移動遊園地
市内に「移動遊園地」がやって来る。
このニュースがもたらされたとき、5121小隊はその噂でもちきりとなった。
何しろ娯楽の少ない戦時下である。
しかも、軍から特別に生徒1人に1枚のチケットが配布されることになったのだ。
「いいか、近隣の他部隊からも学兵がやってくる。くれぐれも問題を起こすんじゃねえぞ」
本田は自動小銃を振りかざして念を押した。
「楽しみだよな! ジェットコースターに観覧車もあるんだぜ」
滝川が興奮して速水厚志にからんできた。
「でも、いいよなあ。一緒に行く彼女がいるやつはさ」
「え? 誰のこと」
目をぱちくりさせて厚志が訊くと、滝川は肘でつついて声を低めた。
「とぼけなさんなって。おまえが原さんと付き合ってることくらい、小隊の誰もが知ってるぜ?」
「そうなの? でも、遊園地には舞と一緒に行く約束をしちゃったんだけど」
「…マジで?」
『生まれてこのかた遊園地に行ったことがないって言うし。それに、原さんは子供っぽいものには興味ないでしょ』
「あら、お言葉ね。私も最後に遊園地に行ったのはいつのことかしら?」
氷のような冷ややかさで原素子が言うと、加藤祭はあわててかぶりを振った。
「ちゃうちゃう、これはあくまでウチが聞いてきた内容や。ぽややんがそう言うとったでって話」
(舞! 舞! 舞…! 芝村さん、どこまで私の邪魔をするつもりなの?)
素子はチケットを固く握りつぶした。
深呼吸をひとつすると、壬生屋未央はチケットを胸に屋上への階段を一歩踏み出した。
屋上に長身の人影を発見した。
「瀬戸口くん?」
「おう、何だい」
振り向いたのは瀬戸口隆之その人であった。とっさに目を伏せてしまう壬生屋。
「あの…こ、こんどの日曜…」
「あ、みおちゃんだ!」
顔を上げると、瀬戸口の肩には東原ののみが乗っていた。
肩車された彼女の手には遊園地のチケットが握り締められている。
「日曜ねぇ、ののみ、たかちゃんと遊園地に行くの。とっても楽しみなのよ」
「ああ、俺も楽しみだぞう。…で、おまえさんは何の用なんだい?」
「何でもありません! もうすぐ昼休みが終わりますよ!」
芝村舞は緊張して校門前で待っていた。
いつもの地味なデニムの上下ではない。
唯一のワンピースにサンダルといういでたちであった。
少しはおしゃれしたつもりである。その脳裏には昨日のののみとの会話が蘇っていた。
(で、でぇと!?)
(そうなのよ。ののみもたかちゃんとデートだから、いーっぱいおしゃれして行くつもりなの)
「お待たせ、舞」
厚志が現れた。私服姿を見るのは久し振りである。舞の鼓動がすこし高まった。
「へえ、可愛いじゃない」
「何がだ」
「舞の服。いつもの制服より、ずっと似合ってる」
厚志はぽややんと微笑んだ。
「た、たわけ!」舞は頬を赤らめて反駁した。「これは、その、なんだ…」
「いいから、早く行こうよ」
自然に舞の手をとる厚志。
「ぬ…そ、そうだな」
まずはジェットコースターから。
簡易ゆえ規模の小さなものだが、アップダウンの激しい本格的なものである。
「うひゃあ! すごいね、舞」
「こんなもの、士魂号の耐G訓練に比べれば大したことはない」
続いてコーヒーカップ。
「わわわ、あまり激しく回さないで!」
「この回る容器に何か意味があるのか?」
さらに幽霊屋敷。
「我らがふだん対峙している幻獣のほうが、よっぽど不気味であろ」
「そ…そうだね、舞」
仏頂面の舞に苦笑いする厚志であった。
壬生屋はスーパーで風呂敷に生活用品を包み込むと、家路に足を進める。
自宅兼道場に近づくと、門前に瀬戸口がたたずんでいた。
壬生屋はつい、むきになってしまう。
「今日は遊園地じゃないんですか? 東原さんと」
「それがな」瀬戸口は苦笑してチケットをかざした。
「お姫様は今朝から熱を出しちまってね。『みおちゃんといっしょにいってあげて』。これが東原の望みだ」
「同情なら結構です。そこ、どいてくれません?」
ぴしゃりと言う壬生屋に、瀬戸口は両手を広げてみせた。
「せっかくの遊園地。一緒に行く女のひとりもいない俺に対する同情は、ないのかい?」
厚志と舞は休憩してソフトクリームを食べていた。
「ふむ。この白くてふわふわしたものは、美味だな」
「でしょ? あれ…舞、鼻の頭にクリームが付いているよ」
厚志の手が伸びて鼻からソフトクリームをぬぐった。
ぺろりと指先を舐める舞はびっくりして身を引いた。
「な、ななな、何をする?」
厚志は楽しげに笑った。
「案外と無防備なところがあるんだね、君は」
ぬかみその壷に手をつっこみながら、原素子は力いっぱいかきまぜていた。
(どういうつもりなのかしら。私の厚志くんを横取りするなんて)
考えれば考えるほど、芝村舞への敵意がむくむくと頭をもたげてくる。
(覚えていることね。この代償は高くつくわよ)
キュウリのぬか漬けをスライスする包丁にも力がこもる。
眉間にしわを寄せてひときれ食べてみる。
「…あら、美味しい」
舞と厚志が最後に乗ったのは観覧車であった。
ゴンドラがゆっくりと上昇していく。
「見て。学校があんなに小さく見える!」
「そうか。これは市民に自らの町を上空から視察させる意味を持っているのだな」
「い、いや、そんな大げさな意味じゃなくて…」厚志は言いかけて、にっこり微笑んだ。
「うん。君がそう思うなら。きっとそうなんだよ」
「それにしても」舞は窓枠に手をもたせかけて言った。
「小さき者なら、さぞかし喜んだであろな。高いところから眺める景色もよいものだ」
「ののちゃん、熱だしちゃったんだっけ。可哀想にね」
「厚志よ」舞は続けた。
「今日、わたしを誘ってくれたこと、嬉しく思う。得難い経験であった」
「あはっ。どういたしまして」
「しかし」窓の外を眺めながらぼそっと言う。
「そなたの…その…現在のステディは原のはずだ。帰ったらフォローしておくことだな」
「原さんなら分かってくれるよ。舞は僕にとって大切なパートナーだって」
ぽややんとした回答に、さすがの舞もガクッとずっこけた。
この男は本当に計り知れない器の持ち主だと、改めて舞は思った。
夕刻、出口でふたりはそれぞれの帰路をとることになった。
「楽しかったよ、舞。どうもありがとう」
「さきほどわたしが言ったこと、くれぐれも忘れるでないぞ」
そこへ騒々しい声が近づいてきた。
「化け物は嫌いです!」
「だからって幽霊屋敷で刀を振り回すことはないだろ?」
「あれ? 瀬戸口くんに壬生屋さん」
厚志が手を振ると、瀬戸口は肩をすくめた。
「おやおや坊や、意外な組み合わせだな。俺は相手を間違えたよ。あそこまで非常識だとはね」
「失礼です。わたくしはただ、あなたが暇だと…!」
「幽霊屋敷というもののことなら、わたしも同感だ。何故カネを払って脅かされねばならないのか」
舞が口をはさむと、壬生屋は鼻白んで彼女を見つめた。
「め…珍しく意見が合いましたね」
「そういうことだ。では、帰る」
4人は三々五々、家路についた。それぞれの想いを胸に抱きながら。