桜色の想い
(1)
あれから一度目の春。
一周忌が過ぎた頃、亜理紗の母親から連絡があり、亜理紗の家に布施たちは集合した。
リビングのソファに腰掛けていると、亜理紗の母親が段ボール箱を手に部屋へと入って来る。
「ホントはね、お葬式が終った後に仲良くしていただいた皆さんに配りたかったんだけど、おばさんも精神的にまいちゃっててね」
母親は暗い表情でそう告げると小さくため息をついた。
「形見分けって訳じゃないけど、あの子が使っていたものを貰ってもらえないかしら?」
その言葉を聞くと、エリとミキが箱の中を覗き込む。
「布施さん、ちょっと」
「はい」
「見ていただきたいものが」
母親は布施を連れ立って、リビングを後にする。
「何処へ行くんですか」
母親を先頭に、階段を登りながら布施が訪ねる。
「あの子の部屋です」
「はぁ」
階段を登り、右の手の扉に小さな木製のプレートが掛かっている。プレートにはローマ字で
”ARISA”
の文字が書かれていた。
「いえね、布施さんは男性ですし、今後結婚される時に異性の友人の形見の品なんて持ってたら、ねぇ」
「はぁ、まあ」
曖昧な返事を返し、後頭部を”ガシッガシッ”と掻いた。
「どうぞ、お入り下さい」
母親がそう言いながら扉を開ける。
「布施君、おそーい」
机の前の椅子に腰を下ろした、亜理紗が笑顔で文句を言う。
「もう、お母さんと話し込んだんでしょ!部屋で待ってる身にもなってよね」
「ほら、ぼっとしてないで入ってよ。もう怒ってないから」
「・・・布施さん、どうしました布施さん」
母親が心配そうな顔でコチラを見ている。
「あっ、ああ。スイマセン」
布施はそう言うと部屋の中へと足を進める。
あれから布施は考えていた。
もし、自分に、亜理紗に、勇気があり告白出来ていたら、今のような現実は迎えていなかったんじゃないか。
さっき見た幻のような未来を手に出来たのではないか。
お互い幸せで、ずっと手を繋いでいける未来があったんじゃないか
全ては後の祭り、無理な事だと理解しているが、いつも頭の隅で考えてしまう自分がいる。
「これを見ていただけますか」
母親の一言で、布施は現実に引き戻された。その母親の手の中には、小物入れがある。
「失礼します」
一声掛け、その手から小物入れを受け取った。中を開くと、そこには卒業式の日に亜理紗あげた第二ボタンと、布施と亜理紗のツーショットの写真が入っていた。
「あの子ね、布施さんの事が好きだったんだと思います」
「・・・知ってました」
布施は一呼吸置くと、意を決し言葉を続ける。
「もし俺に勇気があって、亜理・・・お嬢さんに気持ちを伝えられていたら、こんな事は無かったと思うんですよ」
「それは違いますよ、布施さん」
母親は笑顔で語りだした。
「もし告白していても、あの日の事故が起きなかったって言い切れますか?未来の事は誰にも判らないんですよ。もし告白していたとしたら、次の日に事故にあって他界していたかもしれません」
「でも、付き合っていたら、もっといい思い出が出来たかもしれません」
布施の言葉に母親は小さく首を振る。
「いい思い出が出来てたとしても、もしあの子が他界したら、布施さんは今より辛い思いをするんですよ」
布施は黙ったまま、床に視線を落とした。
「それにあの子の死顔思い出して下さい。穏やかで笑顔でしたでしょ。何か良い事があったんだと思います」
「でも・・・」
「あの子の母親としてはそれで十分なんですよ、布施さん」
母親のその言葉を聞き、何も言えなくなってしまった。気まずい間をつなぐために、何かをしなければと思い、部屋の中を見回すと机の上の写真立てが目に入った。
シンプルなデザインの写真立て。フレームは淡い水色をしており、中にはお花見の時に五人で撮った写真が収められている。
その写真立ての横に、同じ大きさの箱が置かれている。布施は気になり尋ねてみた。
「その箱は?」
