと歓声が上がった。口笛を吹くものもいる。
指揮車の中で萌から手当を受けている若宮は、血に汚れた顔で苦しげに吐き捨てた。
「幻獣ども、俺を殺すなんざ100年早かったみたいだな」
「よく還ってくれました、若宮戦士」
善行がねぎらいの言葉をかける。
「…約束したんですよ、俺」
「約束?」
「必ずみんなを守るって。なあ、東原」
首をひねってののみを見やると、若宮は優しく笑いかけた。
「やすちゃん」
ののみは涙に濡れた顔でにっこり微笑んだ。
「ののみ、またおべんと作ってあげるね」
「ああ。ただし、次からは3人前にしてくれ」
それだけ言うと、若宮は意識を失った。
隣には、ぴったりと寄り添うののみの姿があった。