桜の舞い散るトキ・・・
(1)
それは静かな朝だった・・・
突然の静寂を破る異音。
ベットで安眠を貪っていた男は、
「う〜ん・・・」
と呟き、ベットから手を伸ばし異音を発しているモノを探す。
程無くしてソレは見つかった・・・異音、それは携帯電話の着信音だった。
男は着信相手も確認せず通話ボタンを押した。
「・・・もしもし・・・」
寝惚けた声で応答すると、
「もしもし、布施クン?」
女の声で聞いてくる。
「そうだけど、君は?」
男、布施は聞き覚えのある声の持ち主に尋ねた。
「憶えてないの?・・・そうか、1年以上も会ってないもんね・・・」
女の声のトーンが落ちる。
「ゴメン・・・声に記憶はあるんだけど・・・」
つられて布施の声のトーンも落ちた。
「辻本亜理紗です。お久し振り、布施クン」
「つじもとありさ・・・って、あの亜理紗か?久し振りだな!!」
「ふふふ・・・」
電話の向こうで亜理紗が静かに笑った。布施にとっては懐かしい笑い声であった。
辻本亜理紗、高校時代の仲の良かった同級生だ。高校を卒業してから何度か会ったが、いつも他の友人も居たし、最近ではすっかり疎遠になっていた友達である。
そんな亜理紗からの電話に正直、布施は驚いていた。それと同時にある疑問が浮かび上がり、ソレを彼女に尋ねた。
「えっ!どうして亜理紗が俺の携帯知ってるんだ??」
「エリに聞いたの。」
エリ・・・同じく高校時代の友人で、今もたまに飲みに行く女友達だ。
「そうか、エリに聞いたんだ。それでどうした?」
「うん・・・暇だったら会えないかな?・・・久し振りに布施君の顔が見たいんだけど・・・」
亜理紗のその言葉を聞いて、布施は暫し考えた。それもそのはず、一年以上会ってない同級生からの電話は大抵、宗教やねずみ講の勧誘と相場が決まっているからだ。
「そうだな、そのうち皆で顔を会わせるか・・・」
布施は当たり障り無くそう言う。
「今日じゃなきゃ駄目なの!・・・時間が・・・」
最後のほうは聞こえなかった。
「今日か・・・わかったよ。どこで待ち合わせにする?」
「ありがとう・・・。じゃあ、3時に昔みんなで集まったアノ喫茶店は??」
「オッケー。3時な!!」
「うん、またあとでね」
亜理紗はそう言うと電話を切った。布施も携帯を切り、枕元にあるデジタル時計で時間を確認した。
”4月3日 午前09:56”
待ち合わせにはまだ時間があるが、布施は身支度を整える為シャワーを浴びにバスルームへと向かった。
(2)
通っていた高校の近くにある喫茶店<摩楼(まろう)>その店の前に、赤いセーターにジ−ンズ姿の布施が居る。
(3時10分前かぁ・・・早くつきすぎたな)
心の中で呟く。家を早めに出て懐かしい街を歩いてきたのだが多少早かったようである。
布施は後頭部を”ガシッガシッ”と掻きながら店の戸を押した。
「いらっしゃい」
マスターの声と共に60年代のジャズが聞こえてくる。
「今日は。お久し振りです」
布施がマスターに向かってお辞儀をした。マスターが”オヤッ”という顔で布施を見る。
「おお、君かぁ・・・久し振りだね。卒業してから顔を見せてくれないから寂しかったよ。今日は、どうしたの。まさか私の顔を見に来てくれたわけじゃないよね」
にこやかな笑みををたたえながらマスターが言った。
「そうだとよかったんですが、残念ながら・・・」
布施が申し訳なさそうな顔をするとマスターがすかさず言った。
「いやいや、顔を見せてくれただけで嬉しいんだよ。さあ、何飲むかね」
布施はテーブル席に、あの頃の指定席だった席に腰を掛けた。
「スペシャルブレンド貰えますか」
「スペシャルだね。ちょっと待ってな」
マスターはオーダーを聞くと背中にあったコーヒーミルに手を伸ばし豆を挽きだした。
豆の、コーヒーの香りを嗅ぎながら布施は昔の事を思い出していった。