「ああ、写真立てです。これとお揃いなんですけどね、使わなかったみたいですね」
母親はそう言いながら、箱を開き中を見せてくれた。
色違いの写真立て、フレームが桜色をしている。
「あの、良かったらこれ頂けませんか?」
「えっ、でも・・・」
母親が口篭る。
「何、写真立て位なら大丈夫ですよ。俺も同じ写真入れて飾っときますから」
「先程はああ申しましたけど、あの子の為にも何かも持っていって頂けたらと思ってたんですよ」
母親が涙を溢しながら続ける。
「でもね、それは亜理紗の母親としての我侭ですし、布施さんは未来ある身ですから・・・」
母親はそこまで言うと、嗚咽を漏らし言葉に出来なくなった。
「では、頂いていきますね」
布施はそう言うと、写真立てが入った箱をジャンパーのポケットへと納めた。
「布施さん、有り難う御座います」
「いえいえ、此方こそ有り難う御座います」
不意に階下から、電話のコール音が鳴り響く。
「あらあら、電話だわ」
「俺、もう少しここに居させてもらってもいいですか?」
「ええ、そうして頂くとあの子も喜ぶと思います。布施さんが降りてきたら、亜理紗の好きだったパウンドケーキ作ったんでお出ししますね」
母親は笑顔でそう言い残すと、階下へと降りていく。
布施は机の前の椅子に腰掛けると、改めて小物入れの中の写真を眺めだした。
「これは、最初に遊んだクリスマスの時の写真だね。見て、二人とも緊張して顔が引き攣ってるの」
「こっちは、お花見の時の。あっ、こっちは遊園地に行った時のだね。もう、布施君たら私が恐いって言ってるのにコーヒーカップ凄い勢いで回すんだもん」
「なあ、この写真立てはなんなんだ?」
先程ジャンパーに仕舞った写真立て入りの箱を握り締めながら呟く。答えが返って来ない事は判っている。写真立ての意味も判っている。それでも布施は亜理紗に問いかけてみた。
亜理紗からの答えは返って来ない。布施はもう一度呟く。
「なあ、答えてくれよ、亜理紗」
そう呟くと、布施は声も出さず泣いた。
(2)
あれから三度目の春。
亜理紗の命日。布施とエリは、墓参に来ていた。
「にしても、連中薄情だよな」
駅までの帰り道、布施が不満を漏らした。
「二人とも社会人なんだから、平日の昼間は無理なんでしょ」
エリが布施をたしなめる。
「それに、先週の法事には顔を出したんだから」
「でもさぁ・・・」
「私たちは学生で時間に余裕があるんだから。それにね、私達だけ、うううん、布施が来ただけでも亜理紗喜んでるって」
「まあな」
布施がその一言で会話を打ち切ると、エリも黙ってしまう。
会話の無い二人が、小春日和の中をゆっくりと歩いていく。意を決し、エリが口を開いた。
「どう、忘れられそう?」
今にもかき消されそうな、小さく、悲しい声色。
布施は小さく首を振り、答える。
「正直、忘れるってのは無理だよ。」
「・・・忘れちゃったら、亜理紗可哀相だもんね」
「ああ・・・」
「でもね、何時までも引き摺っちゃ駄目だよ」
「判ってるよ」
「何時までもそんな事してると、亜理紗悲しむよ」
「判ってるって!」
「判ってないよ!布施は全然判ってない・・・亜理紗の気持ちも、私の気持ちも」
エリは涙を流しながら言うと、走って行ってしまう。
「おっ、おい」
布施がその後を追いかける。数分も追い駆けていると、すっかりエリの姿を見失ってしまった。
「さすが、元陸上部」
ハァハァと息を吐きながら、布施が呟く。それでも、当ても無く走り続ける。
数分ほど走っていると、土手に出た。土手を降りると、一本の大きな乳母桜が花を咲かせている。
乳母桜の幹に寄りかかっている一人の女性の姿が見える。布施はそれが誰なのか、直ぐに判り、叫んで走り出した。
「亜理紗!!」
亜理紗は幹に預けていた体を起こすと、布施と向かい合った。
「お久し振りです、布施君」
あの時と変わらない笑顔で言い、お辞儀をする亜理紗。布施は息を整えながら口を開く。
「戻って来たんだな。」