辻本亜里沙との付き合いは3年ほど前からになる。高校2年生の冬、布施は男女4人、2対2のグループで遊んでいた。みんなでクリスマスパーティーをやろうという話が持ち上がり、店に予約の電話を入れると「予約はカップル限定か、5名様からです」と断られてしまった。そこでエリが亜理紗を連れてきたのが布施との出会いであった。
いや、正確な最初の出会いではない。高校1年のとき、布施は亜理紗と同じクラスだった。しかし、大人しい彼女はいつも二言三言会話を交わすと俯いて黙ってしまう。あまり仲良くもならず、2年になると別のクラスになり、記憶からも忘れ去ってしまっていた。
今もって何故、エリが彼女を連れてきたのかが布施には判らなかった。
”カラーン”
店の扉に付いている鐘がなり、布施は現実に引き戻され、入り口のほうに目を向ける。白のゆったりしたセーターにピンクの膝下まであるスカートを身に着けた、亜理紗が其処に立っていた。
布施が手を挙げ席を示すと満面の笑みを浮かべた亜理紗が小走りに近づいてくる。
「お久し振り、布施君」
彼女はそう言いながら席に着く。
「綺麗になったな、辻本」
「有り難う。でも、昔通り亜理紗って呼んでよ」
布施は亜理紗をまじまじと見た。(女は少し会わないと変わるって言うけど本当だな)心の中で感嘆の声を漏らしてしまう。布施がそう思うくらい目の前にいる彼女は綺麗だった。決して流行の格好はしていないが、しかし本人の持つの美しさは隠す事が出来ない。
マスターが水とコーヒーをテーブルに置き言う。
「君も久し振りだね。すっかり綺麗になっちゃって。なあ、君もそう思うよね」
布施に話を振ってきた。
「えっ、ええ。ボクも驚いているトコですよ」
「もう、やだ。二人して」
その言葉に亜里紗は照れて俯いてしまった。
「いや、ゴメン。何にする」
「布施君と同じので」
消え入りそうな声で注文をする。
「はい、スペシャルね」
マスターが席を離れると、布施が切り出した。
「今日はなんで呼び出したんだ」
「布施君とお話したくて・・・迷惑だった」
「いや、迷惑じゃないけど」
布施は相変わらず警戒を解いてない。
「けど」
亜理紗が歯切れに悪い布施に申し訳なさそうに尋ねてくる。
「いや、何でもない。それより話って何」
「うん、最後に布施君と昔話したいなぁ。って、思って」
「最後って」
「あっ。そんな事言った。聞き間違いでしょ」
布施は、亜理紗が焦ったので追求しようとしたがタイミング悪くマスターがコーヒ−を持ってきたのでそれ以上の追求をやめた。
それから二人は止め処無く高校時代の昔話に花を咲かせた。最初こそ、ぎこちなかったが話が始まってしまえばそれぞれの思い出が言葉になって溢れてくる。
クリスマスパーティーでの出会いから、初詣、花見、ゴールデンウィークに行った遊園地、海水浴、体育祭に文化祭。お互いが共有している思い出、その一つ一つを二人で確認していく。傍から見ればつまらない話でも、お互いにとっては今を生きる糧となる大事な話。それを再確認していく。
気が付くとコーヒーを二回もお代わりしていた。布施が時計に目をやると、針は6時を指していた。
「そろそろ行こうか、もう6時だよ」
「そうね」
亜理紗が悲しそうな顔で同意する。
布施はマスターに金を払い、また来ます。と告げ店を出て行った。
辺りはすっかり夜の様相に変わっていた。
「ねえ。桜並木通って帰らない」
亜理紗が急に提案してきた。桜並木とは500メートル程の歩行者専用道路で、駅や学校には遠くなるのだがこの時期は余りに桜が綺麗な為、ここを通学路にする生徒が多い。布施のグループも在校中はここを通っていた。
「久し振りに行ってみるか。きっと桜綺麗だぜ」
布施が同意すると二人は桜並木に向かって歩き出した。
無言で歩く中、桜並木に差し掛かると亜理紗が口を開た。
「ねえ、憶えてる。卒業式のとき、布施君に第二ボタン貰った事」
「ああ」
亜理紗の唐突な一言に布施は照れてしまってそれ以上の言葉が出て来ない。
「あのね、私ね・・・」
「うん・・・」
ほんの僅かの間、二人に緊張と沈黙がはしる。布施は亜理紗の次の言葉を待っている。
亜理紗は一人頷くと再び喋りだした。
「昔から・・・今でも布施君のこと好きなんだよ」
「ああ・・・ええっ」
「ふふふ、やっぱり気付いてなかったのかぁ。ショックだな」
「いや、まあ、どう言って良いのか・・・」
亜理紗の言葉に余計照れて緊張して固まってしまった。亜理紗は固まった布施の顔を面白そうに覗き込んでいる。
「いや、なんだ。その・・・」
布施が取り繕うと必死に口を動かしていると、覗き込んでいる亜理紗の顔が段々と近づいてくる。つぶらな瞳が、スッと通った鼻が、サクラ色のリップを付けた唇が近づいてくる。
布施の唇と亜理紗のサクラ色の唇が触れ合った途端離れた。
コンマ1秒のキス。
「えへへ・・・」
亜理紗は照れ笑いを浮かべ、桜並木を走った。10メートルほど離れると振り返り叫んだ。
「私の、最初で・・・最後の、キスだよ」
布施は照れて後頭部を”ガシッガシッ”と掻くと言った。
「さっきの答えだけどな」
「いいよ、答えなくても」
布施は亜理紗にちゃんと答えを伝えるために走り出した。亜理紗の隣まで来ると、亜理紗が悲しい表情で口を開く。
「どっちの答え貰っても辛くなるだけだから・・・」
布施はその表情と最後という言葉の意味を確かめるために口を開こうとするが声が出ない。
「私、いくね。さようなら」
亜理紗が悲しそうな表情を押し隠した笑顔で言う。
「ああ・・・」
布施がやっとのことでそれだけを口にした。
「ちゃんとサヨナラしてよ」
「ああ、さようなら」
「うん」
亜理紗はそれを聞くと走り出した。布施も後を追おうとするが体が動かない。やがて彼女の後姿は一陣の風が起こした、桜吹雪の中に消えていってしまった。
(3)
静寂を打ち破る異音。
布施は二日続けてそれに起こされた。
(んだよ、ただでさえ昨日の晩は眠れなかったんだぞ)
そう思いながらも携帯の通話ボタンを押す。
「はい」
「おやよう、エリだけどごめんね、寝てた」
「いや、起きようかなって思ってたとこだったけど」
「そう、良かった。いや、連絡しようか迷ったんだけど・・・」
「んだよ、今日はやけに歯切れが悪いな。悪い話か」
「うん。実は、亜理紗が昨日の晩、交通事故で亡くなったんだって。それで先週、亜理紗に電話番号教えちゃったから布施にも連絡しないと不味いと思って」
エリの言葉で半分眠っていた頭が完全に覚めた。
「ウソだろ。昨日、俺と会ってたんだぜ」
「そんなはず無いよ。だって、昨日の朝に事故に会って、今日の未明に亡くなったんだよ。布施と会っている時間なんて無いんだから。勘違いじゃないの」
エリの言葉と昨日の記憶が頭の中でグルグル廻っている。そんな時、枕元にある時計が目に入った。
”4月3日 午前09:56”
昨日の日付。そして、シャワーを浴びにいった時間である。
「もしもし、布施」
「ああ、悪い。少し混乱してる。考えたい事があるから後でこっちから連絡するよ」
「うん、ショックなのは判るよ。少し落ち着いたら連絡頂戴」
エリはそう言うと一方的に電話を切った。布施は携帯をベットの上に投げると部屋の中を見回した。昨日帰ってきて脱ぎ捨てたままにした、ジーンズとセーターが部屋にころがっている。
フッと気になるものを見つけ、布施はセーターを手にした。
セーターの目の中に、一枚だけピンクの桜の花びらが付いていた。
「昨日の事は夢じゃないよな。なあ、亜理紗」
布施が呟く。その時、部屋の何処からか声が聞こえてきた。
「最後だったから・・・」
「そうか、こういう事だったんだな」
布施は呟き、桜の花びらを机の引き出しの中に入れた。引き出しを閉めながら呟く。
「俺も好きだよ」
Fin
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