その一言に亜理紗の表情が曇る。
「うううん、違うの。もう一度だけ、神様が私のわがままを聞いてくれただけなの」
「なんで、ずっと居られるんじゃないのか?」
そう言う、布施の両目から涙がこぼれ落ちる。
「布施君に言いたい事があって、神様に頼んだの。数分だけでも布施君とお話させて下さいって」
「言いたい事って?」
「うん。私はね、恵まれてるなぁって思うんだ」
「あんな事故に遭ったにか?」
「うん。私の事を真剣に想ってくれる人を好きになれたし、私を大事にしてくれる友達にも恵まれた」
「でもさ・・・」
「もう、私の事はいいから、布施君は、今布施君の事を想ってくれてる人と結ばれて」
「お前の事、忘れられるわけ無いだろ」
「忘れてなんて言わないよ。忘れられたら、私が悲しいもん。でも、もう私の事は想わないで欲しいの」
「なんでだよ!」
「私はもうこの世にいないんだよ。どんなに望んでも、想っても叶わないの。だったら、その想いを生きている人の為につかって」
「お前はそれでいいのか?」
「私は布施君からたくさんの思い出貰ったよ。だから、それで十分」
布施はそれを聞きながら、無言で涙を拭う。
「ほら、布施君は想ってくれている人のところに行かなきゃ。私も向こうで布施君より素敵な人、見つけるから」
「想ってくれてる人って誰だよ」
「もう、判ってるんでしょ。あとは勇気だけ。私には押せなかったボタン、今の布施君なら押せるんじゃないかな?」
「ほら、布施君。前に進もう、ね」
「ああ」
「じゃあ、私行くね。今度こそ、本当に・・・さようなら」
「ああ・・・」
「ちゃんとサヨナラしてよ」
「ああ、さようなら」
「うん」
亜理紗は瞳に涙を溜めながら、笑顔で桜の幹の中に消えていった。
布施はその姿を見届け、涙を拭うと携帯電話を取り出した。ボタンを操作しディスプレイに、≪エリ 携帯≫と表示させる。勇気を振り絞り通話ボタンを押す。
5コール、6コール、虚しくコール音だけが響く。
8コール目で相手が取る。
「もしもし」
「・・・何?」
涙声のエリが答える。
「何処にいるんだよ」
「追い駆けて来ないヤツには教えない」
「追い駆けたよ。でも、元陸上部のお前に俺が追いつけると思うか?」
「・・・」
「なあ」
「・・・それでも・・・追い駆けて来て・・・欲しかったの」
「ゴメンな」
「どうせ、私の気持ちも判らないんでしょ」
「ゴメンな」
「・・・もう・・・・・・いい」
「エリの気持ちに気付いてなかった、って言ったら嘘になる。でもな・・・」
「・・・・・・」
「今まで俺の頭の中は亜理紗で一杯だった」
「・・・もう・・・いいよ」
「よくないから、聞け」
「・・・」
「今まで引き摺られ過ぎて、周りが見えなかった。今後も引き摺るかもしれない」
「・・・」
「勿論、忘れる事なんて出来ないと思う」
「・・・」
「でも、もう亜理紗の事を想うのは、やめようと思うんだ」
「・・・」
「前を向いて歩いて行きたい」
「・・・」
「出来れば側にエリにいて欲しい」
「・・・それって・・・」
「こんな俺だけど、付き合ってくれないか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
電話を通した重苦しい沈黙。
どれほどの時間が経ったか判らない、布施が耐え切れなくなって口を開こうとした瞬間、背中に”ドン”という衝撃と共に誰かが抱きついて来た。
「今、絶対振り返るな。私、一番見られたく無い顔してるから」
背中に抱きついたエリが涙声で言う。布施は空を見上げながら答えた。
「判ったよ、このままでいるから答え聞かせたくれないか?」
「・・・なっ・・・やるよ」
「なに?」
「彼女になってやるって言ったの!」
「・・・ありがとう」
春風が吹き、桜の花が舞い上がる。
それはまるで亜理紗が別れを告げているように。
二人を祝福するように高く舞い上がっていく。
Fin
小説目次へ
トップページに戻る